二十六日目~届かない~
放課後
一ノ瀬と鳴滝はHR教室の前の廊下に出ていた
廊下から見える空は遠くがオレンジ色に見えている
一ノ瀬は壁にもたれかかり、鳴滝のほうは彼から顔を背けている
他の生徒は居ない、まるであたりの時間が止まったかのような錯覚に、一ノ瀬は襲われた
鳴滝も黙り込んで何もしゃべらない、何か声をかけられてもおそらく一ノ瀬は困惑していただろうが
あたりに人がいないことをもう一度確認して、一ノ瀬は口を開く
「…京くん、何の話したいかくらいわかるよな?」
「昨日のことだろ?」
鳴滝は、顔を背けたまま返すのに、一ノ瀬はあぁと言いながらつい頷く
鳴滝は眉間にしわを寄せて、相手に言う
「なんでお前も、結城もアイツの味方をするんだ」
「味方とはちょっと違う、でも俺たちは海部さんが死ぬことは望んでない
そこまでやることなんかじゃない、命を奪っていいわけが無い」
一ノ瀬はハッキリとした口調で言う
鳴滝は舌打ちをしてようやく一ノ瀬に顔を向けると口を開く
「奪うべきなんだ、海部さん…いや、海部要は
アイツは、結城を殺そうと…苦しめようとした!それも自分の手を汚さないようにして!」
「…それは、俺もどうかと思った!でも、それでもアイツは悩んでた、迷ってた
だから俺たちに全部理由も話してくれた、今は少しでも前を向こうとしてる」
「だからなんだ!やったことがなくなるのか!?
アイツが僕たちを敵に回したことが!裏切ったことが!」
一ノ瀬が言う言葉にそもそも納得するつもりなどないかのように鳴滝は声を荒げて言う
「…確かになくならない、でも、失敗を許すことも俺たちにできることだろ」
一ノ瀬は壁から背中を離して鳴滝の正面に立つ
威圧的ではない、がはっきりとした、意志を込めた言葉を彼は発する
「確かめようのない償いに期待するのか?
またアイツが思い上がって僕たちを裏切るかもしれないのに?」
「それは信じるべきだろ」
鳴滝は、わかっていないなというように首を振ると舞台の上に立っているかのように
大きな身振りで話し出す
「信じる?アイツを?残念だけど僕には無理だ」
「その気持ちもわからないわけじゃない、でも…」
「待てない、僕はアイツのやったことが許せない、だから償いとして死んでもらう
自分が嫌がらせをしたいだけのために、他のヤツを使って、関係ないヤツまで巻き込んで…」
「……」
その事実は一ノ瀬は否定はできなかった、彼女のやったことは許されるべきではないのも納得できた
それでも、彼のやるべきことは間違っているとそれだけは揺らがなかった
「アイツは、臆病者なんだ…
他人を傷つけるのに、自分が傷つく覚悟もない…クズなんだよ
あの臆病者に、あの夢は『理想郷』だっただろうな!
傷つけたところで!アイツ自身が手を汚したことにならないあの場所は!」
彼は言葉の最後、壁に強く拳を打って肩で息をする
一ノ瀬はそれを見届けた後、変わらぬ口調で言う
「『理想郷』…でもな、京くん、お前のやってることは何も変わらない!
海部さんと何一つ変わってない!アイツと同じ…臆病な…」
一ノ瀬は、もう強い反論はないだろうと鳴滝に冷静に言う
だが、呼吸を整えていたと思っていた相手は顔を上げると再び声を張り上げる
「違う!僕は違う!
僕は正しいことをやってるんだ!いや、正しいとまでは言わない
けど、お前らも、海部さんも救おうとしてるんだ!」
「だったら…他の方法もあるんじゃないか」
「無いな、アイツに事の重大さを教えるには…それしかないんだ」
夕日が、校舎の中に差し込んできて窓の影が一ノ瀬と鳴滝の間に伸びてきた
鳴滝は黙り込むと一ノ瀬に背中を向けて歩いていこうとする
「待てよ!京くん!」
「…これ以上話したくない、待ってろ、すぐに僕がみんなの目を覚まさせてやるから」
鳴滝は廊下を走り出す
追いかけていけば捕まえられるだろうが、説得することは叶わないだろう
一ノ瀬はポケットに入れていた携帯を取り出しながら、どうすべきか考えた
“…すぐに…みんなの目を覚まさせる…ってことは…もう次で…”
携帯を開き、いつもよりも素早く、ただ、ただ伝えるべきことだけを打つ
彼は、送信ボタンを強く押すと、そのまま雑にポケットに携帯を入れると
鳴滝と反対方向に、部室に向かって歩いていった
ただ、ただまっすぐに前を見つめながら
『今日、もしくは明日、最後の夢にしよう』