8/邂逅:鎧の廻廊《アデメルドウワン》にて(8)
「やはり……これも、あれも、それも……《魔女》の仕業なんじゃあないかぁ――」
何処からか声が聞こえる。イズクとルリリルが声のする方へ視点を移せば、そこにはとんでもない光景が広がっているのだ。
「こんなところにまで現われて……あのままジッとしていればいいものをさぁ」
起き上がる――死体が。
ロレイメリアの首は確かに刎ねたはずだ。両手も祈れぬように落とした。
確実にその《聖女》はイズクの手によって活動を停止させたはずなのに、切り落とした断面から黒い泥のようなものが溢れ、泥は落ちている首と両手を繋げようとしている。もはやそれは《聖女》と呼ぶにはかけ離れている。
「クロウディア・アルカナ・ルンセント……」
イズクは知っている。それは《第四位》――クロウディア・アルカナ・ルンセント。
イズクの《聖女》の名を奪い《魔女》の名を被せた《聖女》の一人である。
死んだはずのロレイメリアが起き上がり、厭味を言い、気味悪く嗤うそれを見てイズクの内に燻る憎しみの炎が燃え広がる。
それはイズクがまだ《聖女》と呼ばれていた頃、共に人類を救済すべく数多くの《堕天》を斃したのは《一桁位》の《聖女》たちだった。
《第一位》から《第六位》で構成された聖女パーティが存在していた。だが《第六位》であるイズクを《魔女》に仕立て上げた最も忌むべき敵がそのパーティなのだ。
「おはよう《第六位》――ずいぶん長いこと眠っていたみたいで」
黒い泥が首と両手を繋ぎ、黒い涙を流しながらロレイメリアの身体で話しかけてくる。
「おはよう《第四位》――ぐっすり眠っていたから最高の気分だ。今すぐ殺しに行くから場所を言え」
「ずいぶん口が悪くなったね。ボクたちといっしょにいたときは慈愛に満ちたシスターみたいに優しかったあの《第六位》が見る影もないや」
大袈裟に両手を広げたまま、嘆くようにそんなことを言ってはいるが内心そんな感情は微塵も無いことをイズクには解っている。
「こうなってしまったのは《一桁位》のおかげだよ。ありがとう……生きる意味を残しておいてくれて」
復讐するという、意味を。
「正直なところボクはもうキミに興味ないからさ。まぁ、もしも会えたら殺し合おうよ」
少なくとも《第四位》はイズクと対面した際は逃げることはしないと言う。
「あら? もうダメそうだなぁ……これ。《薬》の効果が切れるの早いねぇ」
そしてロレイメリアの身体が少しずつ崩れ始める。謎の《薬》を投薬して《奇跡》の性能は格段に上がりしかも殺したはずの肉体を繋ぎ止めて復活する時点でそれはただの異常だ。
そもそも他者の身体を介して話しかけてくるのもまるで魔法のようだ。だがそんなことを可能に出来るのが《第四位》の《奇跡》なのである。
イズクは知っている。《第四位》であるクロウディアの《剤ぜり薬》――聖女パーティにいた頃はクロウディアが様々な効果を施した《薬》を想像し創造することができた。
《堕天》に通用する毒を作れる。人智では治せない病も治せる。まさに《聖女》として《堕天》を斃すことも、人々も救うことも出来ることで完璧な立ち回りを行える《奇跡》の所持者だった。
「私といたときはそんな《薬》は使ってなかった」
しかしただでさえ様々な効能を司る《薬》を使えるクロウディアだったが、《奇跡》を更に強くしたり《奇跡》が使えぬ者が《奇跡》に目覚めるようなそんな《薬》は見たことがなかった。
あまつさえ死んだ人間が生き返るような《薬》などおぞましい。しかもその投薬した人間の意識まで奪ってるのは文字通りの奇跡の力としかいいようがない。
「そりゃあキミがいなくなってから作ったからね」
「なんでこんなものを作る?」
ボロボロと崩れていくロレイメリアの身体を使ってクロウディアが目的を話す。それはもう本当に下衆めいた願望。
「キミみたいになれる《薬》が作りたいんだよ。いやぁ~……キミがいなくなってくれて本当によかった」
いなくなってよかった――いなくしたのは貴様らだろうにと、イズクは貫くほどの眼光を敵に向ける。
イズクの《第六位》の《奇跡》は死なないという異能。他の誰かは言うだろう。死ねないなんて羨ましいと。イズクにとっては何も羨ましいことではないが。
だがクロウディアはそんなイズクの持つ《終わら不》の《奇跡》を再現するためだけに自身の《奇跡》を行使している。
「ならそれが完成する前に……お前ら《聖女》たちを殺せばいいだけか」
それがなんであれ《聖女》に反逆する為にイズクは生き返った。復讐を果たす為ならば如何なる方法をも選べる。
「う~ん、無理じゃない? ああ、そろそろ時間だし行くよ。こいつはもうダメみたいだしね」
他の《聖女》を消耗品のように扱うその口ぶり。ボロボロと崩れて止まらないロレイメリアの命は無理やりに延命され、そして時間と共に終わる。
「ああ、そうだ……」
ロレイメリアの身体を奪ったままのクロウディアが何か忘れ物をしたような言い方をして――仰々しく両手を広げ、そしてその手が天に向かう。両手が振り下ろされる。
その両手を合わせ、手を組み、イズクは自分の考えを浅さを呪った。身体を奪えるのなら《奇跡》だって――――
「《亜人よ、自害しろ》」
クロウディアが操るロレイメリアの身体はそのまま《奇跡》も使用する。首も両手も繋がっているのだから祈る仕草も出来る。使用条件は満たせている。
そしてその言葉を聞いたルリリルが虚ろな目をしたままポケットからナイフを取り出して、一切の迷い無くその言葉の通り心臓に刃を突き刺したままその場に倒れた。
「あ、あれ……?」
何が起こったのか見当もつかずルリリルは自刃したことを理解できず、そのまま心臓に突き立てた刃を見つめたまま動かない。もう、動けるはずもない。そのままぐったりと倒れてしまう。
「クロウディアァァァッッッ!!!!」
血を吐くような咆哮。絶叫は壁を割るほどに劈き、ただ怨敵を殺すためだけに名を叫んだ。
イズクの指先が赫黒く瘴気に染まり、今すぐにでも崩れてしまうはずのロレイメリアの胴体を手刀で貫通させていた。
「あはは~、キミはさぁ、いつもそうやってひとりでいる方がお似合いなんだよ。いい加減気づけよ」
イズクがロレイメリアと対峙していた時、彼女が《薬》を使ったその瞬間からクロウディアはロレイメリアの視界からこちらを監視していた。
イズクを《聖女》であると信じて止まない者を。他の《聖女》は《贋者》であると告げたことも。なら《第四位》もまた《贋者》ということになる。それを聞き捨てることは到底クロウディアに出来るはずもない。
「キミに信者なんて要らないだろう?」「いいや、違うな」「それよりもキミを信じるような真似をするヤツを殺す」「ボクたちの邪魔になるなら殺す」「これでキミを信じる者はいなくなった」「こうしてキミはまたひとりになった」「キミの旅に従者はいらない。これまで通り、これからもその通りにひとりでずっと果たせやしない復讐の旅を続けていなよ」「もとより何もなかったキミだ。その方がらしいだろうに」「それではさようなら」
捲し立てるように喋り、腕も足も崩れていくロレイメリアの身体。もう時間は残り少ない。
「どうして、私をこんな目に遭わす……どうして、私から全てを奪おうとするんだ――」
世界の為にこの身を捧げたつもりだ。戦う力は無かったから呈することしか出来なかった。他者に幸福を与える《奇跡》も傷や病を治す《奇跡》も無い。
だから施しを授けることもできないイズクを信仰する者はいなかった。そして一方的に悪意の元凶に差し替えられ《聖女》の名を《魔女》に書き換えられた。そんな変わり果てたイズクを前にしても笑顔で《聖女》だと信じてくれた彼女まで奪う。
何度奪えば気が済むか。何回苦しめれば満足か。
「ははは」
しかし微塵と化していくロレイメリアの身体を通して、最後までからかう様に口を開けば、
「悪役にいちばん適任だからだよ」
それはイズクを納得させる理由にはならない。しかしこれ以上の問答をすることは叶わない。
そして粒子のように砂となってロレイメリアは《第九十三位》としての聖女の役目は完全に終わった。塵になって、遺体も残らない。悲惨な末路だった。
空間から音が消え、イズクだけが置き去りにされた。横たわる黒猫の少女にふらつきながら近付いていく。
「ルリリル…………」
知るべきことがあった。
知らねばならぬことがあった。
そのための手がかりだった。
やっと見つけた端緒は自らの手で終わらせた。
その全てをかなぐり捨てて、イズクはルリリルの方へ向かった。
「せ、せいじょ……さまっ…………」
ルリリルの手にナイフは持たれたまま、ルリリルの心臓にしっかりと刃先が突き刺さっている。
ごふっと口から血を吐き出しながら、ゴロゴロと喉を鳴らしている。そして赤く広がっていく血液を前にイズクはこの小さな少女の行く末を理解してしまう。
「私は、聖女なんかじゃ……ないですよ」
結局、こうなる。
また、こうなった。
理不尽に襲われ、理解できぬままに失い、相も変わらず孤独にされる。何をした。私が何かしたか――と、横たわるルリリルに向かって嘆きの声を漏らす。
「私は、聖女なんかじゃあ……」
一人の少女も守り切れなくて何が《聖女》だ。ましてや《魔女》ではなく《聖女》だと慕ってくれた少女を、だ。
手のひらを見つめる。
少女の命が手のひらに大きく広がっている。胸に突き刺さった刃を引き抜けば、更に零れることだろう。だが刃を抜こうが抜くまいがこれ以上血を流しているのでは結果は同じ。
また何も知らないまま、奪われた。
――奪われた。
腕を振り上げる。しかし、その腕は虚空を彷徨ったまま放たれることはなかった。そのまま両手でルリリルを抱きかかえる。
――奪われた。
どうする。
復讐を果たす為に、ここにいる。どのような道程であれ、いかなる過程であれ……《聖女》は全て殺す。
だから、今は、もう、
「――《魔女》でいい」
ルリリルの身体の熱が失われていくのを肌で感じながらイズクを意を決する。下唇を噛み締め血が口元を滴っている。しかしその血は赤くはなく黒い。
イズクの内に包み込まれた瘴気は《堕天》さえも侵し殺すことの出来る猛毒であり、骨もまた触れるもの全てを溶かし腐れせる刃と化す。だが、それは《奇跡》ではなく腐れた竜の瘴気によるもの。なら、その竜はなんだ。
「私の《奇跡》は施しを与えることはできない」
今からする行いを――この子は赦してくれるだろうか。いや、恨んで欲しい。この行いは自分の善がりによって始めることなのだから。
「――――ん」
そして口内に溜まった赫黒い血をルリリルに口づけをして移すのだった。ルリリルの光が抜け落ち瞳が、黒い色を灯している。深い紫がかったはずの青い瞳の色は失われていく。
「私の《奇跡》じゃどうにもならない……でも、この《七虹》の力なら――――」
イズクの《奇跡》とは違う内に秘めた瘴気――世界を終焉に導いた腐れた竜の正体はあのおとぎ話の《神話大戦》における人類史を繋げる為に戦った七つの竜――《七虹》の一翼であった。
「ひとりに、しないで……」
誰に向かって言ったことばなのか、もうそれは聞こえない。
だけど《第六位》だけが知っている。
ここからが本当の復讐の始まりだと。
お前たちの思惑通りになど、させてたまるか。
呪われろ。呪われろ。呪われろ。呪われろ。
全ての、聖女よ――――呪われろ――――
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