船形ハニワ、かく語りき
「おい、そっとだぞ! そっと移動しろ!」
背後で注意喚起する職人の声を聞きながら、アタシは二人の奴婢の手によって、円と四角形を組み合わせたような外観の墳墓の上を慎重に運ばれていく。
「そこは坂になっているから足元に気をつけてくれ。うっかり転んだら大変だ」
口うるさい職人に、奴婢たちはうんざりした顔になっていた。職人が心配しているのは奴婢が怪我をすることじゃなくて、アタシが危ない目に遭うことだもんね。
奴婢は円筒埴輪が並ぶ通路をそろそろと歩いた。その後ろからはピリピリした顔の職人と、指揮権を奪われて困惑している作業の監督官がついてきている。
土橋を渡った一行は、墳墓のくびれ部分にある造りだしと呼ばれる場所で足を止めた。造りだしっていうのは、分かりやすく言えば舞台のことね。
「ちょっと、監督官さん。先客がいるじゃないですか」
職人は造りだしの中央にでんと据えつけられた家形埴輪を見て、口を尖らせる。
「俺の作品は、一体どこに置くつもりなんですか?」
「あそこですよ」
監督官は舞台の下部を指差す。まあ、随分と地味な場所ですこと! でも、監督官の間違いってわけじゃなさそうね。もうアタシの下についている台座を埋める穴まで掘られているんだもの。
「この子、大きいですよ? あんなところに入りますか?」
「大丈夫ですよ。さあ、行ってくれ」
監督官が奴婢に指示を出した。三日月のように反り返るアタシの船首と船尾を持った奴婢が、葺石の敷き詰められた斜面を慎重に下っていく。
無事に指定された位置につくと、台座を穴の中に入れ、上から土をかけてアタシを地面に固定した。
作業を終えた奴婢たちが額の汗を拭っているところに、「やっているか?」と声がかかる。造りだしの上から、貫禄のある男性がこちらを覗き込んでいた。
「これは我が君!」
男性の姿を認めた途端に奴婢たちは平伏し、職人と監督官もうやうやしく礼をした。
聞こえないとは分かっているけれど、アタシも『ご機嫌よう、主』と挨拶する。この素敵な男性は、アタシたちが今いる墳墓の持ち主なのだ。
「たった今、俺の作品を据えつけたところですよ」
「ほう、あの船の埴輪か」
主はアタシを見て、惚れ惚れとした顔になった。ふふふ、当然よね。アタシってば、最高に完璧だもの。
まず、色はベンガラ塗りの朱色。すごくかわいいでしょう? この色は魔除けにもなるのよ!
それに、盛りに盛ったこの装飾品を見て! 格好いい剣がブスッと刺さってるし、日傘も搭載しているから、日焼け対策もバッチリ。いかにも威厳がありそうな杖だって、大小合わせて二本も乗せてるのよ!
「よい作品だ。まさに我が国の宝だな」
主はアタシを見て微笑んだ。思わず『キャッ!』と黄色い声を上げる。元から真っ赤なのに、さらに赤くなっちゃうわ!
「その時が来たら頼むぞ、埴輪よ」
ええ、任せておいて。アタシはそのために作られたんだもの。
心を使命感で燃え立たせながら、アタシは力強く応じた。
****
主が言った「その時」が来たのは、それから何年もたったあとのことだった。
主が亡くなったのだ。
盛大なお葬式が行われたあと、亡骸は墳墓に葬られた。
そして迎えた最初の夜。
主の亡骸が葬られた場所から、半透明な形をしたモヤのようなものがふわりと宙に浮かび上がった。夜空を漂うそのモヤは瞬く間に人型に……生前の主の姿になる。ただし、大きさは手のひら大だけどね。
主はきょろきょろと辺りを見回した。もう、せっかちね! すぐに行くから、ちょっと待ってて!
アタシは『それっ!』と勢いをつけて、台座から離れた。そのまま宙を飛び、真っ直ぐに主のところへ向かう。
「おお、来てくれたのか」
主はアタシを見て顔を綻ばせた。この方の笑顔がまた見られたことに、アタシの胸がきゅんと弾む。
「さあ、私を隠り世へ連れていっておくれ」
ええ、もちろんよ! それがアタシの役目だもの!
主が乗り込んだのを確認すると、アタシは天空に向かってビュンと進んだ。真っ黒な夜空一面に星が散らばり、月が煌々とアタシたちの姿を照らしている。
けれど、呑気に風景の見物をしている暇はなさそうだった。
「ギヒヒヒ! 王の魂だ!」
「こいつは美味そうだなあ!」
顔が前後に二つ、手足は八本もある物の怪たちが、アタシたちを目ざとく発見して、こちらに迫ってきた。
こいつらに捕まったら、主が隠り世へ行けなくなってしまう!
アタシはすかさず、船体に刺さっていた杖に力を込めて、辺りに結界を張った。そして、大刀を引き抜く。
使い手がいなくても大刀は勝手に宙を舞い、迫り来る物の怪を次々に切り刻んでいった。
それでもしつこくこちらに近づいてくる物の怪もいたけれど、そいつらも結界に触れた途端に苦しげな声を上げて意識を失ってしまう。
「おお、頼もしいな……!」
日傘の下に隠れ、飛び散った物の怪の残骸から身を守っていた主が、感嘆の声を上げた。当然でしょう? アタシは戦う女なのよ! あなたのためなら、このくらい何でもないわ!
物の怪と格闘しているうちに、アタシたちは雲の上に出た。すると、あちらこちらから騒がしい戦闘の音が聞こえてくる。
見れば、周囲ではアタシ以外にも船形埴輪がたくさん空を飛んでいた。彼女たちもアタシと同じく物の怪に群がられている。
物の怪たちの狙いは、皆が乗せている主の魂だ。彼女たちはアタシと同様に大切な人を化け物のエサにさせないために奮戦していた。
アタシに負けないくらい立派な装飾のついた埴輪もいくつもあって、彼女たちが果敢に戦う姿は、さながらいくさの女神のようである。
けれど、皆が皆戦うのが得意なわけではないようだった。
「グヘヘヘ! そいつを寄越せぇ!」
『ご主人様、逃げて……!』
船体に大きな穴を空けられた埴輪が、最期の力を振り絞って船に刺してあった飾りを振り回し、自分の主が脱出する時間を稼ごうとしている。けれど、彼女の努力を踏みにじるように、物の怪は船の上に乱暴に飛び乗った。
「さあ、食事の時間だ!」
物の怪は大口を開けて、船底で腰を抜かして震えている男性にかぶりついた。そして、頭の前後についた二つの口からクチャクチャと不快な音をさせながら、哀れな犠牲者の魂を噛み砕いていく。
『ご主人様……ごめんなさい……』
愛する主の悲劇的な最期に、埴輪はもう気力が尽きてしまったようだ。浮上が止まったかと思うと、そのまま地面に落下していく。
「……なんと惨い」
一部始終を目撃していたアタシの主が、鎮魂の言葉を小さく囁いた。アタシも散っていった仲間に、『よく頑張ったわね』とお別れを言う。
「埴輪よ……。私の命はそなたに預けたぞ」
主が船縁をギュッと握りしめる。
『アタイの主君には、指一本触れさせねえぜ!』
『退いてくださいまし! カシラのお通りですわ!』
仲間たちが激戦を繰り広げ、怒号が飛び交う中を、アタシは風を切って進んでいく。
目指すのは隠り世。アタシの主の新たな安住の地だ。
****
『ねえ、それでどうなったの?』
『もちろん、主はちゃんと隠り世へ送り届けたわよ』
『さすがアネゴ!』
『しかも船体に傷一つついていないなんて……。やっぱりアネゴはオイラたちとは格が違うなあ』
隠り世への旅から無事に帰還したアタシは、墳墓で留守番をしていたほかの埴輪たちに土産話をせがまれていた。
主をきちんと目的地まで連れていったことで、アタシは英雄視されるようになった。
通路にびっしりと並べられた円筒埴輪たちがウワサを広め、今では墳墓に据えつけられたすべての埴輪がアタシの偉業を知るまでになっている。
こうしてアタシたちがウワサ話に花を咲かせている間も、人間たちの日々の営みは続いていった。
そうした何でもない日常を繰り返すうちに、変化はしずしずと、けれど確実に忍び寄ってきた。
最初に気づいたのは、墳墓を敬う気持ちが薄くなってきたことだ。ここは偉大な王が眠る場所なのに、そんな大切な場所に人々は段々敬意を払わなくなっていった。
そのせいか、墳墓は徐々に荒れていく。ろくな手入れもされないまま風雨にさらされ続けた埴輪は少しずつ壊れていき、やがて土に埋もれて見えなくなっていった。
アタシも例外じゃない。かつては国の宝とまで言われたアタシは、上部がバラバラに壊れ、いつの間にか冷たい土の中にひっそりと潜むだけの存在になり果ててしまった。
もちろん、人間たちはアタシのことなんてもう覚えていないだろう。アタシは皆から忘れ去られた。時代の移り変わりによって、必要とされなくなってしまったのだ。
それから長い時が流れた。何十年、何百年、そして、千年――。
****
「おい、何か出てきたぞ!」
長い眠りに落ちていたアタシは、興奮した声によって突然目覚めさせられた。
「随分深く掘ったなあ」
「これ、埴輪か?」
アタシの周りに、人間たちがわらわらと集まってきた。人の顔を見るなんて久しぶりだわ。それにしても皆、何をざわめいているの?
わけが分からないままに、アタシの組み立て作業が始まった。バラバラになっていた部分がやがて一つの形を作り、アタシは在りし日の姿を取り戻す。
アタシの完成が近づく度に、人間たちの興奮は増していくようだった。
そして、ついにその全貌が明らかになったと思ったら、人間たちは「こんなの、全国で初めての例じゃないか?」「状態もかなりいいぞ」と囁き合うようになる。
けれど、アタシはそんなことよりも世の中の変化のほうが気になっていた。
道には目にも留まらぬ速さで走る生き物がうじゃうじゃいるし、人間たちは変な箱を使って遠くの土地の様子をその場で知ることができるようになっている。
アタシが眠っていたのは大体千六百年くらいらしいけど、その間に世界はがらりと姿を変えていたのだ。
そうして気づけば、アタシは透明な箱に入れられて、大きな部屋の中央に飾られていた。といっても、ひとりでポツンと放置されたわけじゃないけど。
『アネゴ~、またご一緒できて嬉しいです!』
『この部屋の主役はあなたですね。やっぱりアネゴはすごいです!』
アタシの周りには、かつて一緒に墳墓を守っていた埴輪たちが飾られている。
目覚めてからしばらくたっていたから、アタシも世の中のことが少しは分かるようになっており、ここが博物館と呼ばれる施設だと理解できるようになっていた。
けれど、理解できたらできたで、『人間はどうしてこんなところにアタシを飾ったの?』と思わずにはいられない。
だって、アタシは時代に取り残された過去の遺物なのよ?
今の時代は新幹線やらジェット機やらが当たり前に存在しているのだ。アタシみたいな老朽艦に魂を隠り世まで運んでもらおうとする物好きなんて、いるわけがない。
そもそも、運びたくても運べないのだ。だって、アタシは透明な箱に……展示ケースの中に入れられているんだもの。だから、もう空を飛ぶことはできなかった。
おまけに、朱色でかわいかった塗装もすっかり剥げて、下地の面白くもない薄い黄土色が丸見えになっている。
最悪なのは、人間たちがそんなアタシを四方八方からジロジロと眺め回すことだった。ノーメイクの乙女をガン見するなんて、現代人ってマナーがなってないのね!
「デカいなあ、この埴輪」
「一.四メートルもあるらしいで」
地元民らしい客が、アタシの展示ケースの前に設置された椅子に座りながらひそひそと囁き合っている。
まったく、何を驚いているの? 現代の技術を駆使すれば、こんな船、簡単に作れるのに。別に珍しい材料が必要なわけでもない。アタシなんてしょせん、粘土の塊なんだから。
「『立派な飾りがついた巨大な船の埴輪を作りたまえ』って言われた時、職人さん、どんな気持ちやったやろな?」
「『そんなん絶対できやんやん! そんな埴輪が存在すんのは、絵の中だけやで!』って思ったで、きっと!」
客たちはクスクスと笑っている。アタシの特徴を紹介している音声案内は、ほとんど聞いていないようだった。
やれやれと思いながらも、アタシは複雑な気持ちになる。
船形埴輪の出土例はいくつもある。けれどこの人間たちの言うように、アタシみたいな豪華な飾りのついた船の埴輪は、ほかに見つかっていなかった。
それこそ、円筒埴輪に描かれた絵や、文献の中だけにしか残っていないのだ。
でもアタシは、かつては素晴らしい装飾のついた船形埴輪がたくさんいたことを知っている。隠り世への旅の夜、実際にこの目で見たのだから間違いない。
彼女たちは一体どこに行ってしまったんだろう? かつてのアタシのように、まだ土の中で眠っているだけなのだろうか。それとも……皆戦いで散ってしまった?
もしそうなら、アタシはとんだ死に損ないだ。過去の遺物のくせに、こうして今も生き恥をさらしているなんて。
どうしてアタシは掘り返されてしまったのだろう。あのままそっとしておいてくれたらよかったのに。
アタシはもう、誰の役にも立てない。人の魂を隠り世まで送り届けるのがアタシの役目だったのに、現代ではそんな役職には何の価値もないのだ。
パシャ。
ふと、乾いた音が響いてきた。先ほどの客が、アタシの写真を撮っている。
時の流れというのは本当に早くて、アタシがここに収蔵された時期を基準にしても、人間たちが使う道具は随分と進化していた。
携帯電話だって昔は二つ折りが主流だったのに、今ではほとんどの人が一枚の板みたいなものを持ち歩くようになっている。スマホ、っていうんでしょう?
「ええ写真が撮れたわ」
客は満足そうに言った。友人が、「あんた、こういうの好きやなあ」と笑う。
「だってさあ、何かロマン感じん?」
「無茶振りされた職人さんが、一生懸命作ったんやもんなあ」
おかしそうに笑い合いながら、客たちは展示ケースから遠ざかっていく。
一方のアタシは、思ってもみなかったことを言われ、ポカンとしていた。
――何かロマン感じん?
ロマン? こんなボロ船に?
あの人は一体何が言いたかったんだろう。おかしな人間もいたものね!
そうやって受け流そうとしたものの、あの人間の言葉はアタシの頭の奥深くに刻み込まれてしまったらしい。
いつの間にか、アタシは博物館に来る人間の観察をするようになっていた。
ほとんどの客は、「へえ、こんなのあるんだ」といった顔で、次々に展示物を眺めていく。そして、あっという間に部屋を出ていった。
この展示室は小さいから、すべての所蔵品を見ても所用する時間はせいぜい十分というところだろう。いや、もっと短いかもしれない。
でも、中には熱心な人もいた。
展示物の説明書きを熟読する人、鑑賞中に気づいたことをノートに鉛筆でメモする人、単眼鏡で細部まで見ようとする人……。
そういう人たちは、アタシみたいな古ぼけた品々を眺めるのがよほど楽しいらしい。
もしかして……感じてくれているのかしら。ロマンとやらを。
『そりゃあアネゴ、俺たちは人間の想像力を掻き立てるには充分な存在でしょうよ』
ある日、閉館時間を迎えて館内から人間がいなくなったあと、アタシは思い切って一緒に飾られている仲間たちに思っていることを話してみた。
『なにせ、俺たちは千年以上の時を超えてきたんですよ。そんな大昔がどんな時代だったかなんて、俺たちみたいなとっかかりがないと、まともに考察もできませんって』
考察か。そういえば以前に来た客が、職人の苦労を妄想して笑っていたっけ。実際にはあんなことはなかったんだけど、あの人はアタシを見て、そういう物語を想像したんだろう。
……そうか、物語だ。
ふと、アタシは心が軽くなったような気がした。
アタシの言葉を人間たちは理解できない。けれど、アタシの姿を見れば、その背景に何があったのかを自然と想像したくなってしまうんだ。なにせ、アタシは並ぶものがないくらい貴重な船形埴輪なんだから。
――まさに我が国の宝だな。
もうアタシしかいないのだ。美しく飾り立てられた船形埴輪がどんな存在なのかを語ることができるのは。これが現代におけるアタシの新しい役割といえなくて、何になろう。
次の日から、アタシは卑屈になるのをやめた。展示室の中央で、まるで女王のように堂々と飾られるようになったのだ。
「これ、運ぶ時大変やったやろなあ」
「なあなあ、こんなん、どないして作ったと思う?」
「ろくろとか使こたんちゃうの?」
人間たちは、今日もアタシにまつわる物語を想像する。彼らはきちんと分かっているみたいだ。何か謂われがあるからこそ、アタシはここにこうして存在しているんだ、って。
さあ、今日も伝えていこう。
声なき声に耳を傾けようとする者に、宝が語る物語を。
千六百年を超えてきた、アタシの長い旅の記録を――。
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二○二四年、八月二十七日。
松阪市文化財センター所蔵の三重県宝塚一号墳出土埴輪、二百七十八点、国宝指定。
うち一点は、他に類を見ない壮麗な立ち飾りのついた船形埴輪である。




