第16話 12月24日 水曜日
祥太の家に来ることはあまりない。前回は、近くであった花火大会の帰りだったから、夏以来だ。シャンパンとチーズ、生ハムを持って会社の近くで待ち合わせをした。
「百花、お疲れ」
祥太が待っていてくれた。
「それ、持つよ」
鞄と荷物を持ってくれる。気が利く、優しい彼氏だと思う。
節制していて身体は引き締まっているし、仕事や趣味に全力で取り組む姿勢が好き。
「いろいろと準備してきたから、帰ったらすぐに始められると思う」
今年のクリスマスは平日で、仕事をそそくさと切り上げた。ここに来る途中のショップで吟味どころか味見すらしないで適当に買い揃えたシャンパンやチーズ……特に当たり外れは無いだろうとは思いながらも、せっかくなら選ぶ工程も楽しみたかったな。
「泊まっていくんでしょ?」
「うん。そのつもりで来た」
平日の一泊二日、会社の一番の繁忙期に遊んでる場合じゃないのは分かってるけど、それでも大きな鞄に着替えやメイク道具を詰めて会社に持参してしまった。
遊びたくないわけじゃない。クリスマスは大事なイベントだと思う。
だけどパーティーって平日に無理してまでやることかな……という思いがどうしても抜けない。
「週末にずらしてパーティーすればいいんじゃない?」と、私は何度も言った。
「当日じゃないと意味ないだろう?」と、一向に請け合ってもらえなかった。
納品が間に合うかピリピリしながら仕事をしていたせいで、気が張り詰めていて、今日のおもてなしを心の底から楽しめる自信がない。
「俺、実は、今日仕事休んだんだ」
「え?」
「さっきまで家で準備してた」
「どうして……ここに?」
「百花を迎えに来たに決まってるだろ」
「……ありがとう」
違う会社に勤めてるんだもの。繁忙期が同じでなくても不思議じゃない。イベントの楽しみ方もそれぞれだし、逆の立場なら私が祥太のように振舞う可能性だってある。分かっているのに……
「わざわざ来てくれなくてもよかったのに」
「そんなこと言うなよ。ケーキも作ったんだ。今年はブッシュドノエル」
「ふぅん」
「なんだよ。思ってた反応と違う」
どうしようもなく可愛くないことを言ってる……分かっているのに……
「仕事忙しくって、疲れてるから」
「大変だな。でも、明日で終わりだろ?」
『だからだよ!』って心の中で叫んだ。明日が最終稼動日だから、全力でやらせてよ。こんな気持ちでクリスマスイブなんて楽しめないんだから、楽しそうにしている祥太を見ると、なぜかイライラしてしまうから。
「どうして今日じゃなきゃ駄目なの?」
「だって、今日がイブだろ?」
「そうじゃなくて。二人で過ごすなら週末でよかったんじゃない?って思うんだけど」
「全部、俺が準備したんだからいいだろ?百花は家に来るだけなんだから」
『だけ』ね。そう言われると……なぜかカチンとくる。
「週末にしてくれたら、私だって準備を手伝えたよ?」
「どうせ料理しないだろ?」
「買い物とか、飾り付けとか……他にもやることいっぱいあるし……」
「大丈夫。俺が全部やっておいたから」
私が苛ついていることを祥太は気づいている。敢えて喧嘩にならないように、明るい口調で話をはぐらかしてくれている。腫れ物に触るような扱いをされていることが、まるで『お前は駄々っ子だ』と思われているようで腹立たしい。
「驚くなよ?」
そう、勿体ぶって、家のドアを開けてくれた。
「……!」
目の前に大きなクリスマスツリーがあった。
「本物?」
「ああ」
甘いようなスパイシーな、嗅いだことのない木の香りがする。
「たまたま見かけて、買ってみた」
『捨てる時どうするの?』なんて、そんなこと考えてしまった自分が嫌になる。
祥太が部屋の電気をつけると、完璧なテーブルセット、それにたぶん、冬仕様に選んだであろうカーテンや部屋の小物たちが目に入ってきた。
「すごいね……」
祥太は今日、この為だけに一日を使ったのだと思うと、申し訳なくなってきた。
「ありがとう」
素直に口から出た。
「喜んでくれた?」
「うん。さっきは……ごめんね」
「いいよ。疲れてるんだろ?忙しいとこ、来てくれてありがとう」
私には勿体ない人なんだろうな。そう思いながら、祥太の首に手を掛ける。祥太が私の腰に手を回す。今は祥太に触れられるのを嫌と思わない。
「あ、ちょっと」一旦離れて、祥太がリモコンを操作すると、部屋の明かりはふわりとオレンジ色に染まり、小さな音でクリスマスソングが流れてきた。クリスマスツリーのライトが点灯して、ムードが増す。
「お待たせ」祥太の手が再び私を包む。うっとりするような優しいキスに飲み込まれそうになる。ああ、今日はもうこのままベッドに行きたい。
「よし。パーティーを始めよう!」
パッと身体を離し、私を正面から見据える。
「そうだね」
せっかく準備をしてくれたんだもの。有り難く楽しませてもらうことが、彼女としての私の務めだ。気分を切り替えてテーブルに着く。
カモ肉のコンフィ
パテドカンパーニュ
ドライフルーツが散りばめられたベビーリーフのサラダ
「百花が持って来てくれたシャンパンで乾杯しよう」
「うん」
毎年お馴染みのシャンパングラスに、祥太が注いでくれた。
「「メリークリスマス」」
大半の日本人がそうであるように、クリスチャンでもないのにイエスキリストの誕生日を祝った。
「美味しい!」
「良かった!」
本当だ。驚くほど美味しい。メインディッシュもさることながら、添えられたピクルスや、小さな揚げ物など、どれを取ってもお店で食べるのと遜色がない。
「店の味パクったって、美波ちゃんに言うなよ」
「うん。黙っとく。祥太が出禁にされたら困るもんね」
「「はははは」」
美波の名前が出て、良平の事を思い出してしまった。過去の出来事は吹っ切らなくてはならない。あの2人が付き合い始めたのだから、これから先、あのようなことがあってはならない。
赤ワインに切り替えて、昨年のクリスマスの思い出話や、冬休みの過ごし方などを話しながらグラスを傾けた。隙あらば脳裏に浮かんでくる『仕事』や『良平』を必死に追いやりながら、祥太との会話に意識を集中させた。
「百花さ……」
「ん?」
言い澱む祥太に胸がドキンと跳ねる。
「よければだけどさ……」
「なに?」
「一緒に住まない?」




