十七日目~弱点~
―国道沿い―
「はぁ…っ…」
暗い、建物の明かりもまばらな中
一つの建物の影で大きく息を吐いて、壁に背を持たれかけて宮内は地面に座る
何故か、その目を赤く腫らしながら…
鳴滝が海部と宮内を罰するという名目で二人を夢に呼び始めてから、数日
これまで、敵は自分の従えてきたのと同じような獣の群れ
流石に、従えていた相手にやられるようなこともなく、一人でも戦いきれていた…が今回は訳が違っていた
…相手は、宮内の苦手な蜘蛛、それも自分の身の丈程の大きさの…
そもそも、宮内は普通の大きさの蜘蛛であっても泣いてしまう…
襲い掛かってくるという要素もあり、彼女の耐えられる敵ではなかった
「クモとか…もう…誰でもいい…誰か…」
この際面倒でもいい、海部でもよかった
悪魔でもなんでも、あの大きな蜘蛛を退治してくれるなら喜んで魂を売ろうとまで考えていた
「そうだ悠斗くんがいる、どうせこういうとき助けてくれるに違いないよ、うん」
こんなとき、確実に助けてくれる心当たりといえば、もう一ノ瀬以外に居ないと思い当たった
建物の影から外を覗くと…二体の巨大蜘蛛
「…それ以前に…ここから出れるのかな…」
弱々しく呟くが、気づかれる前に駆け抜けるしかもはや残された道はなかった
思い切って道路の方に飛び込んで向こう側に抜けようとする
しかし蜘蛛は宮内の動きを捕らえていた
瞬時に宮内の方に大きく跳びかかる
「嫌!無理!」
咄嗟に避けたものの、もう折れてしまいたかった
持っている鎌で戦うのも、虫を潰す感覚を思い出すとそれも出来ないことであった
(…いっそ…襲われた方が…あ、でも近い無理)
考えた隙に、蜘蛛は糸を吐いてくる…糸は鎌を捕らえていとも簡単に空へ投げ飛ばす
「嘘…」
ハハハ…と乾いた笑いをして宮内は自分の手を見つめる
こうなればもはや、助けを求めて逃げるほか無い
ただ、ひたすら南に向かって走る
一ノ瀬の家に近づけば彼も居るかもしれないと希望を抱きながら
後ろを一切振り向かずに、暗い道を宮内は走り続ける
と、普段は通りがかるだけの公園に二つの人影がある…
宮内は迷わず公園の中へ走っていく
そこには、何かを話していた一ノ瀬と結城、宮内はその場で膝を突いて肩で息をする
「…宮内?」
「おい、アレ見ろ…そりゃ宮内無理だろ…」
結城が心配そうに声をかけるのに、一ノ瀬は指を指して蜘蛛を見つめる
蜘蛛は休む間も与えまいとしているのか、もう攻撃してこようとしている
「…あぁ、なるほど…って!私もああいうの無理だって!」
「…しゃあねぇ!俺がどうにかする!」
拳を構えて一ノ瀬は蜘蛛に向かう
「いや…流石に拳ってどうなの?」
「…夢なんだろ!だったらもう我慢だろ…」
一ノ瀬も不快を露にして眉間に皺をよせる
結城はため息を吐いて、宮内の方を見る
「…もう攻撃除けられないよね…?」
「…逃げるのに…疲れた…」
息を荒くしている宮内に結城は迷う
もし仮に自分が戦ったとして、彼女が攻撃されたのなら意味が無い
「結城危ない!」
一ノ瀬の声に結城は慌てて宮内を抱き上げて跳ぶ
「…結城さん…かっこいい~」
「…あの蜘蛛の上に置き去りにしてやろうか」
「スイマセンもう言いませんごめんなさい」
いつもの茶化すような発言に、彼女もまたいつものように冷たく返すと宮内は全力で謝る
話している間にも、蜘蛛と一ノ瀬の戦いは激化していく
一本の足が彼を踏もうとするのを素早く避けると一ノ瀬は結城に叫ぶ
「結城!糸吐いてくんの、切れるか?」
「えっと…がんばる」
仕方なく、宮内をその場に下ろして剣を抜く
「動けないよね…?」
「…大丈夫…そろそろ息整ってきた…」
宮内も立ち上がり結城の後ろに立ち上がる
結城は一ノ瀬の隣に立って、吐かれる糸を切り裂いていく
その隙を抜けて一ノ瀬は跳びあがり蹴りを一発落とす
「よし!一体終わり!」
しかし、その足をもう一体の蜘蛛の糸が素早くからめとって一ノ瀬をそのまま地面に落とす
「グッ…!」
「悠斗くん!」
蜘蛛は糸を手繰り寄せて一ノ瀬を引きずっていく
それを止めようと結城が走ろうとした瞬間
「嫌!」
宮内の悲鳴が聞こえて振り向くと、そこには援軍だろうか
もう一匹の巨大蜘蛛が現れた
「…俺はコイツ何とかする!引きずられてもコッチの間合いだしな!」
「…ごめん!」
結城は素早く振り返り宮内に近づき、どうにか相手の足を切り裂く
蜘蛛はバランスを崩し動けなくなる
「…どうする、こっから逃げてもまた蜘蛛いるかもだけど…」
「…うん、ごめん…おとりになるのも怖いし…」
宮内は謝ると、結城は剣を構えて再び立ち上がろうとする相手を思い切って深く切り裂く
蜘蛛はそのまま黒い獣と同じように黒い液体を体から出して消える
「…はぁ…どうにかなった…」
「こっちもどうにかなった!!」
結城は声に振り返って一ノ瀬を見る
蜘蛛の方はどうにか倒したらしい
「さすがに虫殴るのは気持ち悪かった…」
「だろうね…というか、その足…」
一ノ瀬の足を見ると、そこには未だに蜘蛛の糸が絡まっていた
「あぁ…この状況で京くん来たらヤバイ…よな?」
「また蜘蛛来たら私一人だし…それは勘弁かな…でも剣なんか使ったら足ごと…」
「でもナイフでも逆に切るやつに引っ付きそうだ、コレ…」
結城の言葉に、一ノ瀬は暫く迷うが
「別にいい、剣でいこう、それくらいの痛み我慢できる」
「…大丈夫?現実に響いても知らないから…」
「大丈夫だ」
そういって、なるべく足を傷つけないように糸を少しずつ切っていく
それでも、足には何箇所かの切り傷がつく
「洗い流すわけにもいかないしね…傷ついちゃったし…」
「動ける?」
「大丈夫っぽ…くない…っ!」
宮内が尋ねるのに、2,3回ジャンプするがやはり痛むのだろう、足元を抑えてしゃがむ
「…ねぇ、本当にこれ大丈夫なの?」
「あぁ、京くんに見つかったらそっちのが…やばいだろ」
一ノ瀬の言葉に、結城と宮内はどこか不安を隠せないで居た…そのとき
何か、ドズンという大きな音が鳴り響いた
「…何!?」
「この近くだろ?蜘蛛か…もしかしたら海部さんが斧でなんか倒したとか…」
「行くしかない…よね…」
結城が少しだけ面倒くさそうに言うが、頭を振って剣を鞘に収める
「…私の鎌返して欲しいし…」
「…行こう…悠斗くん、走れる?」
「我慢できる!」
そういうと一ノ瀬は真っ先に走り出す
それに続いて結城と宮内も走り出した…