二十二日目~疑う心~
今回は長めです
海部がメールを送った夜…彼女は夢の世界に誘われていた
たった一人、彼女の家の近くの国道で石の敷き詰められた道を
斧をガラガラと引きずりながら彼女は歩いていた
「…京…くん…」
おそらく、この夢に誘い込んだと思われる相手の名前を海部は辛そうに呟く
自分の送ったメールの文面をなるべく一字一句思い出しながら海部は思う
(やっぱりまだ許す気…ないのか…)
すると道の両サイドにある植え込みからガサガサと獣の走るような音がして
思わずそちらに斧を向ける、が既にそこに気配は無い
しばらくあたりを見渡しながら襲い掛かってくるかと構えていたが、その気配も無い
妙だとも思いながら斧を下ろして再び歩き出す
しばらく歩いていると、目の前に見慣れた二人の姿が見えて思わずそちらに走る
宮内と塚本が海部を待っているかのように彼女を見つめて立っていた
二人から2mほどの距離で止まり、思わず安心して海部は自ら口を開く
「…宮内、塚本…お前らも来てたか…」
味方で居てくれる二人、その存在に彼女の精神は助けられていた
海部はいつものように絡んでくれると思っていたが、二人は海部の望んだ言葉をかけない
「近づかないで」
塚本が冷たく言い放ち銃を海部に向ける、その態度に海部は目を見開いて「え…」と漏らす
「塚本?何言って…」
「近づかないでって言ってる」
彼女と思えない程冷たい声で相手は言う、助けを求めるように宮内を見つめるが
宮内は、海部に絶望を与えるように笑って口を開く
「…何?味方だとでも思ってたの?」
「…っ!?」
海部は顔を二人から背けて短く声を上げる、自身が成した事への罪悪感が無いわけで無いことが
余計に海部に苦しみを味あわせていた
「…それは…」
「私たちが味方じゃない理由くらいわかるよね?」
塚本の言葉に今までの行動が走馬灯のように駆け巡る
宮内を利用したこと、塚本を裏切ったこと…
二人が、見舞いに来てくれるほど優しかったことも
自分からガラに無いことまでして説得までしたことも
塚本が度々夢で助けてくれたことも
ふっとその場で沸いた驚きと絶望にかき消されて思い出さずにいた
そうではなく蘇るのは今まで散々繰り返した来た、海部自身の行動
「…言っただろ…謝るって…」
「それで許されると思ってたの?私を悪役に仕立て上げてまで何がしたかったんだか…」
声を振り絞って出すものの宮内はため息を吐きながら答える
「…みや…うち…」
ただ、力なく相手の名前を言うと海部は手を耳元に当てて斧のカラカラ…と落ちる音と同時に崩れ落ちる
が、その手は音を遮断するのには不十分だった
塚本はその頭に銃を突きつけて言う
「私のことも裏切った、涼香ちゃんの味方だから切っただとか…」
「そ…れ…は…」
海部はギッと自らの歯を食いしばる
宮内がクスクスと笑いながらどこからか取り出したナイフを首に当てる
「…わかった?海部さんに本気で味方がまだいたって…思ってたの?」
「……」
海部は完全に下を向いて腕を下ろす
その様子に、二人は明らかにいつもと違う様子でニヤリと笑う
海部は俯いたまま息を吐いて二人の腕を掴み、一度自分の先から武器をそらしながら立ち上がる
「何のつもり?戦うの?」
宮内の言葉に俯いたまま答えない、このまま別れるのもありだろうとは思ったが
せめて、せめて一言お礼でも言ってからでいいだろうと考えた
意を決して顔を上げると、それと同時に二人の後ろに何かが見えた…
しばらくの思考、そして海部はそれを理解するとその表情は悲しみから余裕の笑顔に変わる
「どうしたいの?」
塚本の言葉に腕をがっちりと掴んだまま二人に向けてはっきりと言う
「二人とも、私のこの腕解いてみてよ…そうしたら殺されてもいい」
「何でそんなこと?」
海部が言うのに、宮内は理解できないといった風に言う
海部はフフ…と笑って続ける
「…まぁいいからさ…ねぇ、やってみてよ、力づくじゃなくて、ちゃんと腕ひねって…
出来たら殺されるって言ってるんだし、簡単だって」
海部の言葉に、宮内は戸惑いながら腕を何度か捻る、がつかまれた腕は開放されない
解けないその腕に、宮内は焦りながら何度も右に左に腕を捻るが海部の手から開放されない
「……ねぇ、出来ないの?」
「…う、うるさいな…こんなの…」
「…あと…もう少しで…」
「おかしいな?宮内は腕解くの得意だったんだけどな?
逆に塚本はもうちょっと手間取る筈…まぁ、たまに運良く外れるけど…」
少し狂気が混ざったようにも見える笑みを浮かべて言う海部
「織枝、わけわかんないしこのまま…」
宮内は腕を無理やり引っ張りながらそう言った瞬間、鎌の刃の先が宮内の首の前に現れる
塚本のその後ろには、彼女を狙う二つの銃口があった
海部の目の前の二人は、明らかに顔色を変える
「…さっき見ちゃったんだよね、黒い狐と戦ってた宮内と織枝の姿…
もしかして…お前らも偽者だったり?」
海部が勝ち誇ったような笑顔を見せると、宮内の後ろから声が発せられる
「失礼だよね~私そんな悪い笑いかたしないって」
塚本の後ろからも、声が聞こえてくる
「そこまで極悪なことしないって…ちょっとはやってみたいけどさ…」
その声に気がつくと、海部の目の前の二人が俯き数秒の沈黙が訪れる
そして突然、目の前の二人の姿は赤い目をした黒い狐に変わる
掴んでいた腕は虚しく中を握り、視界には先ほどまで武器を構えていた背後の二人…本物の塚本と宮内が映る
狐は海部の背後に向けて走り去ろうとする
「待て!!」
塚本は海部の背後の方へ踏み込んで銃を乱射するが狐は銃弾をヒラリと避けて夜の世界に消えていく
海部はその姿を見送っていると、宮内が海部の前に立って言う
「大丈夫だった?」
「…ちょっとめげそうだった」
海部ははぁ、と息を吐いてその場に座り込む
「…本当は…最後にお礼でもいって殺されよっかな~って思ったとこに
二人の姿見えて…これは勝てるって判断した、念の為確認したけど」
と、二人に笑顔を見せる
海部は度々二人にちょっかいをかけるのに腕を掴んでからわき腹をくすぐったりしていたのだが
いつも宮内は腕をつかんでもするりと抜け出してしまう
逆に塚本はなかなか解けずに手間取ってばかり…それを思い出したのだった
「とりあえず間に合ってよかった…もう少しで海部さんログアウトだったね
…狐は逃げちゃったけど…」
「そうだ、お前らのほうはどうだったんだ?私の偽者だったのか?」
海部が二人に尋ねると、塚本が頷いて答える
「うん、なんかわかりにくかったな…」
「どんな風に?」
「“殺してやる殺してやる”とか、“お前らもだましてたんだろ?”とか…いまいち判断つかなかった…」
「はは…で、どうやって偽者だって判断したの?」
塚本の言葉が少し胸に刺さりながらも、その言葉では実際判断がしづらいだろう
どうやって見極めたのかを知りたくて尋ねる
「“じゃあ、殺して良いよ?”って二人で言った、海部さんわかりやすいから逆に押されたら戸惑うんじゃないかと思ったら普通に斧振り上げてきたから、そこに織枝がバーン」
宮内が手で銃を撃つふりをして言う
塚本がそれを見て笑いながら続けて説明する
「結局、当たる瞬間に相手の術解けちゃったから当たらなくて、追いかけていったらここまでついて
海部さんがやばそうだったからさっさと仕留めたんだよ?」
海部は話を聞いていたが、疑問を抱いたままの声で言う
「…それで本物だったらどうするんだ?」
「「海部さん優しいから大丈夫」」
二人からそう言われて、海部は恥ずかしさでそっぽを向いて「うるさい」という
以前から褒められなれてない彼女のくせに、二人は懐かしさで笑顔になる
「…とりあえず、お前らがだけが来てるとは考えにくい、悠斗と結城は…まぁ、大丈夫だろうが…」
海部は立ち上がって、落ちてしまった斧を拾い上げて二人の方を見る
「探しに行こうか、狐の向かった方向に多分居るだろうし…またさっきみたいなことになったら…やっかいだもんね…」
と、狐の走り抜けていった方に三人は走っていった
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海部が二人と会話を始めた頃まで遡り…
通学途中の郵便局の前で、結城は「…やっぱり…」と呟き剣を抜く
あたりには一ノ瀬どころか人の気配も無い
こういうとき、頼りになるという理由で一ノ瀬を探す自分が悲しい
また、そこに恋愛感情がないのも他人から見れば滑稽なのだろうか?
そんなことを思いながら、敵か一ノ瀬を探していると…ガサという音がしてそちらを見つめる
が、視線の先には何の影も無い
「…?」
結城は妙に思いながら剣を降ろし、あたりの様子を確認すると自分が先ほどまで見ていた間逆に一ノ瀬の姿が見えた
彼は、ゆっくりとコチラに歩いてきている、結城もまた彼に近づこうと剣を収めて近づく
「悠斗くん、一応合流できたね」
「…」
一ノ瀬は黙って結城の前に立って答えない、いつもの悪ふざけだろうと結城は息を吐いて口調を少しだけきつくして言う
「今度は無視ですかそうですか~」
結城がそういうのに、一ノ瀬は黙ったまま結城を睨みつける
「…何?」
「誰がお前の敵だって言ったんだよ…」
いつもの冗談とは、どこか違うトーンに剣を手にかけるが…まだ、悪ふざけである可能性が完全に否定できないだけに、結城は相手と戦うと判断しづらかった
「やっぱりそういうこといいますかそうですか、それはあんまりじゃないですか?」
「…お前、俺の言ってる意味わかってるのか?」
一ノ瀬が少し焦るのに、結城は違和感を感じて剣を抜く
どうやら結城は彼の期待する反応とは違うものをしてしまったらしい
「…いや、わかってるけど…悠斗くんのそれいつものことだし」
「は?なんだよそれ…?」
彼の様子が明らかに違うのに、結城は一ノ瀬に剣の先を向ける
…と遠くからなにやら騒がしい声が聞こえた
「ちょ、普通、女子に、暴力は…」
「うるさい俺はお前を女子なんて思ったこと一度も無い、たったの一度もな!」
なんだか妙に楽しそうなもう一人の一ノ瀬と、顔を青くして走ってくる…もう一人の結城
結城の目の前にいる一ノ瀬が「馬鹿、なんでアイツコッチに…」と呟くのを聞き逃さなかった
「…ねぇ、もしかして…偽者とかそういうやつ?」
その言葉に結城の目の前の偽一ノ瀬は「グッ」と声を出す
「ちっ…もうこうなったらやるしかないか…」
拳を構えて結城に一気に殴りかかる偽一ノ瀬、それに結城は何のためらいもなく一撃を喰らわせる
すると、一ノ瀬の姿の変化が解けて目の赤い黒い毛の狐の姿になる
本物の一ノ瀬の方も、偽結城に殴りかかる
「ちょ、あの、普通こういうのって躊躇いとかあるんじゃ…」
「悪いけど、俺は海部さんだろうが塚本だろうが結城だろうが
本気で怒らせたら本気で殴るからな?」
と、わき腹に深く一撃を食らわせると偽結城は「ひゃう」と情け無い声を上げて変化を解いて黒い狐の姿に戻る
「ニ、ニゲルゾ!」
切り傷を負った狐が殴られてフラフラと歩く狐に叫ぶが、その目の前に斧の刃が突然現れる
「…ふう…これであと一匹!」
斧の持ち主…海部が笑顔で弱っている狐に向けて笑いながら言うと、
間髪いれずにその体を蹴りつけるとその体は植え込みに当たって消滅する
海部が斧を抜くと、その後ろから宮内と塚本が現れて残った一匹は5人に囲まれた形になる
狐は声も出さずにただ硬直するのに、結城が一気に踏み込んでその体を切り裂くと、グギャアアァァァという声がしてその姿は消滅する
結城が剣をしまって息を吐くと、一ノ瀬が突然結城を殴ろうとする
それをギリギリで避けて、結城は一ノ瀬に声を荒げて言う
「さ、流石にそれは怒るよ!?」
「悪い、敵が残ってると思った、つい」
「…はぁ…」
結城はあきらめてそれ以上の反論をやめて、駆けつけた三人に声をかける
「宮内、織枝…あと、海部さんも、大丈夫だった?」
「もうちょっとで海部さんがまた何かしでかすところだった」
「まぁ…ご覧の通り、無事だけどね」
宮内がふざけて言う隣で海部が笑いながら言う
「そっか…偽者だったし、海部さんと織枝はまずかっただろうしね~」
「ちょっと、それ何気に傷つくんだけど…」
「お前はなんか大丈夫そうだったから、つい」
結城が軽く謝ると、思い出して一ノ瀬のほうを見て言う
「ねぇ、あんだけ怒るとか…なに言われたの?」
「“お前は味方じゃない”とか、“お前と一緒だと虫唾が走る”とか
“お前と一緒に戦わなきゃ良かった”とか…」
「うん、どっかで聞いたことあるけどスルーしとく」
普段、結城が目の前の彼に言われているのと似たような文句が並べられているのを聞いて
相変わらずだな…と笑いながら彼に言う
「…まぁいいだろ、とりあえず今日は凌げたんだし…心折ってくるのは…」
「そうだね、でも海部さんがまた来るまでに同じような夢を見たら…」
考える4人に、海部もしばらく考えて口を開く
「…明日、明日行こう、そもそも不安要素はもう情緒不安定だけだったし
体調のほうはちょっと無理すれば何とかなる…少し学校で話がしたいって言えば…」
「いや、それじゃ…海部さんが…」
結城がそういうのに、海部は首を振る
「明日…もうそうしかないだろ?今ここで言うのも良いけど…それはイヤなんだ…
お前らが居る目の前で私は言いたい…でも、これ以上引き伸ばすのは危険…だったら」
そう決めると、海部もなかなか自分の意見を曲げたがらない…結城は少し迷うが
「…あ~海部さんがいいならそれでいっか…皆もそれでいい?」
そう周りに尋ねると、三人も頷く
海部は安心してふぅと言って、斧を肩によせる
「…じゃあ…これで今日は…」
結城が体を伸ばしてそういうと、四人もそれぞれに息を抜いてそして
『おやすみ』
と交わして、その視界の景色が消えていくのを感じた