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Dark in love  作者: あおあん


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第9話 12月8日 月曜日

 良平と顔を合わせたくなくて、早い時間に家を出る。この時間帯の通勤電車は思ってた以上に混んでいて、蒸し返る車両で具合が悪くなりそうだった。


「ふぅ」


 駅に着くなりマフラーを外し、アイスコーヒーを買いにコンビニによる。


「あ……」

「……あ」


 良平が買い物を済ませて出てくるところだった。


「おはよ」

「おはよう。今日、早くない?」

「まあ、ちょっと。んじゃ、俺、先行くから」

「ん」


 つい、クリスマスパッケージのチョコレートも買ってしまったが、これくらいなら『ひとつどう?』って言ってもいいよね。良平との関係をどうすればいいのか考えはまとまってないのだけど、気まずくなりたくない。


 デスクに着くと、良平は電話をしていて、始業時間前からてんやわんやの様子だ。

 PC立ち上げて、アイスコーヒーを飲みながら耳をそばだてて、良平の会話を伺う。


 自然体を心がけるのよ。


 そう自分に言い聞かす。


「はい。では、後ほど」


 良平の会話が終わったかな、と思って、チョコレートのパッケージを手に取ったら良平が「ん」と言って何かを渡してきた。


「え?なに?」


 手をグーにして私の前に突き出す良平に、手の平を広げて受け取る。


「あ……」

「最後のひとつだったから、戻しといてくれる?」

「うん……」


 使ってしまったコンドームの補充か。思わず「ありがとう」と言いそうになって、それは違うかと思い直す。


「なんでああなった?」

「なんでだろうな。ムラムラしたんだろうな」

「だね」

「女もムラムラすることあんの?」

「あるでしょ」

「誰にでも?」

「誰にでもなわけないじゃん」

「でも、彼氏じゃなくてもするんだね」

「ま、そういうことになるよね」

「後悔してる?」

「いや」

「俺も」


 自然と会話は終了し、私はコンドームを受け取って、代わりに赤いラッピングのチョコレートを良平に渡した。


 それからは怒涛の年度末の決算まで残り3週間に迫った営業部から、殺気のようなオーラがオフィス全体に広がっていった。


「デスクワークで息切れするってどういう事?」

「歳のせいじゃない?」

「そう言う、良平だって頭から湯気出てるよ」


 本当だ。頭からモヤモヤと白い湯気が出ている。他の営業部の人達も赤い顔をして、Yシャツの袖を捲り、汗だくになって書類整理をしている。


 そこへ髪の毛をきつく後ろに束ねた経理の山本さんがやって来て「注文の処理でお忙しいとは思いますが、経費の精算も忘れないでくださいね」と眼鏡をくいくいと上げながら言った。


「「「「「はーい」」」」」


 逆らうことは許されない。意見を言うのも止めといた方がいい。これは会社の決まりでどちらが忙しいとか、融通は聞かないのかとかそういった類の問題ではないのだ。


 そもそも小さな会社出身の寄せ集めのような部署において、私達は甘やかされていたというか、多少、期限を守れないときがあっても、『仕方がないわね。営業さんは忙しいから』などと言ってもらえていた生温い会社出身の人種だ。大目に見てもらうことに慣れっこになっていて、自分で言うのもあれだけど、太々しいところがあった。


 この会社に来て、大手というのは良くも悪くも『例外がない』という事を知った。どんなに細かな案件も、大口の案件も、プロセスは等しく同じ。『これくらいいーじゃん』という言葉は通用しない。


 必死で電話とメール、FAXの応対に明け暮れる。満額以上のボーナスをもらわないとやってらんないのだ。ここから先の受注は、ボーナスの査定額の100%を110%、さらには120%に引き上げる為の苦しくも楽しい戦いなのだ。忙殺上等。どうせなら目一杯頑張ろうじゃないの。


「ふぅ」


 定時を過ぎて2時間の残業を終え、ふわふわとする頭を取り戻すため、コーヒーを飲んでいた。正直、疲れすぎた……


『今日も美波ちゃんのお店行かない?』


 祥太からのメッセージは20分前のものだった。


『ごめん、今気づいた。まだ近くにいる?』


 まだ間に合うかなと思いつつ、返信をしながら帰り支度を整える。


『いるよ。そっちまで迎えに行こうか?』

『ううん。お店で待ってて』


 オフィスからLe Nidル・ニまでは徒歩7分くらい。祥太の会社の方が店にはちょっと近い。


「もう終わり?」

「うん。お先にー」


 良平に声を掛けられたので、挨拶をして退社した。




「ごめん。待った?」

「いや。俺も今、着いた」


 という割りには、もう空になりそうなワイングラスを握っている祥太。

 ボトルを隣に置いて、ほんのり赤い顔をしている姿を見て思わず笑う。


「なにが可笑しいんだよー」

「だって……嘘、バレバレ」

「あっ……」


 12月だと言うのに、意外とお店が空いている。


「美波、私、ビールとソーセージちょうだい」

「はぁーい」


 いつも笑顔の美波を見ると安心する。


「空いてるね?」

「クリスマス本番は予約でいっぱいだけど、平日はこんなもんだよ」

「そっか」


 美波は少し離れたところから椅子を持って来て、一緒のテーブルに座った。


「私も休憩しよっと」

「いーねー」


 祥太がワインボトルを美波に掲げると、「ども」と言って美波がグラスを傾けた。

 3人で乾杯。


「ふぅ」


 思わず重たい息が漏れた。


「忙しい?」

「まあね。でも、これ乗り切っちゃえば、年明けからは平穏な日々が戻ってくるし。祥太は?」

「俺は……まあまあ?」

「なにそれ。まあまあじゃ分かんないよ」


 2人で笑っていると、美波が「羨ましい」と言った。


「え?」

「ふたりを見てるといいなって、思う。クリスマスは一緒に過ごすんでしょ?」

「うん。毎年、祥太の家でパーティーしてる」

「へぇ!クリスマスにホームパーティーなんて、めっちゃ憧れる!」


 美波が胸の前で両手を合わせ、お祈りするポーズをした。


「かわいい」


 祥太が言い、「おいっ!」と突っ込みたくなったが、確かに可愛いので笑って許した。


「私も恋人欲しいな」

「美波ちゃん、彼氏いないの?」

「いないよー。もう、ずっと。お店やりたくて必死だったし、今だって、ちっとも出会いなんてないし。誰かいい人いたら紹介して欲しいな、なんて」


 美波はペロッと舌を出して、ワインを飲んだ。


「良平、とか、どう?」


 祥太がとろんとした目で私を見ている。


「良平か……いいかもね……」


 別に一回寝たからって私のものじゃないけれど、なんとなく美波に紹介するのは惜しい気がしてしまった。祥太に怪訝な顔で覗き込まれて、変な間だったかなと慌てる。


「私の同僚、今度、誘ってみるね」

「本当?百花、ありがとう!私、頑張って美味しいの作るから!」

「おっ?新作料理?楽しみだなぁー」

「もう!祥太君の為じゃないんだからね。これ以上お店の味盗んだら、祥太君は出入り禁止にしちゃうんだからね」

「ひでぇ……美波ちゃんのイジワル……」


 お酒が入って、お腹も満たされて、笑顔が溢れていて、外は寒いけど心が温まった年末の一幕となった。もし願い事をするなら『来年もこうして過ごせますように』と祈る。




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