第4話 11月29日 土曜日
3人ともペロンペロンに酔っぱらって、千鳥足で帰路につく。祥太は週末、私の家に泊まることが多い。
「じゃ、俺、ここで」
「あー、お休み」
「またね」
隣のマンションに住む良平とさよならして、祥太を連れて帰った。
祥太は家に入るなり、私のベッドにどさっと倒れ込んだ。もう意識もほとんど無さそうだ。うつ伏せになったままなのに、寝息が聞こえてきた。
「私、シャワー浴びるね」
独り言のように言い残して、バスルームに向かった。
就職で上京してきてから一人暮らしを始めたこのワンルームマンションも、3度目の更新が迫っている。
更新したらまた、最低でもあと2年はこのままの生活が続くんだろうな、と思うとモヤモヤとした不安に襲われる。
(変わらなくていいのだろうか?)
いくら今の生活が気に入っていると言っても、一生続くとなると、どこか物足りない。今、行動を起こさなければ、この先に変化は起こらない。分かってはいるけど、動けない。
シャワーから上がり、バスタオルを体に巻いて、ドライヤーで髪を乾かす。
背面にあるドアが開いて、シャツのボタンを外しながら祥太が脱衣所に入ってきた。
「俺もシャワー浴びる」
「ん」
上半身だけ脱いだ祥太が私の後ろに立つ。鏡越しに目が合う。
「ちょっと……」
祥太が私のバスタオルを取ったので、裸になってしまった。
私はドライヤーの手は止めなかった。
「変わんないね」
そう言って、祥太が私の腰のくびれやお臍の辺りを撫でる。
「そう?」
かっこつけて言ったけど、食べ過ぎないように、間食はしないように、一日一万歩は歩くように……地味な努力を続けている成果だと思っている。
「そそる」
祥太の両手が私の胸を覆った。鏡越しに私の反応を見ながら、じらすように触れる。
「エロい!」
ドライヤーの風を向けた。
「あっつ!」
祥太は両手をパッと放し、私から離れて落ちたバスタオルを拾ってくれた。
「ありがと」
受け取って体に巻きなおす。
「寝ないで待ってるね」
脱衣所に祥太を残して、部屋でパジャマを着る。
この関係をあと数年……繰り返したところで、そのとき私に何が残る?それが『後悔』であってはならない。変わるなら今がラストチャンスかもしれない……そう思いながら目を瞑った。
やたらと暑くて目が覚める。寝汗をかいていて、髪の毛が首に貼り付いていた。
「百花、ヒドイよ」
先に目を覚ましていたらしい祥太に鼻を摘ままれた。
「もしかして寝ちゃってた?」
「ぐっすり寝ちゃってたよ」
「ごめん」
笑って抱き付く。祥太も汗ばんでいる。
「暑くない?」
「なに?誘ってんの?」
「ははは。違うけど」
唇が触れ合うだけの軽いキスをして起き上がる。
がばっと布団を捲り、ベッドで『うーん』と伸びをする。
手を伸ばしてカーテンを思いっきり引き、窓を一気に開けた。
「さっむ!」
祥太が布団を被る。
「ほんと、さっむ!」
私もそこに潜り込む。
「ちょっと、窓閉めてから来いよ」
祥太が私をくすぐる。
「やめてよ!やめてってば!」
こうしてじゃれ合うのが大好き。だって幸せなんだもん。
だから『まだ、続けたい』……そう思うのは間違ってないよね?いけないことじゃないもんね?
「あっ!そうだ!俺、帰んなきゃ」
急に祥太が立ち上がり、昨日着てきたスーツに着替え始めた。時計を見たら6:45だった。
「何かあるの?」
「わりぃ。一緒に走る約束してたんだ」
「え?何時から?」
祥太は趣味でマラソンをしている。昔から所属しているランニングのサークル仲間には会わせてもらったことがあって、私も知っている。
「今から頑張れば、ギリ間に合う」
「正月のハーフマラソンに出るんだよね。頑張ってね」
荷物をかき集めて慌ただしく玄関を飛び出していった彼氏を見送った。
「さて、私も」
気合を入れて、洗濯機を回し、コーヒーとパンで朝食を済ませてから暖かい格好に着替えた。鍵とグローブ、ヘルメットを持って出掛ける。
ブホォン、ブホォン、ブホォン、ブホォン
お尻から伝わってくる微かな振動が心地よい。ふんわりと漂ってくるガソリンの匂いを『良い匂い』と言ったら変人だろうか。跨ったまま両足を地面につけ、ヘルメットを装着し、グローブをはめる。
ああ、もう既にドキドキしている。
左手を握ってクラッチを切り、左足で一速二速とギアを上げていく、右手でスロットルを回しながらスピードを出す。両手両足をガチャガチャと無意識に操作しながら、バイクを走らせる。
たまらない。
たまらなく気持ちいい。
音も匂いも感覚も、全てが最高。
知らない道を走るのは好きじゃないから、いつものコースを辿って、馴染みのベーグルショップに行く。
「おはようございます」
顔見知りの店員さんがにっこりと微笑んでくれる。
「おはようございます」
買うものは決まっている。プレーンx2つ、ヨモギ、ブルーベリー、カボチャを各1つの計5つを購入する。
「いつもありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ。平日の朝ご飯に楽しみをくれて、本当にありがとうございます」
リュックにベーグルを入れて帰った。
遠出はしないし、必要不可欠な交通手段というわけでもない。
ただ『好き』ってだけで乗っている、400ccのアメリカンタイプの国産二輪車。
黒くつやつやと光るボディを見るだけで、胸がキュッと苦しくなる。
好き!めっちゃ好き!カッコイイ!
ヘルメットの中で私がどんなにニヤケていようが誰にも分かりっこない。
(やっぱりこのままでいいや。まだ変わりたくないから)
昨夜から堂々巡りをしていた、自問に自答した。




