三十三日目~地上~
「はぁ…はぁ……」
荒い、乱れた息の音
静かな校舎に、その音は余りに大きく響いて、不安を煽る
自分の左手には、精神的にも肉体的にも傷ついた友人
正面は、いつもなら短い、そして、今は途方もなく続いているような一階への階段
塚本は、ただ、ただ、焦っていた
自分が相手を助けなければならないことや、宮内の言っていたことの真意がわからないままであったからだ
「…海部さん、大丈夫?」
「あぁ…どうにか…」
相手の様子を伺うために声を掛けるものの、相手の声は沈みきっていて気力が無い
今にも死んでしまいたいと言うような、苦しそうな声
「…中庭まで、行こう…そしたら…助けられるよ」
海部に、そして焦っている自分に言い聞かせるように言った
踊り場から三階へ降りようとすると、階段の下に二匹の狼が待ち受けていた
塚本は素早くそれを撃ち、その相手を素早く倒す
「…やっぱり、邪魔してくるよね…」
突然、海部が手を払って塚本に背を向ける
それに驚いて海部の方を見ると、そちらにも狼が三匹居て、それに銃弾を撃ちこんでいた
「…手払って悪い、後ろから来てた、お前が怪我したら…まずいから」
「ありがとう…でも、自分の身もちゃんと守ろう?」
海部はその言葉に、頷きながらわかってると暗い声で返した
再び階段を進むと、三階と二階の間…やはりそこに狼…それも、5匹
塚本が銃を構えるのに、海部も気づいて銃を構える
塚本が銃を撃ち、その間をくぐってきた狼を海部が捕らえる
が、一匹がそれすら避けたのだろう、海部の目の前に飛び掛っていく
一瞬海部と声を上げるが、獣は目の前で姿を消す
「…セーフ?」
「どうにかな」
塚本がギリギリで相手の体に銃を打ち込んだのだ、その手は先ほどまで獣の居た方へ向けられていた
海部は一瞬のうちに緊張した感情を緩めるように息を吐く
「…迂回したほうがいいかもな、これ以上の数に襲われたら…」
「…うん、予測されてるかも…だけど」
海部の提案に塚本が少し不安そうに言うが、一応それに同意して廊下の方へ走る
廊下のガラスからは中庭は伺えない
「見えないね、外」
「…だな」
屋上で何が起こっているのか、本当に彼女が無事なのか
グルグルと何度目かわからない思考を塚本は頭を振って振り払った
一階への階段が見えて、そのまま踊り場へ向かう
「居ない?」
一階、階段から見えるフロアには狼の姿は見えない
「…罠かもしれない、降りたときが怖い」
海部がそういうのに、塚本は頷いて銃を構えながら降りていく
フロアに下りて、あたりを見渡すが、やはり敵の姿は無い
「…何も居ないよ?」
「そうか…」
塚本の言葉が信じられず、海部も降りてあたりを見渡すが、確かに敵の姿が無い
「ま、まぁ、それなら中庭に行けばいい」
「う、うん」
あまりにもアッサリした状況を信じられないままに二人は一階を歩き出す
中庭に入る扉はいくつもあるが、いずれも鍵を開かなければならない
鍵は扉の両側に掛けられており、教室と同じで取っ手を上下に動かすものだ
海部は右側の鍵を、塚本が左側の鍵を開けようと動かす
…やはり、あっさりと鍵は開いた
「罠…じゃないよね」
「だといいけどな」
流石に怪しいと塚本も不思議そうに言う
海部はただそう返すが、相手もどこか不審に思っているようだった
慎重にあたりを見てゆっくりと中庭に入っていく
扉は全開にしなければ勝手に閉まるもので、二人が入るとガーと音を立ててレールを滑って閉まる
ガラスから見るより電気の明かりが強いのか視界ははっきりとしていた
二人の目に入ったのは…自分たちのいた校舎の近くの地面に突き刺さる、鎌
「…これ…」
二人は近づいてそれを見ると、海部の方が頷いて言う
「…宮内の使ってた…鎌だな」
「それじゃ、今は舞ちゃん…!」
そう言って屋上の方を見上げようと校舎から離れようとしたとき
塚本の足は、止まる
「…ここなら、邪魔されないね?」
「…京…くん…」
槍を持った鳴滝がニヤリと笑ってそこに立っていた
「宮内ならもうだめなんじゃないか?流石に二人相手はキツイだろうしな」
「ち、違う…」
「そこに武器が落ちているのに?」
言い返したかった、がその決定的な証拠が目の前にある状況で
塚本には否定できなかった
「今なら僕の命令、まだ聞けると思うし…海部さんを殺させてくれれば、止めるんだけど…」
その言葉に海部は驚きで一瞬息を止めて相手を見る
「…嘘じゃない、だって僕は海部さん以外殺す理由が無いから」
「だったら」
海部が言いかけるのに、塚本が鳴滝に銃を向ける
「どういうつもりだよ」
「…わからないよ、何が正しいかなんて
でも…でも、殺すのは、違う、間違ってる」
塚本は、はっきりと相手に告げる
「…そればっかりだ、まあ僕はそれでいいよ…」
鳴滝が笑いながら言うと、中庭の上からガン!と鉄の音が響く
「その所為で、アイツがどれだけ痛い目を見るか思い知ればいいんだ!!」
二人が空を見上げると、そこには…空中に投げ出された知っている姿
「宮内!!」
海部が叫ぶが、同時に鉄の手すりも落ちてくる
支えようにも先に落ちてくるそれにぶつかるだろう
見殺しにする
地上の二人に残されていたのは、その選択肢
そうでなければ、共倒れ以外の選択肢は、無い
どうしようもなく、ただ落ちてくるものから離れる二人
鳴滝は二人の様子をみて勝ち誇った笑顔のままだった
そして、響き渡る鉄がタイルにあたる音
「誰が痛い目見るんだろうな?」
そして、宮内を抱えた一ノ瀬と、斧を拾った結城が、塚本、海部と鳴滝の間に立っていた