第23話 1月5日 月曜日
さてと。
仕事始めの朝は、前日に感じていた程の嫌々感はなく、意外にもやる気に溢れていた。
正直なところ、家で祥太の事を考えているよりも、仕事に忙殺されている方がよっぽど気楽だ。有休を延長している社員が多いのか、出社している社員はまばらだった。
コンビニでパンとコーヒーを買って、デスクで食べながらパソコンを開く。
海外の同僚は1月2日から通常業務が行われて、尋常じゃない数のメールが届いている。
「おはようございます。今年もよろしくお願いします」
オフィスでは簡単な挨拶はするけど、休みの間なにしてたとか雑談はしない。この会社の良くも悪くも浅い関係性が、私は嫌いじゃない。
「昨日はご馳走様でした」
「どういたしまして」
良平が出社した。
昨日、私の様子が変だとは思っていたようだけど、深くは聞かないでくれた。そういう押しつけがましくない優しさが、この人のいいところだと思う。
「始まるぞ」
後方から聞こえてきた誰かの声で、急いでヘッドセットを用意する。年度初めの全社ミーティングがウェブで始まった。滅多にお会いすることがないCEOの話を、それぞれのデスクで聞く。
「各所属の長と今年度の目標を設定してください。高すぎる目標である必要は無いですが、前年度と同じといったような消極的なものは避けてください」
深いため息が隣のデスクから聞こえた。……だよね。毎年、前年度プラス10%とか20%とか……複利じゃないんだからさ、売上実績はそんな自然と右肩上がりみたいには伸びるもんじゃない。ふうふう言いながら、どうにかこうにか頑張ってるのに、出来て当然、やって当たり前みたいな扱いに嫌気がさしてくる。
ポン
CEOの顔を眺めている画面の端にポップアップが出た。
社内でのみ使う簡易チャットで、履歴の残らないメモを送る機能だ。
『帰りにルニ行かない?』
なんで美波の店に私を誘うの……嫌だよ……
『今日は真っ直ぐ帰る』
たとえ祥太から誘われても、今日は帰るつもりだった。
『頼むよ』
は?なにそれ?
『一人で行ってよ』
『いいから黙ってついてきて』
ムッとしてパーティション越しに良平を睨みつける。
どんだけ偉そうなんだと思っていたら、意外にも困ったようにしゅんとした顔をしていた。
『祥太が百花に正月の埋め合わせしたいから連れて来いって言われてる。店は休みだけど、美波ちゃんが祥太にキッチン貸すためにわざわざ開けるって』
え……それって私に言っちゃっていいの?
『言うなって言われてるから、知らないフリしてきて』
私が断わらなきゃ言わずに済んだってわけね。
『なんで俺がお前らの仲取り持たなきゃならないんだよ』
ポンポンと送られてくるメッセージに気を取られて、CEOの話がさっぱり頭に入ってこなくなった。
17:45定時に上がるのなんていつぶりだろう。
残業が当り前になってしまってるから、こんな時間に会社を出ることに罪悪感を持ってしまう。良平と並んで歩く。
「メンドクサイって思ってる?」
「ぶっちゃけちょっとね……」
「あはは、ひでぇ」
半目で唇の片側だけを吊り上げて良平が笑う。
「うまく驚けよ。サプライズなんだから。俺が言ったのばらしたら怒るぞ」
「やってみる。できなかったらごめん」
「サンキュ」
お礼を言わなきゃならないのは私の方だ。
良平は美波の前で私と会うことをどう思ってるんだろう。後ろめたさは無いのかな。私は良平の前で祥太と話すのはちょっと抵抗あるけどな。
『本日貸し切り』
札がかかっている店のドアを良平が開けてくれた。
いつもの制服じゃなくて、私服の美波が出てきてくれて「じゃじゃーん!」と言いながら両腕を広げた。
「今日は4人で新年会だよー!サプラーイズ!」
「わあ……すごい……驚いた……」
「そうでしょ?驚いた?ここ、座っててね」
キッチンの奥に美波が消えて、ふと隣を見ると、笑いを堪えて変な顔になっている良平と目が合った。
「へたくそ過ぎんだろ!」
「は?美波は信じたじゃん」
「いや、まじかよー!」
自然な演技だと思ったんだけど、こいつ、なんでこんなに爆笑してるんだろう。
「なにか面白い事でもあったの?」
店の奥からエプロンを着けた祥太が大きなプレートを持って出てきた。
「今日は俺が作りました」
「あー!美波が教えてあげたんだからねー!」
「あ、そうでした。美波ちゃんに教わって、俺が作りました」
ニコニコと笑いながら、会話を交わす二人はお似合いに見えた。
「いつから作ってたんだよ?今日から仕事じゃねーの?」
「俺は明日から」
「今日は有休?」
「まあな」
男たちの会話に割って入る。
「今日は何時に帰って来たの?」
「……昼頃かな」
祥太、嘘ついた。
少し期待してた。「実は昨日帰ってきてたんだ」と言ってくれるかと。
「祥太どっか行ってたの?」
私が昨日話したことを覚えていないのか、それともわざとなのか……良平が聞いた。
「箱根旅行だって!いーよねー!」
美波が嬉しそうに答える。
「駅伝の応援?」
「まあな」
祥太をじっと観察する。ぼろを出すかな……
「百花は連れてって貰わなかったの?」
良平に覗き込まれ、どぎまぎしてしまった。
「私は……いろいろ忙しくて……」
「そうそう!一緒に初詣行こうって誘いたかったのに、百花ずっといなくてー!ねー?良平君」
美波が良平にぴったりとくっ付いて座った。
やめてほしい。良平から離れてよ。
祥太が食事を取り分けてくれて、お酒を注いでくれて、私の隣に座ってからも、私は美波が良平に近いのをずっと許せなかった。
昨日、祥太と美波が歩いているのを見た時よりもずっと激しく心が乱される。
「百花、具合悪い?」
「え……あ……うん。ちょっと」
祥太が心配してくれている。
「ごめんな。急に誘ったから、断われなかったよな」
「断わったんだけど……」
そう言って良平を見た。
「え?俺?あー、まー、そうね。断わられたんだけど、なんつーか、ほら……」
「だな。俺が百花連れて来いって頼んだんだもんな。無理させて悪い」
祥太が良平と私に謝ってくれた。
「百花、具合悪いなら帰る?」
美波がおどおどしながら聞いてくれた。
帰れるものなら帰りたい。ここに居たくない。
「送ってくよ」
良平が立ち上がった。
「悪いな、任せていいか?」
なに……言ってんの……良平に任せちゃう祥太に腹が立った。




