二十五日目~涙~
四時間目の終わりに差し掛かる頃、結城はぼんやりと時計を見つめて夢のことを考えていた
あの夢で…鳴滝は海部が消えるのを見届けると、
他の彼の従えていた生き物たちと共に消えてしまったのであった
海部を殺すという目的が達成できなかったからなのだろう
海部の安否も心配だったが、また塚本の様子が気になっていた
落ち込んでいるような、元気がないような様子で、どうも声をかけても返事もはっきりとしない
チャイムが鳴り、適当に挨拶を済ます
周りの生徒たちは、間に合わなかったのか黒板の文字を書き写していた
塚本は既に書き終えていたらしく弁当の準備をしている
結城も弁当を持って塚本の席の近くに行こうと、荷物を整理して立ち上がりちらりと廊下を見る
と、一ノ瀬がコッチに来いと手招きして待っていた
結城は、塚本の方を見て少し待ってと手で示すとカバンを持って塚本の席の横に立つ
「ねぇ織枝、悠斗君に呼ばれたけど…話する?」
何か抱えているなら自分たちで聞こうとも思った、が塚本は首を横に振る
「今はいいや、ゴメンね」
「気にすんなって」
そう言って互いに軽く手を振って、結城は背を向ける
「待って」
塚本が言うのに、結城は立ち止まって振り返る
「…放課後、話がしたい」
「そっか、わかった」
結城は、なんとなく察してもう一度塚本に手を振る
クラスの友人が、塚本の近くに座って声をかけるのを聞くと
結城は安心して一ノ瀬の呼んでいる廊下に出ていった
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放課後、南館
部活を引退した三年生の使うこの棟は、放課後には殆ど人が居なくなる
聞かれたくない話をするのには丁度いい場所であった
「ねぇ、昼休み何はなしてたの?」
塚本がなんとなく本題を切り出せずに、先に昼のことを聞く
「あぁ…これからのこと
悠斗くんは今頃京くんと話つけてるだろうし、宮内は海部さんの安否確認しに行ってる」
言うのに、塚本はそっか…と弱々しく呟いた
そして一息置いて、どこか遠くを見ながら口を開く
「…皆、強いよね
悠斗くんも、舞ちゃんも、涼香ちゃんも、みんな夢の中でだって、ちゃんと戦えてる
こっちでだって、ちゃんと頑張ってる」
「織枝だって頑張ってるじゃんか、海部さん説得するときは助かったし」
徐々に声を振るわせていく相手にそう言って肩を軽くぽんぽん、と叩く
「私…昨日…私…」
塚本が泣きながらそういうのに、結城は腕を広げてその顔を隠すように左肩に寄せる
「大丈夫、織枝がいたからできたことがたくさんあった」
「でもっ、皆、前で戦う武器なのに…私だけ…っ」
「…あの時織枝が居なかったら、最悪の事態になってた、織枝が居たから、今日アッチと話ができる」
頭を軽く撫でてやりながら、結城は相手に優しく、諭すように大丈夫、と繰り返した
「…涼香…ちゃん…」
「大丈夫、今はそっちが立ち直れるまで泣いてていい…大丈夫」
ごめんね、と泣きながら言う塚本に、ううんと結城は返す
あたりが静かな所為で声は多少響くものの、訪れる人間が居ない、問題はないだろう
塚本が少し落ち着いたのか、結城から離れると、結城の携帯が光る
ゴメン、と塚本に言うと結城は携帯を見る、それは宮内から通話がくることを知らせる画面であった
「もしもし?」
「もしもし!海部さんが、海部さんが、私に…」
宮内が切羽詰って言うが、後ろから海部のものと思われる「待て!!」という大きな声が聞こえる
「…宮内、何してるの?」
「あ、ばれた?いや~海部さんがちょっと脅かしてみたらって言うから」
遠くで、ひたすらに抗議する声が聞こえる
結城はこちらの状況と比べてしまい、ついふざけて冷たい声で突き放す
「…元気そうだね」
「その反応傷つくな~」
その返し方に慣れたためだろうか、むしろ呆れのため息を吐いて結城は続ける
「で、海部さんは?」
「あぁ、うん、頭が痛いだけでけっこうピンピンしてる
朝は呼吸も荒くて声も出しにくかったらしいけれど今は普通に元気だよ?
今も病院の庭に出て話してる」
そう聞いて、呼吸を整える塚本のほうに声をかける
背後では相変わらず海部が何か言っている
「海部さん元気だって…元気すぎるくらいだけど」
「変わるね?」と一言告げると、結城は塚本に電話を渡す
「も、もしもし」
「塚本元気?声どうしたの?大丈夫?」
「う、うん」
相手の言葉に、笑いながら塚本は返す
「海部さんのことなら大丈夫みたいだし、塚本のおかげだね」
「え、そ、そんな…その」
「海部さんも言ってるよ~?」
遠くから、命の恩人だと言う声が聞こえて、塚本は照れで返しに困る
「で、でも…」
「とにかく、みんな何事もなかったんだからいいの!ね?」
「そ、そうだね」
宮内がそう言いきるのに、塚本はうんと自分を納得させるように頷く
「返すね?」と言って、結城に携帯を返す
“元気で、よかった”
遠くから聞こえる海部の声からすると、相手は回復…いやむしろ何事もなかったようで
塚本の心に安心感が広がり、また自分は誰かを助けられたのだという妙な自身が満ちていた
「…うん、そっちも無理すんなよ?
わかんないことはちゃんと聞くから、うん、じゃあね」
最後に、海部を話でもしていたのだろう
何度かやり取りを交わして結城は携帯を切る
「ね?大丈夫」
「そうだね、すっごい元気だった」
結城がさも当然のように言うのに、塚本も普段の調子を取り戻して返す
「おちついた?」
「うん…ありがとう」
「気にするなって」
自然と、足は部室に向かっていった
「でも、あとは悠斗くんの方かな…場合によってはもう一回海部さんに電話だろし」
「…悠斗くん、大丈夫だよね」
死ぬことはないだろうけど…と言いながらも言葉を濁す
正直、鳴滝がどのような手段に出るかはわからなかったのだ
結城が時間を確認しようと携帯を取る
誰かからのメールが来ていた
一ノ瀬の方の話が付いたのか?とも思ったが、それなら電話だろうとメールを開く
メールは、一ノ瀬によって一斉送信であった
『今日、もしくは明日、最後の夢にしよう』




