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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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峠のラブホテル

掲載日:2026/06/26




「ふぅ……。」



 ICのゲートを抜け、高速道路を下りる。

 国道へ入る最初の交差点で、信号は赤だった。


 千葉からの長距離ドライブの緊張が解け、ようやく息を吐く。


 GWは仕事で潰れ、帰省は連休明けになった。

 そのぶん、道は空いていた。


 信号が青に変わり、左折する。

 ハンドルを戻しながら、煙草に火を点ける。


 実家に直行するなら、二つ先のICで下りたほうが早い。


 だが、帰省のたびに立ち寄る蕎麦屋がある。


 今年も暑くなってきた。

 ざる蕎麦が楽しみだ。


 煙草を一本吸ったところで、トンネルを抜けた。

 この先は長い下り坂が続く。


 やがて、左手に廃墟が見えてくる。


 ここを通るたび、思い出す。

 二十年前、まだ何者でもなかった、大学二年の、暑い夏の夜を。




 ******




「おおっ……。マジやべぇ……。」

「やっぱり、帰ろうよー」

「大丈夫だってぇ~。平気、平気」



 田舎の夜だけに、もっと静かだと思っていた。

 だが、ときおり車が国道を通り過ぎていく。


 二車線の道の両脇は、深い森。

 トラックが通るたび、腹に響く音に、思わず身が竦む。



「窓に人影がって、噂だけど……。全部、割れてるな」

「おしっこしたい。私、戻る」

「一人でか? まあ、あそこは電気があるけどよ」



 駐車場として使われているチェーン脱着所に車を止め、そこから少し歩く。

 二本の懐中電灯に照らされ、汚れきった白い二階建てが、闇の中から浮かび上がった。


 夏休みの帰省。

 暇を持て余した地元の連中が集まった。

 中学校のグラウンドで花火をして、流れで飲み会になった。



「誰か一緒についてきてよぉー……。」

「そこでしたら?」

「死ね!」



 午後九時が過ぎ、半数は帰った。


 残ったのは、なんとなく帰りたくない六人。

 そのうち二人は女だった。


 酒は飲み尽くし、買い出しの必要があった。

 田舎なので、近くのコンビニでも車を出すしかない。



「ここから入れそうだな」

「一階は駐車場か……。」

「……ってことは、全部で十部屋もないんじゃないか?」



 そこで、俺は『肝試しに行こうぜ』と提案した。

 前から、気になっていた場所があった。


 県境の橋を越えた先。

 峠の森の中にある、ラブホテルの廃墟。


 父の話では、昭和のバブル期に建てられたらしい。

 俺が子どもの頃には、もう営業はやめていた。


 その時点で、すでに廃墟だった。



「なんだ、この細い通路?」

「あれじゃないか? 従業員通路」

「ああ、ラブホだからか」



 民家から離れた、森の中。

 そんな場所だからか、暴走族のたまり場になっていた。


 いろいろと、事件があったらしい。

 ラブホテルという場所柄、そういう話だ。



「どういうこと?」

「客と顔を合わせないようにしているんだよ」

「ふーん……。詳しいんだね?」



 詳細は分からない。

 隣県のことだから、すぐ近くにありながら、噂だけが耳に入ってきた。


 いつしか、こんな噂が加わった。

 凄惨な目に遭い、自ら命を絶った女の幽霊が出るという。


 現場に来てみて、実感した。

 昼間に見る姿とは、別物だ。



「荒れてるなー……。」

「あれ、回転ベッドってやつだろ?」

「昭和の臭いがする」



 最初の部屋に入ると、噂通りだった。


 テーブルの上には、いくつものビール缶。

 それを灰皿代わりにして、吸い殻が山のように押し込まれている。

 かつて、暴走族たちがここで寛いでいたのだろうか。


 俺の持つ懐中電灯とは別に、もうひとつの光が壁を照らしていた。



「来た、これ!」

「キャっ!?」

「やだ、もーっ!?」



 そこにあったのは、ヘタウマな裸婦の絵。

 これも、噂通りだ。


 その隣には、哲学的なポエムが書かれている。

 一説では、この廃墟で凄惨な目に遭った女たちを供養するため、高僧が残したものだとも言われている。


 しかし、今重要なのは、そこじゃない。


 俺の右腕に感じる柔らかさ。

 高校で別々の学校に進んでも、片思いを抱き続けていた相手が、俺の腕にしがみついていた。


 肝試しを提案してよかった。

 正直に言えば、このシチュエーションを、少しだけ期待していた。



「二手に分かれようぜ?

 全員で回っていたら、時間かかるしな」

「それもそうだな」

「じゃあ、俺たちは右側の部屋を見てくよ」



 だが、失敗した。

 こんなことになるなら、懐中電灯を三つ用意するべきだった。


 三つあれば、彼女と二人っきりになれたのに。



「は、離さないでよ?」

「いや、くっついてるのはお前だって」

「あれ? 俺、おじゃま虫?」



 廊下に出て、隣の部屋に入る。

 やはり荒れていた。


 壁を照らして探してみれば、裸婦の絵があった。

 この部屋の絵には、二人の男も描かれており、生々しい。



「おい、これ見ろよ」

「どうした?」

「えー……。これってさ」

「……だろうな」



 ガラス張りになっていたであろう隣のバスルームに、衣類が散乱していた。


 ただし、女性ものばかりだ。

 バスタブの中には、まるでトロフィーのように下着が山になっている。


 こんなものを見せつけられると、噂に信憑性を感じてしまう。


 しがみつく彼女の力が少し強くなった。

 次の部屋へ向かおうと廊下に出た、その時だった。



「ちっ……。」



 舌打ちが聞こえた。

 思わず振り返る。



「どうした?」

「……いや」



 懐中電灯に照らされて、もう一人の男が不思議そうな顔をしていた。

 気のせいかと思い、振り向き直した。



「えっ!?」



 廊下の奥に女が立っていた。


 薄汚れた全裸の身体には、いくつもの痣。

 深く俯き、長い髪が顔を覆っている。



「……おめでとう」



 しがみつく彼女の密着度が増した。

 右足に、生暖かいものが伝い落ちていく。


 その声とは別に、女の声が確かに聞こえた。



「どうしたんだよ?」



 出入り口を塞がれ、もう一人が強引に割って入ってきた。

 その拍子に懐中電灯を落とし、慌てて拾う。


 改めて廊下の奥を照らすが、そこには誰もいない。



「嫌ああああああああああっ!?」



 彼女が絶叫し、逃げ出した。



「ど、どうしたんだよっ!?」

「な、なんだ、なんだっ!?」

「か、帰るぞ!」



 俺も慌てて逃げ出す。

 戸惑う仲間たちなど、構っていられる余裕はなかった




 ******




「いらっしゃませー」



 蕎麦屋の暖簾をくぐる。


 昼時を過ぎ、客は老人が一人だけだった。

 真っ昼間から、優雅にビールを飲んでいる。



「ざる二枚」

「はい、ざる二枚」



 席に座る前に注文する。

 少し遅れて運ばれてきたお冷に口をつけながら思う。



 あの時、耳にした舌打ちと、『おめでとう』の言葉。

 今となっては、それが恨みだったのか祝福だったのかも分からない。


 ただ、言えるのは、彼女はあの時、妊娠していたということだ。

 相手は、二手に分かれたときに行動を共にしていた、もう一人の男だった。


 当時、二人はちょうど喧嘩の真っ最中だったらしい。

 つまり、おじゃま虫だったのは俺のほうだ。


 二人は半年後に結婚した。



『GWは雨でしたが、今日は全国各地で真夏日を記録しています』



 蕎麦を待つ手持ち無沙汰に、店内のテレビをぼんやりと眺めていた。

 明日も、暑そうだ。




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