第18話 12月26日 金曜日
仕事納めの今日は、各自デスク周りを片付けて、午後はなんとなく解散となるはずだった。例年、気の合う者たちだけで「ちょっと飲んで帰りますか」といった風になるはずなんだけど……
「この後、皆で納会をするから、極力参加するように」
不愛想な部長がぶっきら棒に言い放って、私たちは固まった。部署の飲み会なんてやったことないじゃん……小さな会社を吸収合併して人を増やしているこの会社は、出身の企業文化がばらばらで、違う言語で話しているのかと思うくらい会話が成立しない。
「私、あっちのデスクの人達と話が合わないのに」
「俺だって合わないよ」
戸惑っているのは他の営業部員も同じで、互いをチラチラと盗み見しては、ひそひそ話をしていた。
部長が連れて行ってくれたのはチェーン店の居酒屋で、大きな掘りごたつのテーブルが2つの半個室だった。
「今日は懇親会だから、普段話さない者同士が近くに座れよー」
部長の無理難題に、皆、嫌々、散り散りに座らされ、私も良平と離れて席に着いた。
乾杯の後、コース料理が次々と運ばれてきて、私と隣に座った女子はサラダを取り分けたり、タブレットで飲み物を注文したりした。ようやく一段落して、自分の食事にありつく。
「如月さんって、轟さんと付き合ってるんですか?」
「ううん。付き合ってないよ」
昨年、買収されて来た会社の子で、確か私よりもひとつ歳下の小森さんだ。
「如月さんって、なんかすごいですよね。今年もノルマ達成したって聞きました」
「なんとかね。小森さんはどうだったの?」
「私は全然です。去年に引き続き今年も未達で……」
「そっか」
「轟さんは未達だったんですよね」
「うん。入ってた注文がキャンセルになっちゃってね。今年は残念ながら」
「おいっ。勝手に俺の個人情報漏らすなよ」
ちょっと離れた席から良平の声が飛んできた。
「すみません。私が聞いたからです」
真っ赤な顔をしてグラスを握りしめている小森さん。良平のこと気になってるのかな。
「えっと、あの、轟さんは如月さんとは付き合ってないんですよね?」
「ん。ああ」
さっき私が答えたじゃん。と言いたくなったが、無視した。
「あの……彼女さんっているんですか……その……」
「いないよ」
良平がしれっと答えた。
「え?」
「え?」
私の「え?」に良平が「え?」返す。おかしいな。この前の美波のメールは嘘とは思えないんだけど。もしかして良平は私に隠そうとしてるのかな。
「え……と。なんかあるんですか?」
小森さんの動揺はもっともで、私と良平は「なんもないよ」と愛想笑いを浮かべた。
思っていたよりも納会は盛り上がり、皆は2次会に流れて行ったけど、私と良平はパスして帰ることにした。
「百花さ、さっきのあれ何?」
「あれ?」
「居酒屋でさ、小森さんの質問に答えるの変じゃなかった?」
「あ。実は美波から良平と付き合うことになったってメールもらってたからさ、良平が嘘ついてんなーって思って」
「まじで?」
「まじで」
ひょっとして美波の勘違いだったりして。だといいなあ……なんて望んでしまう私は性格が悪い。
「彼女にしてって連絡があってさ」
「それで?」
「別にいいけどって言った」
「ふーん」
「別に断わる理由なかったし」
「あっそ」
内容はともかく、良平とおしゃべりしていたくてゆっくりと歩いた。
「だからって小森さんに嘘つくことなくない?」
「百花が知ってると思わなくて」
良平に手を握られた。ミトンの手袋をはめた右手を、良平が素手でぎゅっとする。
「こういうのやめよ?」
覚悟を決めて言って、手を振りほどこうとぶんぶんと振ったけど、良平は放してくれなかった。
「うち来いよ」
「行かない」
そう答えたはずなのに、またしても私はネネロンに出迎えられてしまった。
「上がれよ。今日は何もしないから」
それを信じる女子がいる?……と思いながら、靴を脱ぐ。
「ビールは無いんだけどさ、スパークリングワイン飲む?」
「飲む」
良平の部屋にソファなんて気の利いたものは無くて、カーペットに座って、ネネロンを撫でまわす。
「なんでそんなのあるの?」
「貰った。クリスマスプレゼントだって」
誰にか聞かなくても分かる。美波の店でよく見るボトルに胸がちくちく痛むけど、良平がくれたグラスにスパークリングワインを注いでもらう。
「「乾杯」」
ただの決まり文句だ。この時の「乾杯」に特段意味なんてない。
友達だって乾杯くらいはするでしょ。友達なんだから、一緒に飲むなんて普通にあることだよね?友達の家にお邪魔することはいけないことじゃないはずだもん……頭の中が言い訳でいっぱいになって、私は自分の現実逃避に実感を持って向き合う。
「これってやっぱり変だよね?」
「これって、何?」
「良平と2人で部屋で飲んでたら、浮気だよね?」
「飲んでるだけじゃ、浮気じゃないと俺は思うけど」
じっと私を見つめる良平と目が合ったまま、どうしていいか分からなくなる。




