第14話 12月19日 金曜日
ああ……まさか、良平の部屋から朝帰りするなんて。今朝、目が覚めたら、良平がこっちを見ていた。微笑むでもなく、じっと見つめられて、ただ目があったまま数秒を過ごした。
「おはよ」と言ったら、
「おはよ」と返してくれた。
「百花、後悔してる?」
「うん……まあ……ちょっと……」
「してんのかよ」
良平は笑いながらベッドから出て、「これ持って行って」と言って、ビニル袋をテーブルに置いた。シャワーを浴びている良平を待たず、私は服を着て家を出た。ビニール袋に入っていたのはカラフルなベーグルたちだった。
「おはよ」
「おはよ」
さっきまで一緒だったけど、そんな風に思えない。
会社で仕事をする良平と、ベッドで裸の良平が、どうにも同一人物とは思えない。
「轟、ちょっと」
部長に呼ばれて、良平が席を立った。きっと昨日のキャンセルの件だろう。本人が一番ショックだったろうに、傷口に塩を塗らないであげてほしい。
私は鞄からラップに包んだブルーベリーのベーグルを取り出した。クリームチーズと刻んだレーズンを挟んで、半分に切ってある。オフィスの一角にあるベンダーマシンでコーヒーを入れて戻ると、良平が帰ってきていた。
「これ、ありがと」と言って、半分のベーグルを渡す。
「ああ。たまたま見かけたから……こうやって食うのか。俺、そのまま食ってみたけど、こんなパサパサのパンのどこがいいんだろうって……」
恥ずかしそうに笑う良平に胸がキュンとなった。
まずい……関係性が変わっている。
良平はただの同僚のはずなのに、私は祥太と付き合っているのに、キュンはまずい。
仕事に支障をきたすといけないから考えないようにして、ベーグルにかぶりつきながらパソコンでメールを確認していると、良平がパーティションの上から顔を出した。
「百花、これ旨い!」
鼻にクリームチーズをつけた良平の笑顔にドキドキが止まらなかった。
夕方、祥太から連絡があって、駅前で待ち合わせをしている。
良平と偶然会うなんてことこれまで一度も無かったから、平気とは分かっているけど、バッタリ会うのはやっぱり気まずくて警戒してしまう。
「百花」
祥太に呼ばれて振り向くと、良平もいた。
「そこで会ってさ、飯、誘ったんだ。今日はどこ行く?って……俺ら、一日おきに一緒に夕食って、どんだけ仲良しだよーって感じだな」
一人で盛り上がっている祥太に苦笑いしている良平。断わってくれればよかったのに。
昨夜と言うか、今朝の事もあって、正直私は心身ともにへとへとだ。早く帰って、今日はゆっくり寝たい。
繁忙期のレストラン街はどこもいっぱいで、予約をしていない3人組が入れたのは、結局ラーメン屋だった。さくっと食べて帰れそうだから、逆にありがたい。私は濃厚味噌に辛味を足したのを頂くことにした。
まずはビールとメンマで乾杯。
一昨日の祥太の言動には腹を立てていた私だけど、良平との隠し事に気が咎めて、祥太の事を怒れない。
「良平さ、美波ちゃんと連絡先交換した?」
「いや」
「してないのかよー、チャンスだったのによー」
「俺はいいよ」
猫舌の良平はラーメンを割箸で突いて、冷めるのを待っている。
「早く食えよ、のびるだろ」
「いいんだよ、それで」
「のびたラーメンなんて、店の人に失礼だろ。さっさと食えって」
「だから、俺はそれでもいいんだって!」
思いがけず、強い口調で良平が言ったので、私も祥太も箸が止まった。
「ごめん、そんな怒んなよ」
「怒ってねえよ」
会話が途絶え、耐えがたい空気の中、3人でラーメンを啜った。
店を出て改札に向かう。私は今さっき食べたラーメンが喉元までせり上がって来るほどに緊張している。週末、祥太はうちに泊りに来ることが多い。だけど、今日は良平もいて……一緒に帰るのはちょっと無理。だけど、ここで祥太を追い返しちゃうと、家の方面が同じ良平と2人きりで帰ることになるかも知れない。それもちょっと無理。
何も言い出せないまま、私たちは一緒に電車に乗り、うちのマンションの下まで来てしまった。
「じゃな、良平」
「おう、またな」
祥太と良平はずっと話していたようだけど、私の頭にはさっぱり入ってこなかった。
「俺、先にシャワー浴びていい?」
「どうぞ」
この流れはまずいなぁ。とか考えながら、無意識に冷蔵庫の缶ビールを開けて飲んでいた。冷たく苦い炭酸が喉を通り、意識が冴えていく。ベッドに腰掛けて、ビールを堪能していると、祥太がシャワーを終えて出てきた。
「また飲んでんの?」
「ん」
「百花もシャワー浴びといでよ」
「うん……今日さ、生理近くて……お腹痛いからできない」
「え。一回だけ、だめ?」
私の体調より、自分の欲求を優先させた彼氏に失望する。
「ごめん」
「分かった。俺、先寝てるわ」
ほっとした。
良平には触られても構わないのに、私の本能が祥太を拒んでいる……




