第10話 12月9日 火曜日
通勤途中の街並みはクリスマスムードで染まっているけど、私の心はこんなには煌びやかじゃない。重たい足を引きずるように、祥太と並んで歩く。
「百花、大丈夫?なんか、元気ないね」
「あんまり大丈夫じゃないかも」
日中、良平と隣のデスクで仕事して、仕事終わりに彼氏である祥太と会う。二人の男性をいろんな意味で比べている。居心地、経済条件、体の相性……自分の最低さに嫌気がさす。
「どーした?」
「実は大好きな……ベーグル屋さんが潰れちゃったの……」
「あ、あぁ」
「なに、その『なんだ心配して損した』みたいな顔!ヒドイ!」
「あ、あぁ」
口から出まかせってわけでもない。平日の朝、楽しみに食べていたお気に入りのベーグルショップが、週末行ったら無くなっていた。あまりチェックしてなかったから気づかなかったけど、お店のHPには『閉店のお知らせ』が掲載されていた。
「もう……ショック……気に入ってたのになぁ」
「ベーグルって、あのドーナツみたいな形のパンだろ?」
「ん。それ」
「どこでも売ってんだろ?」
「あそこのがいいの!」
「そりゃ……お気の毒さま……」
「もうっ」
きっとこの喪失感は他人とは共有できないのだろう。かくいう私も、他人が同じようなことを嘆いていても同感してあげられる自信はない。嘘臭い共感をぶって同情されるより、あっさりとしたこの態度が実は気持ちがいいのかも、と思ったりもする。
「俺、作れっかもよ?」
「え?そんなことできんの?」
「ネット検索すれば、大抵の物は作れるよ」
美味しいベーグルを手作りしてくれる彼氏。これは高ポイント……いやいや、人をポイント加算で評価するなんて、まったく、最近の私は本当どうかしてる。
「ありがと。でも……別のお店探してみるよ」
「あ、そ?それよかさ、今週末空いてる?」
「うん。なんで?」
祥太は少し照れくさそうに目線を逸らし、鼻の頭を掻きながら言った。
「いつも一緒に走ってる奴らとさ、忘年会しようって話になってて……そんでさ、パートナーがいる奴は連れて参加って話になってて」
「うん。お邪魔するよ。場所とか、後で送っておいてね」
駅近の定食屋に入る。
平日だし今日はそんなにお酒を飲む気分でもない。
「トレーニングは順調?」
祥太は年明けにハーフマラソンに出場する為、練習に励んでいる。
「まあまあ、かな。ハーフなら前にも出たことあるし、理解のある彼女のお陰でちゃんと練習できてるし」
「なにそれ」
「仲間にいるんだよ。彼女がトレーニングより自分との時間を優先しろってうるさいから、二回に一回しか練習参加できない奴が」
「え。ひど」
「な?引くよな。四六時中走ってばっかって訳じゃないし、週末に半日くらい自分の趣味を楽しむ時間があっても良くないか?って、そんな話してて、週末、みんなで会おうってなったんだ。そのカップルも来るから、よろしくな」
『よろしくな』と言われても、何もできないけど、とりあえず『うん』と返事した。
祥太はなんだかんだ言いながら、刺し盛り定食にオクラと山芋のトッピングを付けてヘルシーな物を注文し、私はトンカツ定食をご飯大盛でガッツリ食べた。
「じゃ、送って行けなくて悪いけど」
「大丈夫だよ。いつも一人で帰ってるよ」
ケラケラと笑いながら駅で別れる。
いつからだろう、祥太とさよならするのが寂しいと思わなくなっている。
「ちょっとビールでも買って行こうかな」
渡らなきゃいけない信号を通り過ぎ、スーパーに足が向く。
「飲み過ぎんなよ」
「ひぇっ」
不意に掛けられた声に驚いて、体がビクッとなった。
「驚かせて悪い。そんなつもりじゃ……」
「良平……今、帰り?」
「ああ、駅でお前を見かけたんだけど、なんか声掛けらんなくて、真っ直ぐ帰ると思いきや、スーパー行くんだろ?俺もだから……」
「そっか」
並んで下を向いたまま歩調を合わせる。
「百花はもっと早く会社出ただろ?」
「うん。祥太と夕飯食べて来たの。せっかくノンアルで過ごせそうかな、って思ってたんだけど、どうしても飲みたくなっちゃって、へへ」
今日は私はお弁当は買わない。『一緒に食べる?』とか『家来る』とか言うはずない。言うわけない。今日は何も起きない。あの事には触れない……
「この前の事だけどさ」
私は話したくないんだけど、良平は話したいってわけか。
「俺さ、なんかムラムラしたって言っただろ?」
「うん」
「それ以上でも以下でも無いんだけどさ……これからどうする?」
「どうするって?」
「酔った勢いとか、一時の気の迷い的な感じで行く?」
「それ深堀ってどうすんの?」
「いや、なんか、中途半端って気持ち悪くないか?」
「でも、真面目に向き合ったら、それはそれで何って言うか……」
「面倒くせえか」
「うん」
「そっか」
祥太と別れる気はないし、良平と付き合いたいわけでもない。
私にとって、考えないのが一番いいように思える。中途半端で気持ちが悪いと感じている良平には申し訳ないけど、私はあの夜の出来事とは向き合いたくない。
それぞれに買ったスーパーの袋をぶら下げて互いのマンションの中間地点で別れる。
「じゃ、明日な」
「うん、お休み」
良平とのさよならを、ほんのちょっぴり寂しいと思ってしまった。




