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Dark in love  作者: あおあん


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13/18

第13話 12月18日 木曜日

「ん、昨日のお礼」


 そう言って、良平が缶コーヒーをくれた。


「昨日のお礼?」

「美波ちゃん紹介してくれたから」

「ああ」


 私にくれたのとは違う缶コーヒーを良平が飲んでいる。


「俺のことなんか言ってた?美波ちゃん」

「いや、なんも」

「そっか」


 これは、良平が美波を気に入ったという事なのだろうか。


「良平は?美波のことどう思ったの?」

「別に」

「なにそれ」


 二人でケラケラと笑っていたら、電話が鳴った。


「はい。クアントレックス、営業部 如月です」


 条件反射で受話器を持ち上げ、口が勝手に動いている。


「轟ですね、少々お待ちください」


 先日、良平が受注した大口案件のお客様だった。

 私の目配せに反応して、良平が自席で受話器を取った。


「はい……はい……」


 断片的に声が聞こえてくるが、内容までは分からない。でも声のトーンでいい話では無さそうだという察しは着く。


「ふぅ……」


 溜め息とともに良平の電話が終わり、私は椅子の背を倒して良平を覗き見た。


「大丈夫?」

「いや……」


 嫌な予感しかしない。


「キャンセルになった」

「……!」


 最悪だ。あの数字が無ければ、良平は今年の売上ノルマを達成できない。その場合、ボーナスは見込めず、年収が昨年よりだいぶ落ちてしまう。


「なんで?」

「いろいろ言ってたけど、本当かどうか……ま、仕方ないか」


 良平は缶コーヒーをグイっと飲み切って、缶を捨てに席を立った。


 来週はクリスマスだ。私たち外資系企業は海外にいる外国人の同僚と一緒に働いている。彼たちはクリスマスから年末にかけて休暇を取ることが多く、日本人は年末から正月明けまで休みになるので、年末の会社の稼働日は少ない。この時期にノルマの未達が確定してしまうと、もう挽回できない。


 やるせない気持ちでパソコンに向かい、自分の仕事を開始した。




「終わった?」

「ああ」


 19時半、私たちは一緒にオフィスを出た。

 落ち込んでいるであろう良平を励ましたいけど、無表情のままポケットに手を入れて歩く良平にどんな言葉を掛けたらいいのか分からない。


「なんか食ってく?」

「うん。そうしよ」


 駅前の飲食店はどこも賑わっていて、あの明るい雰囲気の中で食事をする気になれなかった。


「ねえ、またお弁当でも買って家で食べない?」


 言ってから、良平と寝てしまった夜のことを思い出して、急に恥ずかしくなった。


「ごめん。誘ってるとかじゃないんだけど……」

「誘ってるんじゃないんだ」

「そうだよ。元気ないから、ご飯とか食べないで体壊しちゃうといけないし、ほら、愚痴とか文句とか悪口とか言いたいじゃん?ネネロンじゃ相手にならないでしょ?」

「ははは。ありがとう。ネネロンに会いに来る?」

「行く!」


 少し笑顔に戻った良平にほっとした。今日は私の家じゃないというのも安心要因だった。食事が済んだら帰ってくれとは言えないけど、私が良平の家から帰ることはできるから。二度目の過ちはまじで笑えない。


 前回と同じスーパーで各々の買い物を済ませ、良平の家に向かった。

 最後に来たのは今年の夏、預かってたネネロンを返しに来たときで、一瞬上がらせてもらったとき以来だ。


「こんばんわ~」

「ニャア」


 グレイのアメショー、気品高そうな歩き方をする高齢の猫が出迎えてくれた。私のことを覚えていてくれたみたいで、足元をすりすりと歩き回っている。


「かわいい~」

「ニャア」


 一通り撫でまわしてから、洗面所で手を洗い、キッチンでお弁当を温める。

 先に食べ始めている良平の向かいに座り、缶ビールで乾杯をした。


「俺も転職すっかな」


 急な告白にビールでむせそうになった。


「え?今日のが原因?」

「前々から考えてはいたんだけど、でもなぁ~はあ~やっちまったなぁ~」


 大きな溜め息の理由を聞いてみる。


「直近の年収がベースになるんだよ」

「転職ってそうなの?」

「全部じゃないと思うけどさ、俺みたいにキャリア転職って程でもない人材は評価基準が曖昧だろ?だから、現職の給料よりいくら上がるかみたいな感じっぽいんだよ」

「あちゃ……」


 3年前に吸収合併された私たちの年収は、ボーナスを除くと大きく下がっている。良平の言っている『現職の給料』が基本給であることは明らかだ。出来高のボーナスを加えてようやくトントンの交渉ができるだろうに、今回の失注によるノルマの未達は痛いよね。


「ああ。やる気起きねぇな」

「ホントだね」


 なんだか私までお弁当が喉を通らない。


「百花は転職とか考えたりしないの?」

「私は……できればあまり変わりたくないんだけど、私が変わらなくても勝手に環境が変わってしまうから、もういっそのこと自分から変わってもいいのかなって思い始めてる」

「また祥太が春から同僚になるかもだしな」


 そうだった。他言無用な情報網から知ってしまったが、祥太の会社が私たちの会社に買収されそうになっている。


「今一緒に働いてるやつらさ、皆、給与交渉が違ったらしいんだ」

「へ?」

「俺たちは買い叩かれた悲惨な部類だけど、給与額そのままスライドとか、なんなら福利厚生の調整とかで好条件で移ってきた奴らとかいるらしい」

「げ……ずるくない?」

「だよな。もし祥太の会社が良い条件で買収されてきたらさ、俺、普通に話せる気しないかも」

「分かる」


 あの時、今の会社が新しい給与のオファーレターを出してきたとき、私たちには選択肢があったのだ。サインをして移籍するか、サインをせずに退職するか……だから、今の選択は私たちが自分で選んだ結果であって、誰かに強要されたものではない。


「ああ、もう、だる。考えるの、だる」


 そう言って良平が食べ終わったお弁当の容器をシンクに投げ入れた。そのまま立って、冷蔵庫から新しい缶ビールを手に取った。


「百花も?」

「うん」


 2本目のビールを私の背後からテーブルに置いてくれた。


「ありがと」と振り向くと、良平の顔が目の前にあって、キスされないように慌てて顔を逸らした。


 良平が私を優しく包む。うなじに顔をくっ付けて、匂いを嗅がれている。


 動けなかった。「やめて」と言うべきところだった。でも、言わなかった。


「この前、買ったの、まだ残ってるよ」


 コンドームの事を言っているのだと分かった。




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