表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼の唄  作者: 和田喬助
4/4

四章

「今日も、畑の見回りよろしくな」

 そう言い残し、ジョウンは男と共にサムの牧場へと出かけていった。いってらっしゃい、と手をふると、二人にさとられないようにそうっとドアを開けた。お父さんと男は足早に歩いていく。サーニャはいつもより歩幅を広くしてついていく。

 東には少し昇った太陽が輝いている。今日もいい天気だ。

 サーニャはポケットの中身をたしかめた。昨日男から盗んだ毒のビンが入っている。何も言わなかったということは、男はおそらく気づいていないのだろう。

 昨日の夜、彼女はベッドの中である作戦を考えた。これが成功すれば、必ず狼たちを助けることができる。

 息を殺しながら後をつける。背が低いサーニャにとって、山道には隠れる所がたくさんある。だが、二人は狼のことしか頭にないのか、背後を一度もふり返らない。男は猟師らしく警戒をしているように見えるが、とりあえず追い返される心配はなさそうだ。

 突然、鋭い銃声が一帯に轟いた。森から鳥が逃げるように飛んでいく。三人の鳥肌が立った。牧場の方からのようだ。ジョウンと男が立ち止まったので、サーニャもあわててしゃがみこんで姿を隠す。

 二人が全力で走り始めた。それはとても速く、とてもサーニャが追いつけるスピードではない。

 彼女と二人の距離はどんどん広がっていった。


 男とジョウンが牧場に着くと、昨日牛を置いた場所に人だかりができていた。急いで向かった。

「何があったんです?」男が息を弾ませて駆け寄りながら尋ねると、

「見てください。ボスの言いつけを守らなかった狼が、毒の回った牛の肉を食べたようです」

 青年の肩をどくと、二人はのぞきこんだ。絶命した牛の横に、体がけいれんしている狼が倒れていた。舌をだしてよだれをたらし、苦しそうに息をしている。

 男は銃を構えながら、一歩一歩探って狼に近づく。狼の目玉がこっちを向き、うなり声で威嚇した。だが、すぐに鳴きやんで不規則に呼吸をくり返す。

「誰か群れのボスを見ましたか?」

 男が見渡すと、さっきの青年が手をあげた。

「最初に見つけたのはぼくです。窓から見てました。ひと際大きな体をしたやつがいたので、そいつがボスだと思います。おおかたその狼は、変なにおいのする牛に興味をひかれて、ボスの目を盗んで口にしたんでしょう」

 そうか、と男が腕を組んで考える。そしてみんなに言い放った。

「みんなでこの狼を囲んでください。そして外側には、銃を持った人がつくように。どこからおそってきてもいいようにしてください。私はサムさんに報告してきます」

「サムさんは、もうすぐ起きて朝食をとられると思います」

 青年がそう言うと、分かったと一言残して歩いていった。


 場所は分かっている。裏口を入ってすぐがキッチンだ。

 どうやら、誰もいないらしい。みんな狼に気をとられているのだろう。

 サーニャはキッチンを忍び足で進んでいく。そして目当てのものを探し始めた。

「あった」

 小声でそうつぶやくと、キッチンに並べられた朝食に目をつけた。その中の、一番立派な食器に入れられたスープがターゲットだ。

 サーニャはポケットからビンをだし、すばやく中身を少量注いだ。入れすぎるとスープの色が変色するのではと考えたからだ。

 スプーンでかき混ぜていると、何者かの足音がしてきた。コックが戻ってきたようだ。サーニャはいそいで裏口から外へ脱出する。彼女の顔は汗でびっしょりだ。


「おはようございます、サムさん。食事の用意はできております」

 朝食が並べられたテーブルに、サムがついた。彼は辺りを見回す。「みんなの姿が見えんが、狼が捕まったのかね?」

「はい、サムさんも後でごらんになるとよいでしょう」

 そうすると言って、サムはスプーンを手に取った。

「君がつくるスープは一流だからな。毎日が楽しみだよ」

「光栄でございます」ニコッと笑う。

 口に入れた。「うん、さすが昔街一番の腕と言われていただけのことはある。特にこの――うぐっ!」

 スプーンが床に落ちる。体がけいれんし始めた。けたたましく立ち上がる。

「サムさん!」

 コックが手をさしのべる前に、彼は仰向けに倒れこんだ。意識はあるが、自由に手足が動かない状態だ。

「誰か! 誰か!」


 家の中が騒がしくなった。どうやら毒入りスープを食したようだ。成功だ。経営者がいなくなってしまえば、牧場はなくなる。サーニャは無理に笑った。

 窓から中をのぞきこんだ。コックが助けを呼んでいる。もう少ししたら中へ入ろう。そして正直に言うのだ。

 背後から、草を踏む音がした。彼女はとっさにふり向く。目を丸くした。

 たくましい体つきの狼だ。つややかな毛が風になびいている。そして何より、眼光が鋭かった。まっすぐにらむその目に、サーニャは意識を持っていかれそうになる。気が遠くなってきた。

「助けて……助けて……」

 必死に声を絞りだす。だが、中のコックにまったく届いていない。失禁してしまいそうだ。「助けて……助けて……」

 狼は耳を動かし、その声を聞いている。まるで何かを思い出すように。

 一分ほどして、狼は視線をそらした。そして、サーニャに背を向け、森へと帰っていく。彼女はヘタヘタと座りこんだ。全身の震えが止まらない。

 少しして男がやってきた。泣いているサーニャを見つけると、急いで家へかつぎこんだ。コックと共に騒ぎだす。


 昼ごろ、サーニャはジョウンにこっぴどくしかられた。それぐらいにしてあげてください、とコックがジョウンを落ち着かせる。

「これで心おきなく、私たちはこの牧場を辞めることができるのですから」

「サムさんはどうするんだ?」ジョウンが尋ねる。

「その点はご心配なく。とりあえず、コックである私の責任ということにしておきます。私のことは大丈夫です。あの人だって、説得すればこの牧場の経営を断念してくれますよ」

 それに、と男が付け加える。

「解毒剤を飲ませたので、街の病院で少しの間休んでいればじきに良くなります」

 ごめんなさいとサーニャが泣きべそをかきながら頭を下げた。牧場のみんながほほ笑む。

「サーニャちゃん。ぼくらはきみに感謝しているんだ。これで豚も牛も鶏も死なずに済むんだから」

「狼の土地をこれ以上汚したくなかったんだ。きみはいいことをしたんだよ」

 青年とコックがなぐさめる。

「それにしても、サーニャちゃんが本当に私の毒を使うとは思いませんでした」

 お前さん気付いていたのかとジョウンが驚いた顔をする。

「ええ。むしろサーニャちゃんに間接的に仕向けたのは私ですから。彼女にも聞こえるように普通の声で狼の殺傷法を話し、今日の朝に後をつけてくるのも見逃しました。そもそも、お風呂に入る前にジャケットをリビングに脱いでいったのは、毒を彼女に握らせるためです」

 いつの間にかサーニャは泣きやんで、男の話を聞いて口をポカーンと開けていた。

「な、なんでわたしを助けるようなことをしたの?」

 彼女がおそるおそる聞く。

「それはね」としゃがんで、ソファに座っている彼女に目線を合わせた。「きみが楽しそうに唄っていたからさ」

 男は頭をなでた。サーニャのほおが赤らんでいく。

 そして立ち上がり、コックや青年と話し始めた。今回の報酬は受け取らないという。


 狼にも解毒剤を飲ませてあげてください、と男は帰り支度をしながら言った。ジョウンの家に戻ってきたのだ。ビンの中身を小分けする。

「本当に報酬はいらないのか? 見栄張ってるんじゃないのか?」

 いえいえ、と男は手をふる。

「私はいつも仕事で命を奪っています。たまには、救ってみるのもいい気分です。いいものをもらいました。報酬がなくなったことで、仕事の契約もなかったことになりましたね」

 男がドアを開けて外に出る。これ持っていって、と彼女がサンドイッチをくれた。

「ねえ、また会える?」

 男は少し目を見張ったが、静かに首をふった。

「きみは狼を守る者。でも、私は狼を殺す者。二度と会うことはないよ」

 そう、と寂しそうな顔をする。

「達者でな。俺たちも、ここでまたがんばってみるよ」

 ジョウンが手をさしのべると男と固い握手をした。

 男は彼らの家に背を向けて、歩きだした。遠くなっていく背中に、サーニャが尋ねた。

「あなたの名前は何?」

 男は答えなかった。


 山道を下っていると、サーニャの唄声が聞こえてきた。ふふっと男は笑みを浮かべ、聴き惚れる。

 原生林から、狼の唄が返ってきた。楽しそうだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます! これにて完結です。

私は生き物が好きで、動物や昆虫のお話に多く触れてきました。

いつかは自分も書いてみたい。そう思い続けてきました。ここに、私の願いがかなった次第です。

この作品をきっかけにして、狼やその他の動物のことも好きになってくれるとうれしいです。

では、次作にてまたお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ