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Dark in love  作者: あおあん


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第5話 12月1日 月曜日

 外資系企業あるあるのひとつだと思う。年末が年度末……12月が異様に忙しい……殺気立つオフィス……


「百花、今月の為替レート見た?」

「うん。先月と変わんなかったね」


 今日から12月の月曜日。

 良平とパソコンの画面を見ながら溜め息をつく。


「ま、これで頑張るしかないね。皆、条件は同じだから」


 私は売上の年間目標を達成できる見込みが立っているけど、良平は微妙らしい。営業部とは言っても、こちらから新規で販売ルートを開拓することは滅多にない。既存の顧客からのルートセールに頼るのが大半の私達にとって、為替レートの差額の売上金額の上振れはぶっちゃけ有難い。


「そだな。頑張って追い上げてみっから、応援よろしく」

「うん。ガンバレ」


 開き直った良平は何気にすごいことを、私は過去のやり取りから知っている。


「あー、ねぇ、如月っち、轟っち、ちょっとちょっと……」


 以前より同じ会社に勤めていて、同じく買収された後の生き残りの一人、鈴木さんが声をかけてきた。技術部の鈴木さんが営業部のデスクに来ることは基本的に無い。周りの営業部員が一斉にこっちを見た。


「どうしたんですか?」

「あのさー、ちょっと話せる?」

「今ですか?」


 鈴木さんが否応なしに手招きをしながら歩き出すので、良平と後を付いて行った。

 主に技術部の人が社内使用している殺風景な会議室に入ると、かつての同僚が全員揃っていた。


「急にさ、呼び出したりして悪いね」


 一番の古株の吉田さんが頭を搔きながら話し出した。


「ちょっと、小耳に挟んだんだけど……セノヴィクスの買収話があるって本当?」

「「え?!」」


 私と良平が顔を見合わせる。Cenovix Precisionは祥太が転職した医療機器メーカーだ。かつての私達の同業に当たる。


「やっぱり知らなかった?」


 吉田さんが気まずそうに言う。


「どこからの情報ですか?」


 良平が聞いたが、ここにいる技術者5名は下を向いたままこちらを見ない。


「言えるわけないですよね。買収案件は全体発表があるまで絶対に他言無用なんだから……」

「如月っち、ありがとね。どうして知ったかは言えないし、如月っちと轟っちにも黙ってて欲しいんだけど……ほら、俺達には他人事じゃないって言うか、無視できないだろ?」


 3年前、会社がここQuantrex Corporationに吸収合併された際、少なくない社員がCenovix Precisionに転職した。私達のうち何人かも移籍のお声がけを頂いたが、お断りをした結果ここにいる。異なる選択をした社員同士でいざこざが絶えず、オフィスを閉鎖する間際の思い出は悲惨なものだった。


「あっちはさ、言ってみれば裏切り者だろ?俺らさ、今さらまた同じ会社で働くことになっても『改めてよろしく』とはならないよ?分かるだろ?」


 鈴木さんの言いたいことは分からないではない。転職した人はリストラされたから仕方なくという人もいたが、中には自ら辞めて行った社員もいて、残された社員は退職者の業務を含め、膨大な仕事量をこなさざるを得なかった。


「あいつらはさ、いい条件で会社抜けて、後始末なんてなんにもしないでさ、そんでもって今さらまた一緒に働こうって言われても困るんだよ」

「でも、決まったことじゃないんですよね?」

「それが結構確かな情報らしくて、来年の春だってよ。あっちの決算が済み次第って聞いた」


 つまり、日本の会社の会計年度末にあたる3月末をもって、祥太とはまた同僚になるという事か。


「ま、営業には営業の悩みとかあると思うけどさ、俺らは一緒に戦ってきた仲間ってことでさ、協力していこうよ。な?裏切んなよ?」


 吉田さんが鋭い目で私を見た。


「まだ付き合ってんだろ?皆藤と」

「はい」

「今のこと教えてやんの?」


 祥太はこの大会社に納まることを毛嫌いしている。だけど、業務上知り合えた買収案件を他言してはならない事くらい私だって分かっている。


「言いません。知らなかった事にします」

「それは賢い選択だな」


 久しぶりに古巣の皆とお話出来たと思ったら、まさかの情報リークで私は面食らった。私と良平は動揺を隠すように笑顔を繕って挨拶をし、営業部のデスクに戻った。


 よく見れば不思議な会社だ。小さな会社を吸収合併して膨らんでいるこの会社は、出身がバラバラで、扱っている商品もまるで違う。ここはまるで大きなデパートの中に収まっている別ブランドのお店のようで、同僚といっても文化が違うし交流は少ない。


「今夜、飲んでく?」


 良平が小声で言った。


「そうだね。今日は祥太は誘わないでおこうかな」


 そう言って私達はそれぞれのデスクに戻った。




 会社の近くで飲んでいるところを見つかると良くないという事になって、私達は家の最寄り駅の前の立ち飲み屋に入った。


「俺、鈴木さんや吉田さんが、あんなに根に持ってると思ってなかったわ」

「技術者はね……引き抜きの際、だいぶいい条件を提示されたみたいで……転職後の年収が結構上がったっぽいんだよね」

「そういうことか。残った組は悲惨だったからな」

「ちょっと嫉妬が入ってるかもね」

「どうせ3年でまた一緒の会社になるなら、あの時行っておけば良かった的な?」

「だって、そう思わない?」

「まあな。人情だよな」


 言葉少なにビールを煽る。気付けば、焼き鳥は串に通ったまま、冷たく固くなっていた。


「百花、ほんとに祥太に言わない気なの?」

「うん。言わないよ」

「恨まれないか?」

「なんで?」

「なんでって……早く教えてやった方が、転職に有利だろ?」

「私の立場もあるし、言えるわけないよ。本人が知ってからでも十分転職はできるだろうし。それに、次は転職じゃなくて、買収されて来るかも知れないし……」

「それはないだろ」

「それはないか」


 ふっと鼻で笑い合う。正直なことを言うと、本当は買収の話なんて知らないままでいたかった。知らなければ、私が祥太に言う言わないで悩むことは無かったし、恨まれる心配なんてしなくてよかったのに。


 気に入っていた環境が、私の努力云々ではどうにもならない理由で変わってしまう。自分ではどうすることもできない『変化』がもどかしくて、私はそれが大嫌いだ。




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