第25話 1月7日 水曜日
昨日買ったネックレスに誓う。この気高く輝くダイヤモンドに祥太への忠誠を。彼に相応しい彼女になる為の決意表明として、出掛ける時には常に身に着けておこう。
黒いタートルネックのセーターにネックレスを着けたら、ダイヤはちゃんとピンクに見えた。あまりに美しいので少し気後れしてしまうけど、出掛けてしまえば自分の目には入らないので、すぐに気にならなくなった。
「百花、お前、昨日風邪とか言ってサボって……なにそれ、高そう」
早速、良平が気付いてくれた。
「へへ。買っちゃった」
「いいね。似合ってるよ。かわいい」
「ありがと」
『かわいい』なんて気軽に言ったらだめだよ。
良平ってばこんなにたらしだったっけ?いかんいかん、私の彼氏は祥太。祥太は優しい、祥太は真面目。
「機嫌直ったみたいだな」
「ご心配おかけしました」
ちょんとダイヤに触れてから仕事を始める。
「如月さん、明けましておめでとう。体調は大丈夫ですか?」
「部長。今年もよろしくお願いします。はい。ご迷惑をおかけしました」
「インフルとかじゃなくてよかった。ちょっといいかな」
珍しく部長の個室に呼ばれる。
「轟君には昨日話したんだけどね、君たちの元同僚が多く移籍したCenovix Precision (セノヴィクス・プレシジョン)を買収した。近々、先方に会社説明に伺うから同行して欲しい」
「はい」
いよいよか。私が隠していた事が祥太にバレるけど、業務上仕方がないことだもの。きっと分かってくれるよね。
「それと、今年度の個人目標だけど、もうまとめたかな?」
「いえ。まだです」
「君は優秀だからね、掲げた目標を必ずクリアするガッツがあるから、前年のプラス15%で設定したら丁度良いと思うんだが、どうだろう」
「15%アップは高すぎます。10%で設定させてください」
それだって充分に高いはずだ。
渋い顔をしている部長に一礼し、部屋を出た。
「何の話だった?」
「祥太の会社に説明行くのと10%アップ」
「テンパーでオッケー出たの?」
「承認なんて関係ないよ。私、これ以上無理だもん」
「だよな」
「良平は?」
「今年と据え置き」
「オッケー出たの?」
「前回達成できなかったこと以上の事が、今年できるかよ?」
「それもそうだね」
きっと祥太なら部長の提案どころか、自分から20%とか言い出すんだろうな。私たちとは向上心が違うって言うか、自分に妥協とかしない人だから……こんな私を見たらがっかりされるだろうな。そんな事を思いながら、スマホを開く。
祥太からのメッセージはない。こんな私を見なくても、もう既に幻滅されてるかもしれない。手のかかる女にどんなに尽くしても、喜んでもらえないなんて、虚しいもんね。
『この前はごめんね。ル・ニに行かない?』
無性に顔が見たかった。祥太と会って、話がしたい。
『もう体調はいいの?』
すぐに返事をくれて安心する。
『昨日、休んだから大丈夫。8時には行けると思う』
『オッケ。待ってる』
今日は良平には知られないように行こう。祥太と向き合いたいし、美波にお礼を言いたいだけだから。
19:48
「百花!」
美波が駆け寄ってきてくれた。
「もう大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね」
店内には知らないカップルが一組だけいた。
「待ち合わせ?祥太君?」
「うん。もう来ると思う」
先にビールを頼んで待つことにした。
「祥太君、すごい落ち込んでたよ。昨日とかもうすごいメッセージ飛んできて、百花百花ってうるさいんだから」
「へえ」
私には音沙汰無いのに、美波にはうるさい程に……複雑だな。
「あ、ほら、噂をすればだよー」
息を切らした祥太が入店してきた。
「待たせてごめん」
「ううん。今来たとこだよ」
きっちりと整えられた髪に、仕立ての良さそうなスーツ、擦れてないピカピカの革靴。祥太はいつも完璧で隙が無い。
「百花から誘ってもらうことなんて滅多に無いのに、今日に限って呼び止められて……」
「そうだっけ?」
笑ってしまう。こんな完全無欠の彼を翻弄させてるみたいで、自分がまるで魔性の女にでもなった気分。悪くないかも。
「美波から新年会の準備、頑張ってたって聞いて……」
いけない。調子こいてないで、ちゃんと謝っておかなくちゃ。
「え、美波ちゃん、しゃべっちゃったの?」
「買い出しとか、いろいろ……ありがとね」
「それは、マジでごめん。箱根にいるって嘘ついてホントごめん」
両ひざに手をついて、祥太が頭を下げた。
「いいよ、そんなの、やめてよ」
慌てて祥太の手を握る。温かく乾いた感触が気持ちよくて、思わず摩ってしまう。
「怒ってない?」
「怒ってなんかないよ」
「嘘ついて、不誠実な男だって思ってない?」
「思ってないよ」
笑ってしまう。なんて可愛いんだろう。
「俺のこと好き?」
「好きだよ」
「結婚してくれる?」
「……」
ズルい。
「いや。今のはなしで」
「……」
「もっとちゃんと、指輪とか持って、改めて言うから、今日のはノーカンね」
「うん」
繊細な祥太が、私の『間』に気付かないはずがない。
微妙に気まずくなってしまった私たちを救ってくれたのは、また美波だった。
「いらっしゃいませー!」
明るい声で入ってきたお客さんに駆け寄る。
「ケン君、元気だった?」
「ああ」
すらっと背が高く顔が小さい、モデルのような男性がコートを脱いで美波に渡した。
「一人?」
「ああ」
「じゃ、カウンターにどうぞ」
知らない人だけど、美波とは仲が良さそうだ。
「なんかやたらかっこ良くない?」
祥太の言う意味が分かる。滅茶苦茶イケメンだ。
「あ、ストーカー」
イケメンと目が合って、そう言われて、指をさされた。
「ケン君、なに言ってんの?」
「この人、お前の彼氏んち覗いてた」
「げっ……あ……」
年末、良平の家の前で出くわしたピザ屋だった。
「どういうこと?」
美波が首を傾げている。
「俺が配達した時、この人見たよ」
イケメンはこっちを見もせずに美波と話している。
「百花、どうした?」
会話について来れない祥太が私の顔を覗いてる。
「だから、あれは誤解だってば……」
声を絞りだすけど、言葉が続かない。
「百花、どういうこと?」
美波に詰め寄られる。
「え、何でもないって。お酒でも一緒に飲もうかなって……」
「良平君と百花、二人で飲んだりするの?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
「それっていつのこと?」
祥太まで会話に入ってきて、パニくる。
「えっと。27日だったかな?」
「ああ。俺の年末の配達最終日」
終わった。全ては身から出た錆、自分で蒔いた種、自業自得ってやつだよね。
「ケン君、百花を良平君のうちの前で見たの?」
「ああ」
聞かれたら、なんでも答えよう。
祥太は嘘を誠実に謝ってくれた。
私も、謝って許されることじゃないけど、せめて誠実に答える姿勢を見せなくちゃ。
「ストーカーって?」
「ドアポスト覗いてた」
「そうなの?」
最悪だ。祥太が私を睨んでいる。
「なんだ、お前、来てたのかよ」
不意に声がして、振り返ったら良平が立っていた。
「来てたんならチャイム鳴らせばよかったのに。俺が呼んだんだよ。美波ちゃんと二人でどうしたらいいか分かんなくなってさ、百花がいれば話しやすいかなって」
ヤバイ。良平の嘘に涙が出そうになるけど、必死で堪える。
「えー!そうだったの?」
「ごめんね、俺、美波ちゃんと二人だと緊張しちゃってさ」
「良平君が謝ることじゃないよ。百花、なんか責めたみたいになっちゃってごめんね。ほらケン君も謝って!」
「別に。本当のこと言っただけだし」
「で、百花は良平の家の前まで行ったけど、様子見て帰って来たの?」
じっと私の目を見て、祥太が聞いた。
見抜かれる。私が本当の事を言っているか、祥太に分かってしまう。
「うん」
ドキドキしながら、目を逸らさず答える。
忠誠を誓い、誠実になろうと決心した矢先にこれだ。




