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52/終章:おはようございます、聖女様

「今日で四年と三か月と五時間二十一分三十四秒か」


 それは、何の時間なのか――


 まだ朝焼けの来ない夜が残る地の上でアルフォーリアが空を見上げたまま、理解に苦しむ言葉を呟いている。


「それ、いちいち言わないと……ダメなのか?」


 そんな様子を怪訝そうに見つめる《第三位》――いや、今は()()()ゴルディルがそう言った。


 《第三位》と呼ばれていた《聖女》の面影はもう無かった。鎧は脱ぎ捨て、ただ一本の剣を腰に掛けているだけだ。

 

 あの後、彼女は《聖女》を辞めた。


 《第四位》に喩え操られていたとして、それでも心の隙間を狙われたのは未熟な証だった。《第六位》を《魔女》と仕立て上げ《第四位》に力を貸した時点でゴルディルは道を違えた。


 そして本来ならば《薬》によって操られた者の末路は決まって溶けるように死んでいくはずだった。しかしそれはアルフォーリアの《白銀(はくぎん)》の力により救われた。


 アルフォーリアが願い刃を放つことで成就される一太刀。


 アルフォーリアはゴルディルを斬ったのではなく、彼女を操る《薬》を斬った。


 しかしゴルディルが《第四位》に加担したのは事実だ。責任を取ったところでもう取り返すことはできない。それでも、今は《聖女》の肩書は捨てて、探求者として彼女は各地の廻廊(ダンジョン)に足を運んでいる。


「しかしお前の力ならば《第六位》を助けてやれただろう。同じように、してやればよかったじゃないか」


 だからアルフォーリアの背中に向かって、ゴルディルは言う。あのままイズクを行かせず、内で暴れるクロウディアだけを斬ってしまえば解決したのではないか。


「あの人の選んだことに口出せるかよ」


 《第六位》はそれだけを願っていた。


 喩えそれが正しい選択だったとしても、アルフォーリアはそれを選べなかった。


 ここまで来るために、全てを失ったイズク・フォーリンゲインの最後の旅路を邪魔することはできなかった。


「それよりアンタこそいいのかよ、こんなところにいてよ」

「もうワタシは《聖女》ではない……お前と同じ探求者だ」


 ゴルディルは《聖女》ではなくなったが《奇跡》を消えたわけではない。これまで通り力を行使することが出来る。ならば次は正しい使い方をすればいいだけだ。


「《第六位》が帰って来る場所を……守るのだろう」

「ああ、信者(あいつ)が必死こいて()()()()()形にしたんだ。まだ四年と少しじゃ何も変わらないけどさ――」


 まだ世界は何の変化も起きてはいない。


 そんな短い時間の中で懸命に生きている。


 そして数少ない信者たちは常に待ち続ける。


「あと、俺は探求者じゃない……聖女騎士だ――」


 夢が叶った今はもう名乗る二つ名はそれだけだ。そして今はそんな守るべきあの人が帰ってくる場所を護っている。


「それより、いいのか? 俺に力を貸したままでさ」


 アルフォーリアはそっと銀の長剣に触れる。


『……あの《聖女》は、(ワタシ)旧友(とも)を救ってくれたヒトだ――まだ礼も返せていない。だから、もう暫くは付き合うさ』


 《七虹(セブンスヘブン)》が一翼である《白銀(はくぎん)》は今もアルフォーリアと共にいる。そして未だなお力を貸してくれている。


 ひとりの《聖女》が人類史から忘れ去られたとしても、こうして何処かで誰かを救っている。それはおとぎ話の竜さえ救う。


 だから《第六位》の行動は間違っていない。


「俺の聖女様は、すごいだろ」

『ええ』


 《白銀》は即答し、アルフォーリアは驚いていた。


「じゃあ、もう暫く俺に力を貸してくれ《白銀》」

『ふふ……(ワタシ)も、もうこの先がどうなるか気になったよ――それに……』


 最後の生き残りである《七虹》である《群青(ぐんじょう)》に《白銀》はまだ邂逅を果たしていない。いつかまた出会えることを信じて、《白銀》は祈る。


 きっと、また、何処かで――


「おい、アルフォーリア……」


 そしてアルフォーリアの肩を小突くゴルディルに「なんだよ……」と勢いよく振り返れば、


「――――――――――――――――あ」


 アルフォーリアは現実を受け入れるのに時間を要していた。だから時が止まったかのように硬直している。


 聖女を護る騎士たるもの――そこで涙を流すわけにはいかない。


 夢があった。


 叶わぬと、嘆いた。


 しかし諦めなかった。


 そして繋いだ。


 また再びここから始めればいい。


 アルフォーリアは取り戻した。


 だから、もう手離すことはない。今度こそずっと隣で、護り続けようと誓う。


 そしてアルフォーリアは大きく息を吸い込み、正面を向いた。


「おはようございます――」


 まるで最初から、そこにいたように――いつものように、共に恐ろしい夜を越え、優しき朝を迎えたように、アルフォーリアは挨拶を交わした。


 そして――――黒衣が、そっと揺れた。

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