三十日目~呼吸~
北館、三階の一番突き当たり
海部は教室の影、廊下からは死角になるところの壁に座ってもたれかかっていた
左手からは血がダラダラと流れており、そこを通ったのだろう
二階へ降りる道には血が転々と残っていた
海部は傷口を抑えて、顔を上げて、荒い呼吸を繰り返す
あたりの静けさもあり、呼吸を整えたいのだが焦りで余計に息は荒くなっていた
トイレで、偽結城に斧を奪われていた彼女は、
咄嗟に相手に体当たりをして斧の一撃を受けることは間逃れていた
だが、外に逃げた瞬間外で待っていた
一ノ瀬に化けていたであろうもう一匹の狐に左腕を深く噛まれてしまった
上手い抵抗の方法がわからずただ力任せに引き剥がそうにも余計に相手は喰らいつき、深い傷を負ったのだった
二匹の狐の方は、海部に傷を負わせるのが仕事だと言うように、今はどこかに走り去っている
“そんなに痛くは無いけど…多分、私の戦意を削ぐのが目的なんだろうな…”
腕の傷を見ながら海部は先ほどのことを思い返す
当てにしていた助けが偽者だったダメージは少なからずあった
“…あの時、やろうと思えば斧だって拾えたはずなのに…何で逃げたんだ…もっと冷静になってれば…”
海部の頭の中で先ほどの自身の行動に対する嫌悪が渦巻いていた
これもいつもの悪い癖であるのだが
体自体は、落ち着きを取り戻し先ほどより呼吸は整っていた
ようやくあたりの様子に気を回す余裕が、彼女にも戻ってきていた
…何の音もなかった二階から何か音が聞こえたのに、海部は気づいた
“…音、足音…声?”
会話の中身は反響ではっきりと聞き取れないが、聞き覚えのある声ではあった
“女子が…二人?…多分…宮内と…塚本か?”
なんとなく、声の高さや微かに聞き取れるしゃべり方で判断する
だが、海部にとって素直に喜べない状況であった
“…今度、あいつらが狐だとしたら…
最悪だ、2対1、武器もなし…この場で殺されることは無いだろうが…それでも…”
足音は階段の真下で一度止まる
「海部さんなの?聞こえてる?返事して!!」
塚本の声に海部は答えかけたが口をふさぐ、おそらく血の跡を辿ってやってきたのだろう
「…返事、しないね」
「どっかで結構やられたみたいだし、遠くにはいないと思うんだけど」
塚本の不安そうな声に宮内が考えながら返している
傍に行きたい、守って欲しい、生きていると安心させたい
そう思うが、先ほどのことがあって素直に動けない
「上がってみよう、動けないで居る可能性もあるし…」
塚本の声の後、二つの足音が鳴る
海部は覚悟を決めたように立ち上がって階段の前に立つ
“敵だとわかれば逃げる、敵だとわかれば逃げる”
何度か目を閉じて自分に言い聞かせて深呼吸する
再び目を開くと、二人は踊り場を歩いている所だった
塚本が上の階の様子をみようと、顔を上げると驚いたように目を開く
「舞ちゃん、居た!」
「…海部さん」
二人は階段を駆け上がり海部に近寄る
海部は半分、疑いを持って二人を見ていた
「よかった、さっきの声聞こえてた?」
「…あ、あぁ」
塚本は安心したように相手に声をかける
海部の方は覚悟を決めたものの、実際相手を前にするとどう返事をすればいいのか迷い、弱い声で返す
「とりあえず今までのこと教えてくれる?」
「…あ、うん」
宮内の言葉にもハッキリしない言葉で返す
相手の目が赤く光らないかに気をとられてしまっているのだ
「…気が付いたら学校に居た、しかも武器が無い状態で…だ
で危ないと思って、外で叫んだ…お前らの名前を叫んだんだ、気づいて欲しくて
どうせ京くんは気づいてるだろうとも思ったしな」
「…やっぱりあのときの声…」
「あの時?」
塚本が言うのに海部は首をかしげる
「私たち、外で微かにだけど声みたいなのが聞こえたんだよね、で学校行こうってなった
でも、結構な獣の大群に会って、ここに来るまでにかなり疲れたんだけど…」
「…お前らも大変だったんだな」
ハハと笑いながらも海部はじっと目を見つめる
それに気づいたのか、塚本が海部に尋ねる
「海部さん、なんでさっきからじっと目みつめてるの?」
「あ、あぁ、そうだ、私の話の続きだった」
塚本が言うのに海部が気づいたように再び話を続ける
「で、叫んだ後からだな、えっと…そのあと狼に追い回されたのはなんとか攻撃避けたんだけど
武器無いからトイレに駆け込んで閉じこもった
そしたら偽一ノ瀬と偽結城がトイレまで来て、武器持ってきたみたいなこといわれて…」
「それで、その怪我?」
「まぁ、そんなところ…まぁ言っても噛まれたくらいだけど…」
海部は腕の傷を見せて言う
しっかりと相手の牙の後が腕に残っており痛々しい
「…で、ついでに言えば現在進行形でお前らのことも疑ってるんだがな」
「えっ!?」
「じゃあ、どうすれば信じてくれる?」
海部の言葉に塚本が驚くが宮内のほうは冷静に返す
「そうだな、現実の世界でそっちと私だけが知ってるようなことを言えるなら信用していい」
「そっか、じゃあこの前病院言ったとき海部さん独り言で」
「よしわかったお前らは本物だな、うん」
宮内が最後までいうのを聞かずに海部は青ざめて何度も頷く
「え?何?何かあったの?」
「えっと、それが…」
「あ~本物だってわかったところで~手伝って欲しいことがあるんだけどな~!!」
宮内が塚本に言おうとするのを阻止しようと海部はわざと大きく声を張って言う
「えっと…あぁ、武器のこと?」
塚本が海部の話のほうに行ってしまったので、宮内は内心チッと思いながらも彼女も海部の話を聞く
「そう、って言っても私の怪我した腕じゃ斧持ってても意味無いかもだけど
探すだけね、あの武器が相手の手元にあるのがまず不安要素だからな」
「まぁ、それがいいかな?」
海部が言うのに宮内が頷く
「…でも、海部さん、武器は?」
「守って欲しい、って言いたいけど正直気が引けるのも本音だな」
「じゃあ…コレ貸してあげる」
塚本は腰にかけていた銃の一つを差し出して言う
「いいのか?」
「大丈夫だよ、舞ちゃんもいるし銃なら一丁できっと大丈夫!廊下くらいの広さなら」
「……ごめん、ありがとう」
言いながら海部は右手で銃を受け取り、手を下に下ろす
「で、どうするの?京くんの居場所はわからないし」
「そうだな…居そうなのは屋上だろう
アイツがコレをラストバトルだと思ってるならいい場所だろ?」
「…そ、そういう問題かなぁ?」
海部が自身ありげに言うのに塚本は首をかしげる、が他に行くべき宛ても無い
「まぁ、そこでいっか…逃げ場もなくなるだろうけど…」
「うっ…そうだな…」
宮内の言葉に海部は一瞬迷うが言いだしっぺだ、今更撤回できなかった
「でも怪我してるし、私たちが前歩いたほうがいい?」
「…そうだとありがたい」
塚本の申し出に海部は頷いた