第12話 12月17日 水曜日
週末の祥太の失言を許せずにいる。『バイクなんか』って言った。売っちゃえ?ランニングシューズを選んでやる?意味が分からない。彼女と一緒に走りたいのなら、そもそもそういう人を探せばいいのに。イライラが収まらないまま仕事に励む。何気に捗る。
「なんか、ここんとこすげぇ集中力発揮してんね」
良平がブースのパーティション越しに話しかけてくる。
「そうかな。いつも通りだけど」
「嘘つけ」
ちょっと笑ってしまった。
「実は祥太にムカついてて……」
「知ってる」
「は?なんで?」
「祥太から連絡あった。百花が怒って口きいてくれないから、今夜、一緒にメシ食い行こうって」
「はぁ……断わっていいよ、それ」
祥太の会社はただの年末で、そんなに忙しくないかもだけど、こっちは決算月で大忙しなのだ。良平だってそんなのに付き合ってる時間なんて無いはずなんだから。
「行きたいんだけど」
「へ?」
「百花のお友達のレストランだって。フレンチ食べてみたい」
「ああ」
「美波ちゃんて子を紹介してくれるって言うしさ」
「え。紹介して欲しいの?」
「別にいいだろ。紹介くらいしてくれたって」
「まあ、そうだけど」
しばらく彼女とか要らないって言ってたじゃん。って喉まで出かかって飲み込んだ。
「8時には終わらせるから、連れてってよ」
「分かった」
さっきまでは祥太に苛立っていたのに、今は良平に苛立っている。美波を紹介したら、付き合うのかな。こんなに気になるんだから聞けばいいのに、私は素直になれない。
「ここだよ」
先に行って一杯やっているという祥太に遅れて、良平とLe Nidに到着した。
「百花!来てくれてありがとう!」
小動物のようなパチクリとした目を瞬かせながら、美波が出迎えてくれた。
「同僚連れてきたよ。良平。この子が美波、昔からの友達」
「美波でーす。今日は来てくれてありがとうございます」
「あ、ども」
不愛想にも程があるだろ、と突っ込みたくなるような挨拶に吹き出しそうになった。
「こっち座れよ。料理はいくつか頼んであるから」
「おう」
赤い顔をしてワインを飲んでいる祥太のテーブルに着く。
「私はビールちょうだい」
「俺も」
「はーい。今すぐ持って来るからね」
美波は私と祥太の仲が険悪になっているとは思ってないだろう。
「まだ怒ってんの?」
ビールを待つ間に祥太が話しかけてきた。
「別に」
目を合わさず、ぶっきら棒に答えた。
「お前、百花に何言ったの?」
おっと。何があったかまでは良平も知らないんだね。ちょうど良い。どっちがまともな主張をしているのか判断してもらおうじゃないの。
「私に『バイクなんか売っちゃえ』って言ったんだよ。そんでもって、ランニングシューズ選んでやるから一緒に走れってさ」
「ま、じか、よ……」
「だって、彼女がバイクで事故ったらって、心配するのは当り前だろ?走るのなら体にいいし、彼女と一緒に走ったら楽しいだろ?何か変なこと言ってる?俺」
そこへビールを運んできた美波が参戦してきた。
「祥太君は百花を心配して言ったんだね。愛されてる証拠じゃない?」
「やめてよ」
それを愛と呼ぶのなら、祥太が愛しているのは私じゃなくて、一緒に走ってくれる女性って事になるでしょ。
「いや、百花が好きなら、バイクに乗ってる百花ごと好きじゃなきゃ変だろ」
「良平!」
私が言って欲しかったことをズバリ言い放ってくれた良平にグラスを掲げる。分かってくれたことが嬉しかった。
「だよな。乾杯」
良平と乾杯し、ビールを喉に流し込む。
「ぷはぁ~。仕事終わりの一杯、最高」
「まじで、それな」
「なに、お前ら仲良過ぎじゃない?」
祥太がじっとこちらを見ている。やましい気持ちを持ち合わせているからか、視線に耐えきれず姿勢を正す。
「そうか?思ったんだけど、祥太さ、それってモラハラじゃね?人の趣味にケチつけて、自分の趣味に付き合えっつってんだろ?そんなんアウトだろ」
「んなことねーよ。な?美波ちゃん?」
「う、うーん」
美波はどっちつかずの返事をしながら、厨房に引っ込んでしまった。
「そんな事よりさ、良平、美波ちゃんどう?可愛くない?」
「可愛い」
「彼氏欲しいってさ」
「へえ」
祥太にとっては私の怒りは『そんな事』でしかないのかと、またしても勝手に傷ついてしまった。
「どうせお前も彼女いないんだし、美波ちゃんと付き合っちゃえば?」
「いや。いいや」
「なんでだよ。お前、ここまで何しに来たんだよ」
「祥太と百花と飲みに来ただけだけど」
ひょっとして、私と祥太に何があったか聞き出すために来てくれた?とか、自分に都合のいい事ばかり考えてしまうけど、さすがに自惚れてるよね。
「俺さ、今日、飲み過ぎたから先帰るわ」
「え?誘っといて何それ……」
「誘ったのって、良平と美波ちゃん会わせるためだし、もう目的達成したからな。俺、明日も仕事だし、悪いけどお先に」
祥太は自分の分だけ会計を済ませて帰ってしまった。
「余計なこと言って悪かった」
「そんなことないよ。言ってくれてすっきりしたよ」
「彼女がバイクに乗るのは心配するくせに、他の男と残していくのは心配しないのな」
「……」
美波がお代わりのビールを持って来てくれた。
「これ、お詫びにサービス」
「ん?なんの?」
「百花、ごめんね。なんか、私、祥太君の味方みたいなこと言っちゃって」
「気にしてないよ」
「百花と祥太君でも喧嘩するんだね」
「ここまでの言い合いは初めてかも。これまでも何度かカチンと来たことはあったけど、今回は我慢できなかったんだよね」




