二十九日目~教室の中で~
―南棟・二階・あるHR教室―
誰かの怒鳴るような不機嫌な声
それが遠くから聞こえた結城は少しずつまぶたを開ける
「ん…誰?」
「誰じゃねぇ、起きろって言ってるだろ!!」
寝起きのハッキリしない声のまま結城が言うのに、相手は強い口調のまま言う
一ノ瀬が結城の突っ伏して眠っていたと思われる机の隣に立っていた
「…何、どうしたの?」
「そこ、俺の席、盗るな」
一ノ瀬が自分のものだと主張するように、机を指差して言う
「いや、知らないって!私そんな意図して選んで無いし!
っていうかどこに出てくるかも選んで無いし!」
「いや、わかってるけど、なんか俺の席盗られてたから」
だから盗ってないって…と呟きながら立ち上がって結城はあたりを見る
見慣れないHR教室だが、彼の発言からおそらく、一ノ瀬と鳴滝の居る二年一組であろう
教室の中は蛍光灯が照らしているが窓の外はどこまでも暗闇で少し異様だった
「で、起こしてくれたの?」
「俺の席盗られて気に食わなかったからってだけで置いていくつもりだった」
「え、ちょ、それは酷くない!?」
一ノ瀬が平然と言うのに、結城は言い返す
まぁ素直にそうだった、と認められても返す言葉に困っていたが
「…あと、出られないからお前起こしたら何かあるかな…と」
「…出られない…?」
結城が返すのに、一ノ瀬が言うよりも見せたほうが速いというように黒板側の扉の前に行く
結城は一ノ瀬の少し後ろから様子を見る
一ノ瀬が引手に手をかけて扉を開こうとする、が扉は全く動かない
「…やっぱりダメか」
「後ろは?外から鍵掛かってるかもしれないし」
今度は結城が教室の後ろに走って、扉の前に立つ
鍵は金具を上下に動かして鍵をかけるタイプの物だ
後ろの鍵の金具は下に下がっており、鍵がかかっている状態であった
結城は金具を指で上げようとするが金具は動かない、それどころか扉がガタガタとゆれる気配も無い
手で金具をつかんで上げようとするがそれでも動かない
「…何、これ…?」
「…俺もさっき試した…そっちも無駄か…」
「じゃあ…怖いけど、ガラス割るくらいしか…」
「それもやったけど、俺はもう二度とゴメンだ」
一ノ瀬は言いながら右手をさする、おそらくその手で殴って無駄だったのだろう
結城は今までのことを考えて、おそらくダメだろうと思いながらガラスの前に立つ
そして、腰に下がっている剣を鞘に入れたまま持って、剣先のほうをガラスに向けて勢いをつけて叩く
…がガラスは割れず、結城は強い反動に剣を落とす
「っ…!!」
「…ダメか、クソッ」
一ノ瀬は舌打ちをして、剣を拾って結城のほうを見る
彼女は手のひらをブンブンと振って痛みを紛らわせようとしている
「…ねぇ、妙じゃない?扉を開こうとしても、ガラスを叩いてもガラスが揺れること無いし」
「そこなんだよな…こんなこと物理的に考えてありえない
学校の壁やガラスが全部の衝撃を吸収する素材になった?とは考えられないし…」
「いや、そこは夢の中だしさ、普通に何かしら不思議な力で閉じ込められたとか言えばいいじゃん」
このままだとややこしいk説明をしだしかねない一ノ瀬に結城は呆れながら言う
「まぁ、それでいいか…考えるのが面倒だし
それよりこの状況だよな…外の状況がわかんないのもちょっと怖いな」
一ノ瀬は部屋から出られないことから、外の状況に話題を変える
二人にとってこの状況で一番心配なのは、このことだ
「私たちが動けない間に、京くんがなにやらかしてるかわからないしね…
宮内と織枝が同じ状況で無いことを祈るしかない…かな」
結城は先ほどと別の適当な机の上に座って言う
一ノ瀬はそれに頷いて壁にもたれかかる
「だな…まぁ、同じ状況ならきっとここに居ただろうし」
ドアの方を見ながら一ノ瀬はそう呟いた
「…にしても、静か過ぎない?耳鳴り起こしそう」
「あぁ…周り、誰も居ないからな…」
「いや、それより、なんか変、何も生きてるって感じがしなくて気持ち悪いし…」
結城は憂鬱そうに言う
夜の学校だ、そもそも何かの気配があることすらおかしいとわかっていた
「…そうか、京くんが俺たちにわからせたいなら、俺たちの近くで何か起こったりするし
何かしらの獣が襲い掛かってくるだろうしな」
彼らに襲い掛かってくるであろう獣の声も、ましてや彼らを助けに来る友人の気配すらなかった
窓の外に見える暗闇のように、どこまでも続く沈黙に、この教室だけが閉じ込められたようだった
二人にできたのは、せめてこの沈黙の空間を紛らわせようと会話を交わすことだけだった
会話を続けて、二人の意識が完全に周りから遮断された頃だろうか
突然、薄い金属の板が何かに激突するような音が教室に響き渡る
「何!?」
結城が耳をふさぐのに、一ノ瀬は結城の前に…音の方向に進んでいく
掃除用具入れが倒れて、中にあった箒をこぼしているのが見えた
一ノ瀬は警戒してあたりを見渡す、が周辺には誰も居ない
「…なんなんだ?」
「そういう音系統本当にやめて欲しいんだけど…」
一ノ瀬が手を頭に当てて言う後ろから、結城は今の状況の不安から強い口調で言う
「…多分京くんの差し金だし、本物じゃないよな?」
「本物だったら困るし、乱入してこないでしょこんなところ」
一ノ瀬の言わんとしてることをなんとなく察して、結城は弱い声で返す
一瞬にして、何者かが潜んでいるという緊張感に包まれてた場所で、結城も剣を抜いてあたりを見渡す
と、先ほどまで何の音もなかった部屋に別の音が届く
激しい、ダンダンという音の後に、バタンと何かが倒れる音が響いていた
誰かが扉を無理やりレーンから外して教室の中の様子を見て回っているのだろうと二人は思う
「…誰か助けに来てるのか?」
「扉を壊せるのは…斧か鎌ぐらいだし…」
それでも、彼らは武器を構えたまま待った
敵がこちらを探している、という可能性がまだ二人には否定できなかった
少しずつ近づいていた音は、とうとう彼らの居る教室の扉を揺らす
二回、三回、と音とともに激しく扉が揺れる
そして、五回目の音で扉はレーンから外れて教室の内側に倒れる
激しい音に、二人は一瞬だけ顔を背けて目を閉じる
倒れた扉を上から踏んでフラフラと誰かが入ってくる
二人がゆっくりと目を開けて前を見ると、相手は既に彼らの正面に立っていた
海部が右腕に斧を持って二人に笑顔で手を振っていた、が左腕には血が少し流れているのが見えていた
「海部さん…」
「よかった、京くんから聞いて…どうにか今撒いて、探してたんだ」
結城が名前を言うのに、海部は安心したように二人に言う
結城は剣を下ろして相手に近づく
一ノ瀬も拳を下ろして結城の少し後ろに立って海部に声をかける
「京くんが…俺たちを閉じ込めたって?」
「あぁ、大変だった…武器取られて襲われてな…おかげでこの怪我だ…」
海部は左腕を二人に見せる
傷は何かに切り裂かれたようで血が服に滲んでいたが様子から見るとおそらく傷は浅いのだろう
「…そっか、じゃあ残りの二人にも…」
言いかけたとき…海部はナイフを左手に握り一歩踏み込んでくる
その瞬間、相手の目は赤く光っているのが見えた
結城は素早く後ろに軽く跳んでそれを避ける…ナイフは、彼女の腹スレスレを掠めていった
「ククク…ヤハリ、コノテイドデハコドモダマシカ…」
目を赤く光らせた海部の姿をした相手は不気味に笑いながら左手のナイフを見る
左腕の傷はダミーらしく、何の苦痛もなさそうに腕を動かしていた
「やっぱ質悪い、こういうの」
「同意する」
結城は剣の刃を上に持ち上げて構える、一ノ瀬も両手を胸の前に構えて様子を見る
偽海部は斧から手を放して再び結城にナイフを突き刺そうと近づく
結城は剣を払い、相手を近づかせないようにする
相手が足を止めた一瞬、一ノ瀬は相手の体を殴りつける
偽海部はフラフラと数歩下がって殴られたあたりを押さえながら笑みを崩さない
「…ククッ」
「何を隠してるの?アンタに時間食ってる場合じゃないの」
結城が首に刃を当てて脅す、偽海部は態度を変えないまま言う
「オモシロイコト、オシエテヤロウ、ワタシノホンモノサマハブキヲナクシテル」
その言葉に二人は目を見開く、一番危ない彼女が…武器を持っていない
それは、最悪の状況と言っても変わり無いだろう
「じゃあ、さっき持ってた斧が…」
結城が視線を先ほど斧が落ちていたであろうところに向けるが、そこには何もない
「アレハワタシガツクッタモノダ…ザンネンダッタナァ…」
偽海部が状況を楽しむように笑うのに耐えられなくなって結城は相手を切りつける
相手は悲鳴も上げずに笑顔のまま消滅した
倒れた扉から、廊下と見えないはずの中庭の様子が見えた
他の教室と廊下の電気がついているためであった
「…海部さんを探そう、宮内と織枝も探さないとだけど」
「だな、学校に居てくれればいいんだけどな…」
二人は廊下に出て、二階の様子を見ようと廊下を歩き出していった