第7話 12月5日 金曜日
「昨日はありがとうね」
「何が?」
「川島君のクレーム対応」
「ああ。あれ、何だったの?」
「さあ。私たちが助け合うと、自分たちもそうしなきゃならないから……みたいな感じだったね」
始業時間の前に、良平ともそもそしゃべっていたら、部長がやって来た。
「轟、如月、ちょっといいか?」
「「はい」」
会話を止めて、椅子に座ったまま部長を見上げる。
「川島から聞いたんだが、お互いの仕事を分業してるって?」
「分業……はい。まあ。俺のPCが壊れたので、こいつに入力してもらって、代わりに俺が電話対応しましたけど……」
「そういうことか。事情は分かったが、基本、営業部の仕事は個人戦だ。誰かのPCが壊れる度に周りがサポートに入れるほど、余裕は無いはずだから、今後はそういうのはしないように」
「お客様に迷惑がかかると分かっていても、部内でのサポートはしないという認識で合っていますか?」
「そうなりそうな時は同僚ではなく、まず上司である私に報告しなさい」
「「……」」
「不満そうだな」
私も良平も不満と言うか、ポカンとしてしまった。
「いいか。会社というのは統制のとれた集団でなければなければならない。人によって、この人はこうとか、あの人はこうとか、思い思いに動かれては困るんだよ」
「「……」」
「特に、こんな買収された会社の寄せ集め営業部なんてもんは、それぞれの会社のレガシーなんてもんを引きずってもらっちゃ迷惑なんだよ。大きな会社の組織の一部としての自覚を持ってくれ」
「……はあ」
「……はい」
ヒートアップしてくる部長の説教をこれ以上聞きたくなくて、「はい」と言うしかなかった。
部長は4つ一塊になっているデスクが8セット並ぶ営業部を見回して、行ってしまった。部長以上の職には個室があてがわれている。
「今日はパソコン動くの?」
「ああ。代替機だから大丈夫」
「私も声出るようになったし、今日は電話に出るね」
「そうだな。なんか変な話とは思うけど、郷に入っては郷に従えだよな」
「賛成」
12月5日金曜の夜8時45分、まだオフィスにいた。
「百花、終わった?」
「かろうじて……正直、もうちょっとって気もするけど、もう限界だわ。帰ろうかな」
「俺も」
デスクを片付け、電源を落としたラップトップを鞄に入れる。
おそらく土日も家で作業せざるを得ない。
「メシ食ってかない?」
「そうしたいけど……疲れてるし、お店も混んでそうだから、家でのんびりしたいかも」
スーパーに寄って、お弁当と缶ビールを買って帰るつもりでいた。
「祥太は?会わないの?」
「今日は連絡ない。忙しいって言ってあったし、祥太も正月のハーフマラソンに向けて走ってるらしいから、向こうは向こうで忙しいんじゃない?」
「へぇ」
「家で一緒に食べる?」
なんで誘ったのか、自分でもよく分からない。ただ、なんとなく会話の流れって言うか、一人で帰っても虚しいかもとか思ったんだろうな。疲れ過ぎてて頭が回ってなかったのかもしれない。
「行く」
クリスマスイルミネーションが煌めく駅前の通りを良平とゆっくり歩く。ショート寸前までヒートアップしていた脳を空気が冷ましてくれる。パンパンに頭の中に詰まっていた、さっきまでの業務がぽろぽろと剝がれ落ちてゆく。ようやく仕事から解放された気がしてくる。
良平も同じだろうと思う。黙って、冷たい空気で息を整えながら、会社から日常に自分を切り替えてゆく。この通勤というインターバルが最悪であり最高なのは、忙しいサラリーマンなら誰しもが感じたことがあるんじゃないかな。
「コンビニ?スーパー?」
「まだ開いてるからスーパーがいい」
閉店間際の最寄りのスーパーに寄る。総菜コーナーは揚げ物弁当ばかりが残っていて、ヘルシーとは言い難いけど、気分的には問題ない。
「ダイエットとか考えないの?」
総菜のパックを3つも抱えている私に、良平が冷ややかな視線をくべている。
「え……と。私の健康法はね『食べたいときに食べたいものを食べたいだけ食べる』なの。だから私は今、体が欲している、このミックスフライ弁当とエビチリと春雨サラダをビールと共にいただくことがダイエット……で……す……」
言ってて恥ずかしくなってきた。だけど嘘じゃない。私はお腹が空いてないときには食べないし、お菓子とか間食はしないし、お腹がいっぱいになった後にデザートとかも要らない。そういうのを規律なしにダラダラと食べてる人の方が、暴飲暴食だと思う。
「人のこと言えんの?」
唐揚げ弁当2つに枝豆を持っている良平と目が合って笑う。
「俺も食べたいものを食べる。こんなに頑張ったんだから、これくらいのご褒美あってもいいだろ?」
ケラケラと笑いながら、350mlの缶ビール、6本入りを一人一パック買った。
大酒飲みの私にとってビールは燃料みたいなもんだ。燃費が悪くて困るけどね……
自炊は基本的にしないし、寝に帰るだけの私の家は突然の来客も別に困らない。
週末によく来る祥太の代わりに、今日は良平が弁当を食べに来たってだけのこと。
「テレビ付ける?」
「うん。頭使わないのがいい」
歌番組の特集を聞き流しながら、それぞれの弁当をレンチンして、各々のお気に入りのビールで乾杯する。
冷たくて苦い泡が喉を通り過ぎる快感に、思わず声が漏れる。
「ぐ、はぁ~」
目をつぶって大きく息を吸って、ようやく解放できた自分を取り戻した実感を得る。
「生き返るな」
「まさにそれ」
何を話すでもなく、気を遣う必要もなく、好きな歌が流れてきたら思い思いに口ずさみ、自分で買ってきたものをシェアもしないし、自分のペースで缶ビールを空けていく。
「シャワー浴びて寝るね」
「あ、じゃ、俺、もう帰るわ」
「うん。またね」
良平は帰りたい時に勝手に帰ればいいし、私は私のペースで過ごす。
こんな風に良平と過ごしたのは初めてじゃない。祥太と付き合う前だけど、良平は家に何回か来たことがあるし、私もネネロンに癒されに良平の家に行ったことがある。
嘘じゃない。
良平とはいつもこんな風に過ごしていた。
だから何でか分からない。
祥太を裏切った初めての夜に、私はとても動揺している。




