第22話 1月4日 日曜日
三が日は最低の過ごし方をした。グダグダと家で過ごし、インスタントラーメンやパックご飯とか家にあった保存食を消費した。ビールだけはケースで買ってあったから、心配無用だったのだけど……それもなくなりつつある。
「買い物でも行くか」
シャワーを浴びて、久しぶりに革ジャンを着る。
冬は寒いからバイクは避けているのだけど、あまりに綺麗に晴れているから、ちょっと乗りたくなってきた。
荷台があるわけじゃないから、買い物に行ったって多くは買えないし、傾けちゃいけない食料品もNGだ。人一人が速やかに移動する以外にバイクは役に立たない。
「分かってるけど、好き」
バイクに跨り、エンジンをかけて排気の匂いを嗅ぎながらニヤニヤする。
いつも行ってたベーグル屋はもうないし、どの方面に行こうかと考えていたら、背中をどんっと押された。振り返る。
「なに、ガン無視してんだよ」
「良平……」
「どっかいくの?」
「うん」
「どこ行くの?」
「……」
「なに?俺と口ききたくないわけ?」
「……」
「俺、なんかした?」
したじゃん。美波と付き合ってるのに、私とエッチしたじゃん。
「美波ちゃん紹介したのお前だろ?」
「だから……」
「だから?」
「付き合い始めたんなら、私と会ってちゃまずくない?」
「同僚なんだから会うだろ」
「そうじゃなくて……」
「お前だって、祥太と付き合ってんのに、俺とやっただろ」
それはそうだけど。そんな身も蓋もない言い方しないでよ。
「ごめん。もう行かなきゃ」
抱えてたヘルメットを被ったら、良平が一歩下がった。
行く当てはないけど、とりあえず発車した。
気が付くと祥太の家の近くに来ていた。
祥太は今夜が箱根に宿泊する最終日だから、ここに来ても会えないのは分かってるんだけど、祥太に忠誠を誓うべきだって気がして。良平へのもやもやした感情を吹っ切りたくて。
祥太のマンションが見える公園で一休みする。年末年始の連休最後の休日だからか、お父さんが子どもを連れて来ている様子が目に入る。はしゃぐ子どもの声と、張り切る男性の声。不意にくすくすと鼻にかかる笑い声が聞こえた気がした。
何の気なしに近くを歩くカップルに目をやる。
「!」
いつもの白いダウンコートに、オリーブ色のリュック……祥太?
慌ててヘルメットを被る。祥太は私がバイクに乗っているところを見たことが無い。
「なんでなんで……」
ヘルメットの中で混乱を言葉にする。籠った自分の声が知らない人のものに聞こえた。
「なんで……祥太と……美波が一緒にいるの……」
小さな美波が微笑みながら祥太を見上げている。一見、お似合いのカップルを見ていたら気分が悪くなってきた。美波は自分から良平に付き合って欲しいと言ったはずだ。美波が好きなのは良平でしょ?
ふたりが祥太のマンションの方へ姿を消したので、バイクを発車させた。
自宅の駐輪場の前でエンジンを切る。
押して敷地内に入ると、携帯をいじって突っ立っている良平がいた。
「なにしてんの?」
「待ってた」
「え……ずっと?」
「ああ」
昼すぎに出て、もう夕方近い。
「寒くないの?風邪ひくよ」
「風邪ひきそうだから、入れて」
私の後についてオートロックを抜ける良平を追い払うことができない。
「美波となにかあった?」
「なにかって?」
「喧嘩とか」
「喧嘩?ないけど」
祥太と美波の密会に腹立たしいようなモヤモヤを抱えていたけど、良平といると不思議と心が軽くなる。
鍵を開けて、ヘルメットを玄関わきの棚に置く。
「お邪魔します」
良平が勝手に上がって、エアコンのスイッチを入れた。
「マジで、手凍る」
そう言って私の手を握った。
「冷た!」
「だろ?」
唇をガタガタと震わせながら、キッチンで手を洗って、電気ポットでお湯を沸かそうとしている。
「あのさ……」
「なに?」
「人んちで図々しくない?」
「お茶くらい出したっていいだろ?セルフでやってんだし」
それもそっか、と思い直し、革ジャンを脱いでソファに座る。さっき見た事を話そうか迷う。言ったところでどうなる?真相は分からないのだし、もし、浮気だったとしても、私にそれを責める権利はない。
「美波は放っておいていいの?」
いつもより少し心臓が激しく動いていて、顔が赤くなっていたかもしれない。でも、聞かずにはいられなかった。
「放って置かれてるのは俺の方だよ。今日は友達と会うんだってさ」
「へえ」
友達ね、祥太は友達なのか……?
「お前こそ、俺たちの誘い無視して祥太としけ込んで酷くない?」
「そんなんじゃないよ。祥太は箱根に旅行で、私も放って置かれてるの」
「じゃ、なんで一緒に初詣行かなかったんだよ」
「嫌だよ。美波とあんたのデートに割り込んで、私だけ惨めじゃん?」
「別に、惨めじゃねーだろ」
惨めだね。自分がどうしたいか分かってなくて、でもどうしたくないかはなんとなく分かっていて、良平が美波といるとこなんてちっとも見たくない。
美波は良平じゃなくて、本当は祥太が好きなのかな。
だったらいいのにな、なんて、ほんの少し期待した。
「はい。どうぞ」
良平が茶色い飲み物を手渡してくれた。
「なにこれ?」
「さあ?」
良平が指さした先には、何年か前にお土産で頂いたインドの紅茶の缶があった。
「古いと思うけど」
そう言いながら一口すする。
「味、しなくない?」
「古いからじゃん?」
「そんだけ?」
「どういう意味だよ」
一瞬、祥太ならこんな茶葉でも美味しく紅茶をいれるんじゃないかと思って、吹き出してしまった。
「なに笑ってんだよ」
「ごめん。別に……」
良平と並んで味のしない紅茶を飲んだ。
「お前こそ、なんかあったろ」
「なんかって?」
「機嫌が悪い」
「まあね」
「祥太?」
「違う」
「じゃ、なに?」
なんだろう。あんたかな。
「明日から会社で現実逃避」
「ああ、それね」
私が本当のことを言ってないって、こいつにはバレている。
だけど話を合わせてくれるところがいい。
「じゃ、駅前の立ち飲みでも行くか?」
「おごってくれるの?」
「俺はボーナスでないの。お前がおごれ」
「げ……」
私たちは笑いながら飲み屋に繰り出した。




