~0日目~
無から暗闇に意識が思い切り引っ張られるような感覚
それに彼女はハッとしたように目を開く
目の前には、木の枝と点のように見える微かな星の光だけ
「また…か…」
コンクリートの硬さを手のひらに感じながら上体を起こして
その髪を揺らして周囲を見渡す
普段の登下校で使う道だ、黄色いコンクリートが敷き詰められた坂道
右手には数箇所木が植えてあり、坂の下…自分は学校に向かう側を見つめる
見慣れた、普段の光景
違うのは、街の街頭以外の明かりが何も灯っていないことと
国道沿いであるにもかかわらず、人の気配はおろか車の通る音もしないこと
足を自らの体に寄せて立ち上がりながらココ最近見る妙な夢のことを思い出す
痛みを感じること
そのくせ、体への疲労は殆ど無いこと
…そして
木の陰から黒い体毛で赤い目の、狼のような獣が植え込みから現れる
ソレは彼女に近づいていき、頭を足に摺り寄せる
…この、赤い目の獣に自分は懐かれたこと
理由はわからないが、少しだけその願望はあったために、それが夢で叶えられただけだろうと思っている
彼女は獣の頭を数回撫でると、獣は満足そうに鳴く
手のひらには、しっかりと毛の感覚を感じた
突然、獣が自分の向いていたほうと反対を向く
気になってそちらを見る…夜の闇にまぎれて少し、何かの影が見える
獣はそれに大して警戒心は抱いていない…ということは仲間だろうか
大きな熊のような獣にも、大きな人間か…枠のよく見えない影であった
目はどこにあるのか見えない、足元の獣のように、赤く光るものではないようだ
次にそれが何であるのかを確認しようとすると
影は彼女が見ていた向こう側に消えていく…逃げようとしているようだ
獣は素早く、案内するようにそれの後を追いかける
彼女も、そんな怪しさの塊であるような物に好奇心の手の引くままに追いかける
…今は、それ以外にするべきような事も無い、その理由もあるのだが
(なんなの?獣の仲間?…少なくともあの獣の味方だとは思うんだけど…)
ソレの動きは早い、そして、自分の足もまた普段より軽い
…以前に、まったくと言っていいほど体に負担がかからないのではあるが
だが、ソレの速さは彼女がどれだけ走っても届かない
それどころか、獣さえそれを捕まえられない
歩道橋を抜けて、下に川の見える道に出ると、街頭が道を照らす
が、影はどこにもいない…曲がり角、川、獣ならば逃げる場所は幾らでもある
「…はぁ、見失ったか」
鎌を肩にかけて疲れたと言う変わりにため息を吐く…といっても体力は消耗していない
走ったという精神的な錯覚というべきか、それによる疲労をどうにか処理したかった
休む間はほんの一瞬で、こんどは獣が吠えている
少し遠くに見える郵便局に向かって獣が数匹駆けていくのが見える
(さっきの影が襲われてる…?でもコイツはさっき襲ってなかったし…
とりあえず見に行くか…疲れては無いし)
獣が唸り声を上げて駆けていくのを、先ほどよりは軽いペースで追いかける
歩道橋の下、見たことのある姿が獣に囲まれている
「……ちょっと!?なんで」
それに驚いて声を出すと相手もそれに気づいたのか声を張り上げる
「なんでって…私も言いたい!とにかく助けろ!何だこれは!」
周囲の獣に唸り声を上げられて、相手は完全に焦っているようだ
少しからかいたいとは思ったが、危害が加わるのは流石に気が引けた
「下がって!」
言うと、獣は一瞬彼女の方を見て、そのまま闇に散っていく
先ほど自分に近づいてきた一匹だけが、その場に残って彼女にすりよる
相手は安心からかその場に座り込んで彼女を睨みつける
「…お前の仕業か」
「そうやって私を悪者にするのやめません?」
笑いながら言うと、「冗談だ」とまったくその気を感じられない突き放したような声で返される
「それに、そっちもさっきココに来なかった?ほら、坂のところで…」
「坂のところ!?ふざけんな!私はさっき目が覚めたばっかりで!突然獣に襲われたんだぞ!?
そうだ!なんでお前はここにいる?獣の親玉はお前だろ?っていうかここはどこだ?
なんだ?異世界か?夢か何かか?」
一気に捲くし立てられて彼女も焦るが、相手の態度からして先ほど出てきたのは本当だろう
でまかせで嘘をつくほど、相手は器用な人間ではない
一度相手を宥めて状況を説明していく、が相手も一度では把握し切れなかったのだろう
なんどか質問を交えてどうにか理解させた
異世界やその手の出来事への理解はある程度ある人間ではあったため、それでも楽だったのだろうと思う
「…まぁ、平たく言えば“私にもよくわからない”…かな」
「ったく…なんなんだ…まぁお前に当たってもしかたねぇけどよ…」
くしゃりと前髪をつかみため息を吐く
「まぁ、いいや、最近…つまらなかったからな」
俯いて、辛そうに言う相手に最近のことを思い出す
そういえば、あの二人と上手く行っていなかったか
「…退屈しのぎにはなるんじゃない?」
「そうだな、楽しめる場所だといいんだけどな」
笑いながら言う相手に、少しだけ気を持ち直したのだろうと安心して
次に、獣のことでも言おうと口を開く
…が、口は、自分の望んだ言葉を紡がなかった
「ねぇ…あの二人のことでさ…ちょっと言いたいことがあって……」
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