二十四日目~最良の選択~
満月が妖しく光る夜
塚本の普段使う駅と大型の百貨店などを繋ぐ連絡路
そこに、珍しくはじめから5人全員が集まっていた
最初に気がついたのは、塚本
あたりを見渡し、自身の見慣れた景色であること、そして周りで見慣れた顔が倒れているのに驚いた
「…きょ、今日はここ?…っていうか皆倒れてるし…」
悠斗を起こすのは、いくら仲の良い部員といっても
異性を起こすのはなんだか気が引けて、彼を起こせそうな結城の下へ歩く
途中、転がっていた斧を踏みそうになって、それを軽く飛ぶようにまたぐ
「涼香ちゃん、涼香ちゃん」
「ん…何…」
ニ、三度ゆすると、相手はゆっくりと目を開き、まぶたをこすりながらあたりを見渡す…
「…ここ…織枝の方の…?」
立ち上がって改めてあたりを見ると、結城も普段より人の多いことに気がつく
「…海部さんも、宮内も…悠斗くんも居る…?」
「うん、今日初めてだよね、最初から全員近くに居るのって」
塚本は結城に言うと、海部を起こすために彼女に近づく
結城も一ノ瀬に近づいて、少し仕返しに叩いて起こそうかと考えたが、
後のことを考えると怖くなって頭を振ると体を軽く揺する
「起きろ~夢だぞ~」
「ん…?」
一ノ瀬はふらふらと立ち上がり当たりを見渡す
「…ここ…塚本の方の…か?
「うん、そうだよ」
自身とほぼ同じ事を言ったのを何か悲しく感じながらも、結城は返す
海部も意識を取り戻したのか、四つん這いで宮内に近づき体を揺する
「宮内、起きろ、なんかみんな居るから」
「ん~…」
嫌そうに声をあげるだけの宮内その体を海部が更に揺する
「起きるから…分かったから」
嫌そうに強くそう返すと、手元に落ちていた鎌を広い立ち上がるとふぁ~と欠伸をする
「ん~…ここ…どこ…」
「私の使ってる駅、こっち側は初めてだよね?」
ん~とはっきりしない返事を塚本にする海部も立ち上がり斧を広い、身体を伸ばす
「二人も起きた?」
結城と一ノ瀬が三人に近づく
「ん、今日は探す手間省けたね」
宮内がようやく眠気の抜けた声で言う
「…でも、そろそろ少し疲れてきたかな~夢も…」
「ごめん」
「謝らなくていいって」
結城が軽く言った言葉に、海部は目を伏せて言う
「…今日はどうなるのかな、最近敵増えてきたし」
塚本が銃をじっと見つめて言う
海部が謝罪をしてから、数日ほぼ毎日のようにこの夢に、5人は誘われていた
ただ、毎回5人全員と言うわけではなく、標的の海部が毎日狙われ、それを守る形であった
戦って、体力の消費するこの夢は眠った気もしないその上、日が経つほどに敵の数は増えていく
「…学校、大丈夫か?やっぱり、私一人で戦った方が…」
海部は、不安げに全員に向けて言う結城が、肩をたたいて言う
「また、抱え込むでしょ?大丈夫大丈夫、授業のとき寝たら平気だし
海部さんなんか毎日だし、そっちのが不安だって」
「私は二度寝できるし、今はそれなりに落ち着いてるし、あとお前ら授業はまともに受けろ」
海部の突っ込みに「寝る授業は選んでるから…」結城と返す
海部は、疑うように息を吐いて斧を肩にもたれかけさせる
もちろん、彼女にとっても助けがあるのはありがたいことではあったのだが
それよりも、友人が自分のために体力を使うこと、彼女ら自身の時間を割いてしまうことに罪悪感を感じていた
「…さて、どうすっかな、あっちから仕掛けてくるの待つしかないか?」
「まぁ、下手に迷子とかになっても困るし…一人になったところ攻撃されてもだしね」
一ノ瀬が言うのに、結城は近づきながらうなずいて言う
「やっぱ、昆虫だよね…いや、クモじゃなければなんとか…」
「…そういえば、舞ちゃんのときは獣多かったよね?やっぱ関係してるの?」
宮内が嫌そうにぶつぶつと言うのに、
塚本は相手の隣で敵が来たときのため、一応銃をぬいたまま隣でたずねる
「この夢を一番支配したいって思ってるから…だと思うけど」
「だろうね、でも猛禽類は割りと私の趣味に近いと思う…まぁ操れるかは別とかだろう」
宮内が答えるのに、海部はそちらを見ないまま答えた
彼女は少し離れたところで敵が来ないかあたりを警戒している
何も起きずに…何分立ったか分からない
一ノ瀬は結城と一緒になにやら話し込んでおり、宮内は塚本をからかい、
海部は一人他の者に背を向けてぼんやりとしていた
が、一ノ瀬と結城が同時に武器を構える
「やばい!前も出てきた、でかいクモが一匹だけど来てる!」
その後ろ手海部も全員に聞こえるように声を出す
「…こっちも、カブトムシ二匹…挟み撃ち…か…」
結城は剣を抜いて嫌そうな顔で一ノ瀬の隣に立つ
「宮内、こっちなるべく見るなよ?」
と結城は言いながら後ろを向くと、既に宮内は海部の方へ走り寄っていた
「…塚本、悪い、クモ行け…銃弾が通ると思えない」
「わかった」
海部はカブトムシを見たまま塚本に言うと、彼女も頷いて一ノ瀬と結城の後ろに立つ
「前みたいに糸吐かれると厄介だよな…塚本避けられるか?」
「多分大丈夫、避けようと思えば体は勝手聞くだろうし」
「わかった、こっちもなるべく守る、わかってるな結城!」
「わかってるわかってる!」
隣の結城にいつもどおりきつい言い方をすると、一ノ瀬はクモに向かって走り出す
クモは一ノ瀬に向かって糸を吐き出すがそれも間に合わず、彼はクモの下からアッパーで体を持ちあげる
「塚本!」
言われると、塚本は銃をクモに向かって乱射する
クモは防御の薄い、普段地面に近い部分を攻撃されて"ギィィィィ"と耳をふさぎたくなる声を出す
「…っ…!!」
結城はその音に耐え切れず、切りかかろうと剣を持っていたが思わず手を離して耳を塞ごうとする
その後ろ、カブトムシと戦っていた宮内がその声に一瞬怯む
そこにカブトムシが腹に向けて強く突きを入れて、その体を跳ばす
「きゃぁぁ」
海部は宮内の声に反応してそちらを見ると、体を受け止めるようになりそのまま倒れる
結城も剣を拾って後ろを見て塚本とともに助けようとするが
カブトムシは二匹、もう一匹が遮ってそれを許さない
「ちっ!」
一ノ瀬は、仕方なく飛び上がりクモに顔から蹴りを入れて勢いのまま潰す
決して心地よくはないその感覚に背中にぞわぞわと何かが走るのを感じながら
「海部さん!宮内!」
結城が倒れこんだ二人に声をかけると、海部が宮内を支えるように立ち上がる
目の前のもう一匹から視線を外さないように
「大丈夫か…?」
「う、うん…どうにか」
海部に声をかけられると、宮内も立つものの釜を支えにして何とか立っている状態であった
どうにか向こうにたどり着こうと塚本は銃を構えて乱射するものの、弾はカブトムシの身体に辺り跳ね返されてしまう
一ノ瀬もカブトムシとにらみ合うが、彼の武器も通用するとは思えない
「塚本、俺が気を引いてるから助けに行け
結城はコイツを倒してくれ」
「「うん」」
一ノ瀬は、通じないとわかりながら相手を数回殴りつける
カブトムシは一ノ瀬のみを見ると角で追い払おうとする
その脇を塚本は走り抜けると宮内の手を掴む
「大丈夫?動ける?」
「う、うん…」
「早く!こっちはコイツをどうにかするから!」
海部が二人を見て叫ぶと、塚本は相手を気遣うように少しゆっくりとしたペースで手を引く
海部はそれを見守りきらずに、カブトムシを見た、そのときだった
カブトムシは海部を首から持ち上げて、そのまま壁に強く押し当てた
「ガッ!!」
海部は、壁にぶつかった衝撃で声を漏らす
抵抗しようと片手で斧を動かそうとするが苦しさでその手を解いてしまう
「まさか…あれが…本命?」
宮内は苦しそうな声のまま言う
塚本はダメ元で気を逸らそうと銃を撃つが、体にあった弾を意に介さないまま海部の首は締め付けられる
「…ちっ、なぁ、結城、切りつけ、られるのは、痛みだけでも、締められたら!!」
一ノ瀬は相手の角をかわしながら途切れ途切れに結城に言う
「…うん、まずいかも」
結城は側面から関節を素早く斬りつけて動きを封じる
一ノ瀬は、疲れていたが海部の救出をしようと即座にもう一匹のカブトムシの方に向かおうと走ろうとした
が、彼の足は止まる
「悠斗…残念、もうこれで終わりだ
宮内は動けないし、塚本の武器はきかない、お前と結城はここで止めさせてもらうから」
目の前に立つ鳴滝が槍を構えてニヤリと笑うと、そう言った
「…なんで、こんなとこお前入り込めないだろ…いつの間に…」
「僕がこの夢を望んだんだから、何でも有りにできるんだよ」
「狡い手使いやがって…!!」
一ノ瀬は普段の言葉で、それでいていつもより強く、怒りを露にして言う
「でも、こっちは二人だけど?一人で二人止められるの?」
「…僕は…やらなきゃならないんだ…」
「命奪うほどのことじゃないだろ!!」
「…うるさい…僕は、僕は!」
いつか、誰かの言っていたような言い回しになった彼を見て、二人は今は説得できないと判断した
そして、二人は互いに少しだけ視線を交わすと頷いて武器を構える
「…お前らだってそうだろ、やられたらやりかえすんだろ!」
「…行くぞ」
鳴滝の言葉に答えず、二人は同時に走り出す
相手はカブトムシを引き裂ける武器を持つ結城ではなく、一ノ瀬のほうへ向かう
「喰らえ!」
「当たるかよ!つーか、剣放置してていいのかよ!」
「…」
その言葉に何も答えない鳴滝、その間にも、剣を構えた結城はカブトムシに近づく
だが、彼女の剣はカブトムシの足を捉える前に金属の何かに当たる
「…鎌…?」
それは、鎌の刃
ゆっくり視線を上げると、宮内…ただ、それは以前のキツネであることをあらわすように真っ赤な目をしていた彼女が立っていた
「ジャマ…シナイデクレル?」
「…こっちの台詞なんだけど!」
結城は相手に剣を振るが、それはヒラリと避けられる
そこに再び攻撃をする、しかしそれも避けられる
その隙に足を狙おうとも、それだけは上手に妨害する
「…ホラホラ、ハヤクシナイトシンジャウヨ?ソレトモ、モウダメダッタリシテネ?」
「だったらおとなしくしてて!」
結城が叫び、偽宮内に切りかかるとやはりそれをかわす
塚本と宮内は、向こう側の様子を声で把握していた
そして、もう既にぐったりとしている、海部の様子も
「…海部…さん…」
宮内は、体力的な苦しさとは別の意味でつらそうに言う
すると、塚本は意を決したように銃を上げる…その先は、海部
「織枝?」
「…もう、これしかない!死なせないためにも!もう!」
そう言うと、しっかりと狙いを定めて、その頭を狙う
頭の痛みならば、きっと耐えられるであろうと信じて
そのはずなのに、手はガタガタと震えて定まらない
いくら助けるといっても、友人の頭に銃弾を打ち込むのだ
…普通なら、殺してしまうという不安でいっぱいになるだろう
そして…少なくとも、自分を信じていた彼女を裏切ることになりそうだった
銃を握るその手に、そっと宮内は自分の手を重ねる
「…手伝う」
「ありがとう」
そして、塚本は再び海部の方を見る
「海部さん!ごめん!!」
力いっぱいそう叫ぶと、その連絡路に銃声が響き
ただただその後は沈黙が全員を包んでいた…