第26話 1月8日 木曜日
「昨日はありがとう」
朝、コンビニで買ったシュークリームを良平に渡す。
「どういたしまして」
こっちを見てニコッと笑った。
どうしよう、ドキドキが止まらない。
「美波ちゃんがいると思わないで、俺に会いに来てくれたの?」
ドキドキがバクバクに変わって、心臓が壊れてしまいそう。
「……うん」
こんなに恥ずかしいこと、なんで良平には素直に言えるんだろう。
「じゃ、美波ちゃん呼ばなきゃよかったな」
「へ?」
「美波ちゃんより、百花と飲んでる方が楽しいからさ」
どうして良平はこんなこと平然と言ったりするんだろう。
昨日はル・ニの気まずい空気から逃げ出すように、私は祥太と店を出た。
最寄駅から家が反対方向の祥太とは、いつも駅で別れるのだけど、珍しく私の家の前まで送ってくれた。断られると分かっていて、上がっていくか聞いた。「いや。明日も仕事だから」そう言って祥太は帰路についたけど、きっと終電近くになってしまったに違いない。
「ケン君ってさ、美波ちゃんの元カレなんだよ」
「そうなんだ」
「専門学校が同じで、プロポーズされたらしい」
「へ……え……」
「美波ちゃんが断って、それから友達に戻ったんだって。どう思う?」
「どうって……」
「元カレと友達に戻れると思う?俺は無いなって思うんだけど」
「私も無いかな」
「だよな。ケン君は美波ちゃんのことまだ好きなんだと思う」
「で?良平はどうすんの?」
「どうもしないよ。ってか、どうしようもないだろ」
「だね」
良平が言いたいことが分からない。ケン君と美波に嫉妬してる訳では無さそうだし、私にそれを言ってどうするんだろう。
「今日、飲んでかない?」
「行かない」
私は真面目な祥太の真面目な彼女になったんだ。良平と浮気みたいなこと、これ以上続けるわけにはいかない。
仕事終わりに祥太と待ち合わせをして定食屋に来た。
「相談に乗って欲しいことがあるんだけど」
「どうしたの?」
いつになく思いつめたような暗い表情で、胸が苦しくなった。
「会社が買収された」
「あ……」
しまった。部長が私に話したということは、公になったって事だから、祥太の耳に入ってもおかしくないことだった。
「まただよ」
「どうするの?」
前回、4年くらい前、私たちが働いてた会社が買収された時、私と良平はそのまま今の会社に移籍したけど、祥太は転職した。
「迷ってるよ。せっかくやりたい事やれてた、気に入ってたポジションだけど、次もそうとは限らないし。百花との将来を考えたら、転職ばかりもしてられないだろ?」
「私の為にやりたいこと我慢したくていいよ」
本心だった。私だって我慢しない。だから祥太にも我慢しないで欲しい。
「でも、収入が不安定だと家族なんて作れないだろ?」
「私だって働いてるし」
「子どもができたら働けなくなるかもだろ?」
「一時はね、でも、育休明けたら戻ればいいし」
「え?子ども可哀そうじゃね?」
「可哀そうなことないでしょ。保育園に預けてる人いっぱいいるでしょ」
驚いた顔をしている祥太に、こっちが驚く。
「食べさせていけるくらいは稼ぐから、百花には家守って欲しいんだけど」
「一緒に稼いで、一緒に家守ればよくない?」
「無理だよ。俺、忙しいし……」
家庭的なイメージの強い手作り男子の彼が、意外にも保守的な事に衝撃を受けた。祥太はてっきり、自分が子育てもするつもりでいるのかと思ってた。
「私は結婚しても仕事を辞める気ないけど。やりたい事とか、欲しい物とか沢山あるし、祥太のお金じゃなくて、自分で稼いだお金でそういうの叶えていきたいし。そうだ、ねえ、これ見て……」
自慢のダイヤのネックレスを指さす。
「この前、買ったの。綺麗でしょ」
「ああ」
「ちょっと高かったんだけど、ボーナス全突っ込みしてしまった。ははっ」
「マジで?」
「毎日着けて、元を取ってるところなんだ」
「金遣い荒くね?」
頭を殴られたような、ぐらっとした感覚に襲われる。
「引っ越しもあるし、そっちの会社はノルマ達成しないと基本給低いって言ってたよね?将来のこと考えたら、そんな無駄遣いしてる場合じゃないと思うけど」
「無駄遣いじゃないよ……」
「生活の質を上げるわけでもないし、他人に見せびらかす為だけにアクセサリー買うなんて、馬鹿げてるよ」
「そんな!私はこれで『もっと頑張るぞ』って気合入れて、ちゃんと仕事して、QOL上げてく気満々で……」
確かに。ダイヤモンドを買わなくたって、それらは気持ちひとつで達成できることだ。
「百花は考えなさすぎ」
「そう……かな……」
自分のお金を自分の好きに遣っちゃだめなのかな。
「俺、百花との将来のこと考えて、これでも一生懸命頑張ってるつもりなんだけど」
「うん」
「百花は俺の為に頑張ってくれたりしないんだな」
急に恥ずかしくなって、下を向いてしまった。
「そんな宝石のネックレス着けて、お洒落して、一体誰に見せたかったの?」
「祥太に決まってるじゃん」
そう言いながら良平の顔が浮かんでくる。だって、最初に気が付いてくれたのも、可愛いって言ってくれたもの良平だったから。




