告白は劇的に行うべし!
午後の麗らかな陽気の中で、今日も誰かが叫んでいる。
「エヴァンズ!!!! 君との婚約は破棄させて貰う!!!!」
「そんな……!! ジャスティン様、どうかお考え直しを……!!」
「えぇいっ!! 気安く名前を呼ぶな!!」
ジャスティンと呼ばれた男は蔑むような顔をした後、泣き崩れる女子生徒には目もくれず、さっさと立ち去った。
後にはさめざめと泣く女子生徒ーーなんてものは存在しなかった。
エヴァンズ子爵令嬢は涙を拭うと、ジャスティンが消えた方を睨み付けた。そのまま「けっ!」と言わんばかりの表情をする。
「こっちだって、他の女を追いかけ回す男なんて願い下げよ!! 見てなさい。あなたよりも素敵でお金持っててわたしに激甘な男を捕まえるから!!」
そう叫ぶと、靴音も高らかにその場を去っていった。
その背中は闘志に満ち溢れており、悲壮感なんてものは少しもない。
エリスはその背中をひっそりと見送りながら、感嘆のため息をついた。
「すごいわ。立ち直りも早いし、求める条件がとっても自己中心的」
「え、そこに感心するの?」
思いがけない言葉が己の婚約者から聞こえてきて、シルヴィオは顔をひきつらせた。
暖かな陽気の中、お昼を食べていた二人の前で始まった婚約破棄騒動に、二人はただただその場で見ていることしか出来なかった。
婚約破棄を叫んだジャスティンは、近頃とある女子生徒にご執心だと噂があった。婚約者が可哀相だ、なんて声もあったのだが……。
「なかなかどうして、逞しそうな女性でしたわね」
「うん。まぁ、政略結婚みたいだったしね。元々、仲もそんなに良くなかったんだろう」
ジャスティンが追いかけている女子生徒は背が低く、フワフワした雰囲気の可愛らしい女性だ。
対してエヴァンズ子爵令嬢は、女性にしては身長が高く、キツめの顔立ちをしている。
ーーたぶん、好みのタイプじゃなかったんだろうなぁ。
シルヴィオはため息をつきながら、手に持っていたサンドウィッチを頬張った。
エリスもカフェで買った甘いスムージーをズゴォォォオと吸いながら、困った顔をする。
「派手な婚約破棄がすっかり定着しましたね。いつもどこかで誰かが叫んでますもの」
「確かに。公爵令息が始めたのが最初だったか」
「そうですね。大広間でたくさんの人に見守られて高らかに神々しく宣言なさってましたわね」
3ヶ月前の校内パーティーの時、2学年上に在籍している公爵令息が、全校生徒の前で婚約破棄を宣言したのだ。
この騒動は大きな醜聞となって校内のみならず、社交界に広がってしまった。
そして婚約破棄は成立した。破棄の理由やどんなやり取りがあったのかは分からなかったが、もはや醜聞をなかったことにできず、公爵令息の決意は固かったからだ。
それ以来、校内ではあちこちで婚約破棄が行われるようになる。
大勢の前で宣言し注目を集めれば、ごり押しが出来ると誰もが思うようになったのだ。
「婚約破棄はこっそりひっそりと地味にジメジメと行うものですよね」
「ジメジメとは行わないと思うぞ……」
「シルヴィオ様も婚約破棄するときは、派手に豪華に行わないと見劣りしてしまいますよ?」
「する予定ないよ!?」
「まぁ……」
「え、なんで悲しそうなの? 婚約破棄って君との婚約だよね? あれ? 婚約してなかったっけ?」
なぜか残念そうに悲しそうにシルヴィオを見るエリスに、彼はどっと疲れたような顔をした。
エリスはサンドウィッチを頬張りながら、今までの婚約破棄を思い出す。
「そういえば婚約破棄が派手に行われるようになったのは、リンシャール男爵令嬢が転入してきてからですね」
「さっきのエヴァンズ子爵令嬢の婚約者……いや、元婚約者か。彼がご執心の相手だな」
「追いかけ回していますよね。犬みたいで可愛いと思っていますの」
「……可愛くはないな……?」
「どなたもリンシャール男爵令嬢に夢中なんですよねぇ。婚約者に婚約破棄を申し出て、皆さま彼女を追いかけていますもの。……あら? 意外と婚約者に対して誠実な対応なのかしら?」
「いや、破棄する時点で誠実ではないだろう……」
婚約者が居ながら他の女性を追いかけまわすと、周りから白い目で見られるのは必至だ。そうならないように、多くの人間がひっそりこっそり人目を忍んで逢引きをしている。
しかし話題のリンシャール男爵令嬢は、多くの男性を魅了している話題の人物だ。彼女の心を射止めるためには、こそこそと追いかけまわしているだけでは、他の人間に後れを取るだろう。
そんな風に考えた多くの恋する男たちが婚約者に婚約破棄を告げ、堂々と愛する女を追いかけまわしているのだ。
「皆様、リンシャール男爵令嬢とお話をすると、すっかり舞い上がってしまうって話していましたわ。ふわふわした気持ちになって、彼女を見ると動機と息切れがすごいらしいんです」
「ふぅん?」
「その話を聞いて、私、思ったんですわ」
エリスが真剣な顔をして身を乗り出してくる。急に顔を近づけてくるので、シルヴィオは驚いてのけ反った。
ーー危なかった……! キスするかと思った……!
危うくムードもへったくれもないところで、婚約者とのファーストキスを迎えそうになったシルヴィオは、ホッと胸を撫でおろす。
そんなシルヴィオの気持ちに気づかないエリスは「真剣に聞いてください!」とシルヴィオの膝をポカポカと叩いた。
「はいはい。何を思ったんだって?」
「動機息切れ……それは私のおじい様と同じ症状ですわ!!」
「……ほう?」
「おじい様は最近、心臓の調子が良くないのです。皆様ももしかしたら、持病を抱えていらっしゃるのかもしれませんわ」
「わざとなのかな? これは……」
素っ頓狂なことを言い始めたエリスの顔をシルヴィオはじーーーーっと見つめる。
エリスもシルヴィオの顔をじーーーーーーーーーっと見つめ返した。
シルヴィオを覗き込むエリスの瞳は、無垢な赤子のように澄んでいた。
「シルヴィオ様はどう思います?」
「それはそうと、エドガルドさまは体調が良くないのか? 今度の長期休暇でお見舞いに行けるかな?」
「まぁ、本当ですか! おじい様も喜びますわ! シルヴィオさまがいらっしゃったら、きっと張り切って釣りや狩りの準備を初めてしまいそうですわね!……あら? なんの話をしていたのかしら?」
「エドガルド様の体調の話だよ」
そうだったかしら……と悩むエリスに、先ほどの話題を蒸し返すことはしない。決して相手をするのが面倒だからではない。決して。
二人は残り少なくなったサンドウィッチを仲良く分け合っていると、遠くの方が騒がしくなった。
首を伸ばして様子をうかがうと、話題のリンシャール男爵令嬢がたくさんの取り巻きを引き連れて歩いているところだった。
「噂をすれば、リンシャール男爵令嬢ですわ」
「そうみたいだね」
「先ほどのジャスティンとやらも居ますわ! 素晴らしい行動力です!」
「感心するところなのかなぁ……」
呆れるとこだと思うけど、というシルヴィオの呟きは黙殺される。
考えの読めないリンシャール男爵令嬢と、浮かれきった顔をしている男たちを見て、エリスとはあることを思い出した。
「そういえば……」
「うん? どうした? ツナサンド食べたかったのか? 悪い。最後の一個を食べてしまった」
「いえ、ツナサンドではなく……え? ツナサンド? そんな……食べたかったのに……」
「ごめん。代わりにハムトマトをあげる」
「仕方ないですわね」
エリスは差し出されたハムトマトサンドを頬張り、その美味しさに頬を緩ませてーー違う! そうじゃなくて! と考えていたことがあったことを思い出した。
慌てて口の中のサンドウィッチを飲み込んで、シルヴィオを見る。
「シルヴィオ様、つかぬことお伺いしますが」
「なんでしょう?」
「リンシャール男爵令嬢と同じ委員会ではありませんでしか?」
「あぁ……そう言えば同じ園芸委員会だな」
「接点があったりしますの?」
シルヴィオは園芸委員会での様子を思い返す。
リンシャール男爵令嬢とは同じ学年なので、委員会での席も近く、当たり障りのない会話をしていたような気がした。
「あると言えばあるし……ないと言えばない……」
はっきりした回答を得られなかったエリスは不満そうに頬を膨らませた。それを見て、シルヴィオが内心で沸き立つ。
ーーこれはもしや、やきもちとか!?
不謹慎にもワクワクしながら、シルヴィオはエリスの顔を見つめた。
「なんでそんなことを気にするの? まさかやきもち……」
「違いますわ」
「否定が早いよ……」
「リンシャール男爵令嬢がこちらに近づいてきていますの」
「ちょっとくらい、やきもちとか焦ったりとかあってもーーなんだって?」
エリスの見つめる先には、なぜか嬉しそうにニコニコ微笑んだリンシャール男爵令嬢が、こちらに向かって歩いてきていた。
彼女の見つめる先にはシルヴィオが居る。これはどこからどう見ても、シルヴィオに用事があると思って、まず間違いがないだろう。
「もしかして、この女狐め!! と叫ぶチャンス……?」
「そんなチャンスはありません」
「――シルヴィオさま、御機嫌よう」
エリスが一人、妄想に耽っていると明るく朗らかな声が聞こえてきた。
声の主は言わずもがな、リンシャール男爵令嬢である。
彼女は一緒にお昼を食べているエリスには目もくれず、シルヴィオにのみ挨拶をした。今も、その目にはエリスは映っていないのだろう。まったく視線が合わない。
「色々と思うところはありますが……下の名前呼びが解せぬ」
エリスは手の持ったハムトマトサンドをモグモグ食べながら、微笑むリンシャール男爵令嬢を観察した。
そもそも、下の階級の人間が上の階級の人間に話しかけることはタブーである。もちろんここは平等を謳った学園なので、ある程度は目をつぶることもあるだろう。
しかし食事中に、しかも誰かと一緒に食事している場面で、呼び止められてもいないのに、話しかけるのはマナー違反だ。
こういう時はそっと目礼してさっさと立ち去るのが礼儀である。
「なんでしょう。言外に喧嘩を売られている気がします……むっ。手で抑えなくても飛び掛かったりしません」
「どうだろう。するような気がする」
剣呑な目つきになったエリスを心配したシルヴィオが、さりげなくエリスの手を握り、動けないようにする。
コソコソと目で語り合う二人を見て、リンシャール男爵令嬢はようやくエリスを見た。そして悲しそうな顔をする。
「ごめんなさい。婚約者の方とお食事中だったんですね」
「まさかの気が付かなったアピール」
「せっかくのお食事にお邪魔して、さぞ気分を悪くされたでしょうね」
「そう言いつつも、向かい側の椅子に座るのはなぜなのか」
「あぁ……! そんなに睨むなんて、私のことが気に入らないんですね……!」
「流れるような悪い方への印象操作!」
エリスとリンシャール男爵令嬢はそれぞれが好き勝手に喋っていた。よよよ、と泣き崩れるリンシャール男爵令嬢を見て、エリスも驚愕! という表情をする。
まったく噛み合わない会話を聞いていたシルヴィオは、疲れた顔をしながらもリンシャール男爵令嬢の方へと向き直った。
「それで、君は僕に何の用があるのかな?」
さっさと用事を済ませて彼女を追い払おう、という意識が駄々洩れているシルヴィオは、爽やかな笑顔をリンシャール男爵令嬢に向ける。
輝く笑顔を向けられたリンシャール男爵令嬢は、頬と紅潮させながら恥ずかしそうに俯いた。
「シルヴィオさまがいらっしゃったから、少しご相談がありまして……」
「相談?」
「そうなんですの。この間の園芸委員会の時に一緒に花の植え替えをしましたでしょう? どうもその後から嫌がらせをされるようになりまして」
「ほう……嫌がらせ、ね」
リンシャール男爵令嬢が悲しいですわ、という表情で目を伏せる。嫌がらせという言葉を聞いた、女の背後の取り巻きたちは、急に鼻息が荒くなった。
一方、話の流れが掴めないシルヴィオとエリスは、困惑顔でリンシャール男爵令嬢のことを見ていた。
「えっと、嫌がらせは困ったね。具体的にはどんなことを?」
「教科書を破られたり、靴を隠されたり、ノートに落書きをされたりですわ」
その言葉を聞いて、エリスの顔が小さく歪む。
「やることがみみっちい」
「こらっ!」
ぼそっと不穏なことを呟くエリスを、シルヴィオが小声で叱る。
泣き真似をするリンシャール男爵令嬢を見て、エリスは内心、鼻で笑った。嫌がらせするにしても、子どもの悪戯のような嫌がらせだった。
貴族の本気の嫌がらせを、彼女はまだ知らないようだ。本気で嫌がらせをしようと思ったら、こんなものでは済まされないのである。
「私が本気を出せば、あなたの住むお屋敷なんて一瞬で私のものよ。趣味が合わなそうだから、絶対にそんなことをしないけど」
「こらこらこら。物騒なことを言わない」
シルヴィオはぶつぶつと呟くエリスを、宥めるように手を握る。エリスは繋がれた手を見て、小さくため息をついて口を挟むことを止めた。
リンシャール令嬢は目に涙を浮かべながらも、エリスをちらっと見る。それから身体をシルヴィオの方に寄せると、訴えるように上目遣いで彼を見上げた。
「きっと、シルヴィオ様との仲を恨んだ方の仕業と思ってますの……」
「僕との仲……?」
「園芸委員会で仲良くしてるところを見て、シルヴィオ様に近づくな! っていう警告の意味を込めてるんだと思いますわ」
「仲良く……?」
リンシャール令嬢はつまらなそうにスムージーをすするエリスをチラチラ見て、シルヴィオに訴えかける。一方のシルヴィオは身に覚えのない仲良しエピソードに首を傾げていた。
「えっと……僕とリンシャールさんはそこまで仲良くないから、たぶん嫌がらせの原因はそれじゃないと思うよ」
「え?」
「委員会でもそんなに話してないし……。ほら、君は他にも色々とあるから……。嫌がらせが始まった時期は偶然なんじゃないかな」
しどろもどろに否定するシルヴィオ。何を言われたのか分からなかったのか、ポカンとするリンシャール令嬢。
そんな二人を見て、エリスは思わず吹き出した。
「シルヴィオ、丁寧に伝えてますけど失礼なことを言ってますわよ」
「え? 本当?」
「あなたは色々と男性関係で問題を起こしてるから、そっちが原因じゃないか? ってはっきり言ってますわ」
「言ってなかったよね!? 遠回しに表現してたよね!? エリスがズバリ言っちゃったよね!!」
やれやれといった雰囲気で話すエリスにシルヴィオが思わず慌てる。
後で何を言われるか分からないから、彼女自身に気がついて欲しくて迂遠な言い方をしたのに台無しである。
シルヴィオがエリスに詰め寄ってる様子を見ていたリンシャール令嬢は、ようやく何を言われたのか分かったのか、膝の上で拳を握り締め、プルプル震え始めた。
「…………ひどい」
「え?」
「ひどいです! 嫌がらせされたんですよ! 自分は関係ないって言って、逃げるんですか!」
さめざめと泣きながら怒るリンシャール令嬢に二人は困った顔をする。
エリスの顔にはありありと「関係ないのですが」と書いてあったが、口を開く前にシルヴィオが素早くたまごサンドを口に突っ込んだ。
謂れのない話を持ちかけられて、流石にシルヴィオも苛立ったが、努めて冷静にリンシャール令嬢に向き直る。
「嫌がらせの件については力になれそうにないよ。先生方には相談した? 公的機関を頼るのもーー」
「エリスさんがやったのかもしれません」
諭すように語りかけるシルヴィオの声をリンシャール令嬢が遮った。
婚約者をなじるような言葉を聞いて、シルヴィオの顔から表情が抜け落ちる。
一方、責められたエリスは戦闘心が高まり、この戦いに参加するために急いでたまごサンドを飲み込もうと口を大きく動かしていた。
「……どういうこと?」
「私とシルヴィオさんが仲良くしてるところを見たエリスさんが嫌がらせをしたんです!」
「それを見たの?」
「見てませんけど、きっとそうに決まって……」
「黙れ」
鋭い言葉がシルヴィオの口から飛び出した。リンシャール令嬢は驚いて固まり、たまごサンドを飲み込もうとしていたエリスも目を見張る。
シルヴィオは冷たい表情でリンシャール令嬢を見据えた。
「エリスのことを謂れのない罪で貶めるなら、こちらも正式に苦情を申し立てる」
「貶めるって……」
「エリスが嫌がらせをしたという証拠はないのに、まるで犯人のように言っている。これは十分にエリスの名誉を傷つけている。見過ごすことはできない」
先程までとは打って変わって冷徹な目になるシルヴィオ。高位貴族として培われた威厳に満ちた姿に、リンシャール令嬢は何も言えなくなる。
固まる彼女を尻目に、シルヴィオは冷酷に告げた。
「君の家に僕とエリスの家連名で抗議を送らせていただく」
「そんな……!」
「それほどのことをしている、と自覚した方がいい」
リンシャール令嬢はこんなことになるとは思ってなかったのだろう。真っ青な顔になった。
助けを求めるように後方に控える取り巻き達を見るが、誰とも目が合わない。それどころが遠巻きに生徒たちがこちらに注目していることに気がついて、慌ててその場から立ち上がった。
シルヴィオとエリスを一瞥し、口を小さく開く。しかし何も言うことができず、彼女はそこから小走りに立ち去った。それを取り巻き達が追いかける。
「ーー何も言うことができませんでしたわ」
シルヴィオの耳に恨めしそうなエリスの声が届く。振り返ればジト目でこちらを見るエリスがいた。
「婚約者が侮辱されてるんだから、あれくらいでいいんだよ」
「この女狐!っていうところを見計らってましたのに」
「言う隙がなくて良かったよ」
ぶつぶつと不満を言うエリスに、シルヴィオは呆れたような困ったような顔で微笑んだ。
話題の人間が近づいてきた時には何に巻き込まれたのか、と焦ったが相手が浅はかで良かった。今後、リンシャール令嬢はシルヴィオにもエリスにも近づかないだろう。
「今回は本人が出てきたのに地味でしたね。これでは話題になりませんわ」
「派手にする必要はないし、話題にならなくていいよ……」
「でもきっぱりとあの方を拒絶してくださって嬉しかったです」
囁くように言ったエリスの言葉がシルヴィオの鼓膜を震わせる。
「これからもリンシャール令嬢だけじゃなくて、他の方ともあまり仲良くしないでくださいね」
驚いてエリスの方を見れば、少しだけ頬を赤らめた彼女が早口にそう告げた。
今までヤキモチのようなことを言われたり、されたりしたことのなかったシルヴィオは、驚きのあまり固まってしまう。
シルヴィオから何も返事がなかったことで、ますます恥ずかしくなったエリスは、早々に昼食を片付けると椅子から立ち上がった。
「私、次の授業の準備を手伝うように言われたので先に戻りますわね!」
「え?」
「シルヴィオも早く食べないとお昼休みが終わっちゃいますわ!」
急かすように言われて、シルヴィオも我に返る。周りを見渡せばほとんどの生徒が食事を終え、片付けを始めていた。
残りのサンドイッチを食べてしまおうとランチボックスに手を伸ばした時、何かがシルヴィオの頬に当たった。
横を見れば近くにエリスの顔。
ーーえ、キスされた?
状況が飲み込めないシルヴィオは頬を押さえてエリスをぼんやり見上げる。
そんなシルヴィオに向かってエリスは微笑んで手を振った。
「週末、おじい様のところに行くってこと、忘れないでくださいね! 一緒にお出かけできるの、楽しみですわ!」
そう言って足早に走り去っていく。
今まで、エリスはシルヴィオに頬にキスどころか、エスコート以外で手を繋いだこともなかった。
ただ、リンシャール令嬢が思いがけず親しげにシルヴィオに声をかけ、ベタベタしていたのを見て、とても面白くなく感じていた。
ーー私たちはいずれ家族になるんだから、親愛の表現をしても良いのでは?
そう思ったエリスは家族にするように親愛のキスを頬に贈る。
実際にやってみたら、なんだか思ったより恥ずかしかったので、シルヴィオの様子を見ないまま、エリスは早々にその場から逃げ出した。
後には想像もしていなかったキスを贈られたシルヴィオだけが残される。
「………………え?」
彼は現実を受け止めきれず、キスされた頬を押さえたまま、固まっていた。
授業が始まっても姿が見えないので、心配したクラスメイトが探しに来るまでずっと。
エリスはこのやりとりも地味で誰にも注目されないと思っていたが、実は近くに居合わせた人は興味津々で事の成り行きを見ていたのだ。
勿論エリスが親愛のキスを贈り、シルヴィオが顔を真っ赤にして固まっているところも。
この初々しいやり取りは密かに、だけどしっかりと学校中に広まる。
二人は二人の知らない所で、誰もが羨むおしどりカップルとして有名になるのだった。
ーENDー
ここまで読んでくださってありがとうございます。
これはだいぶ前に書きかけで置いてあった話を、リハビリがてら書き上げたものになります。
読みにくかったら申し訳ないです……。
またどこかでお会いできる日まで。
藤咲 慈雨




