第3話 11月28日 金曜日
取っても取っても湧いて出てくるように鳴り出す電話に、モグラ叩きのイメージを重ねつつ応対する。
「はい。クアントレックス、営業部 如月です」
電話機のナンバーディスプレイで相手が分かる。しょっちゅう電話をかけてくる顧客の一人だ。
「如月さん、先日注文した件の納期だけど、まだ早まらない?」
「本社には交渉中ですが、まだいいお返事はもらえてません。もともとご用命後1ヵ月はかかる製品ですので、度々お電話を頂きましても劇的に早まったりは致しません。申し訳ございませんが……」
「一日でも早く欲しいから、その辺、強く要望出しておいてね。よろしくね」
受話器を置く。一日でも早くほしいなら、一日でも早く注文をくれればいいのに。
こんな雑音に気を取られていては仕事が進まない。今のリクエストは私が心の中で本社に速達を送りつけた事にして、はいCLOSE。
ここ『Quantrex Corporation』は精密機器を取り扱うアメリカ資本100%の日本法人。元々は半導体業界に特化していたが、自動車、宇宙、医療関連の中小企業を買収し、吸収合併を繰り返しながら大きくなっている成長期真っ盛りの大企業だ。今となっては日本のグループ傘下だけで2000人を越えている。
「百花、忙しいとこ悪いんだけど」
「どうしたの?」
良平が見積書を持ってやって来た。
「あっちで聞くよ」
ちょっと休憩を挟みたいと思っていたところだったから、オープンになっているミーティングスペースでコーヒーを飲みながら話す。
「来月の為替レートって、もう聞いてる?」
「まだだけど」
今日は11月末の金曜日。この会社では毎月初めに、向こう一カ月間に適用される社内用の為替レートが発表される。販売価格はドルで設定されており、営業部はその月のレートで換算した日本円で見積もるように指示を受けている。
「やっぱりそうだよな。早く教えてくんないかな。これいくらで出そうか見積額、迷ってんだけど」
見積書のたたき台を見せられた。結構な大口案件だ。
「11月のレート使って今日付けで出しちゃえば?」
「いや。俺さ、12月のレートが上がるんじゃないかと思うんだけど、百花どう思う?」
12月決算のこの会社では、営業部所属の社員はノルマ達成の為、ピリピリしている。皆、少しでも高く日本円で売上を上げたい。
「うーん。今日は月末の金曜……来週月曜、12月……うーん……上がりそうだよね」
「そう思うよな」
「どうすんの?それ」
見積書を指さす。
「もし催促の電話来たら、俺、出掛けたことにしてくんない?見積は月曜の朝、速攻で送るって言っておいてもらえると助かる」
「オッケ」
顧客はいつだって『今すぐ』って言ってくるけど、金曜の夕方に出そうが、月曜の朝一で出そうが、失注することはないし、早く注文が来ることもない。だから、『今すぐ』はただの口癖だと思うようにしている。
こんな営業同士のやり取りはよくあることで、私も良平には似たようなお願いをよくしている。私達は6年ほど前、社員数100名ちょっとの医療機器メーカーで知り合った。良平と祥太は2つ上の同期入社で、新卒の私に営業部の先輩として仕事のいろはを教えてくれた。
あの会社は小さかったけど、和気あいあいとした温かい社風の良い会社だった。業界でも注目される特許を持っていた商品が売れていて、営業もそれほど厳しい仕事ではなかった。クアントレックスに買収されるまでは……
「今年のノルマ達成できそうなの?」
「俺はギリ……どうかなってとこ。百花は?」
「大丈夫そう」
「さすがだな」
合併される際にリストラがあり、元いた社員は半数になった。私達のオフィスは解体され、このオフィスに引っ越しをしてきた後、一緒に来たはずの社員もみるみる減っていき、今となっては特許に関する知識を持っている技術者5名と、営業部の私と良平の7名のみが生き残っている。
「今日、飲んで帰んない?」
「いいね。私も飲みたい気分だわ」
そう言って頷き合うと、けたたましく電話が鳴り響く各々のデスクへと戻った。
「「かんぱーい」」
会社の近くの居酒屋で、焼き鳥を片手に一杯やる。
「めちゃめちゃ疲れたんですけど……」
「俺もー。年越せるか自信ない」
両肘をテーブルについて、ぐったりと頭をもたれる。
「まじで?そんな?」
「あ、祥太、ごめんね、先に始めちゃった」
「いーよ、いーよ」
遅れてきた祥太と改めて3人で乾杯をした。
「何がそんなきついの?」
「なんて言うの?精神的に?見えない圧力みたいな?」
「な?……なんだろな、あれ。何ハラ?」
私たちの訳の分かんない説明に、祥太はお腹を抱えて笑っている。
「大変だな!」
祥太は買収の話があった直後に転職活動を始めた。『たぶん性に合わない』と未来を言い当てていて、その判断は間違いなく正しかったと思う。私と良平はのんびり構えていて『今から大会社に入れんのラッキーじゃない?』くらいにしか考えていなかった。結果として、私達は限界まで買い叩かれた月給に、無理難題とも言えるノルマをクリアした暁にはボーナスをもらうことで、合算すると前職の年収と同じくらいになるという悪条件で働き続けている。
「お前らも転職したら?」
「うーん……今から新しいとこ探すのも大変って言うか……」
「ようやく慣れてきたとこだしな。仕事の内容がきついってわけでもないし」
「そうなんだよね。『これってなんの意味があんの』みたいなルールに振り回されるのがストレスなだけで、やってること自体は別に難しい事じゃないんだよね……ま、ノルマは厳しいけど……」
「「はぁ~」」
私と良平の溜め息が重なり、祥太に爆笑された。
「祥太はどうなの?」
「俺?うちは遣り甲斐あるよ。決裁権も割とあるし、小さい会社は人が少ない分、意思決定が早いのが良いよな」
祥太は前職からの繫がりで、医療機器を扱うメーカーに転職していた。規模は小さくても比較的自由に仕事をさせてくれる環境を求めて転職活動をし、見事に希望を叶えている。
「「いいなー」」
情けない私達の嘆きが冬の居酒屋にこだました。




