50/最果:《第六位》だけが知っている(4)(終)
「聖女さまっ!!!!」
これは私が描いた妄想か。
全てを終えて、アルフォーリアたちがいる場所へ戻ったとき、黒い布に身を包むルリリルが涙を浮かべてイズクに飛びついた。
半身は竜のままだというのに、そんな姿に臆すことなくルリリルはイズクの身体に簡単に壊れてしまいそうな矮躯で抱き締めている。
「どうして……ルリリル……あなたは……」
《堕天》の活動のためにその身を取り込まされ、イズクはただ優しく殺すために――ルリリルの心臓を動かす《赫黒》の力の供給と止めた。
灯火に息を吹きかけるように終わらせたはずだった。
『火を消すということは、点けることもできる』
だが、思えばそんな簡単なことにイズクは気付けず頭の中で響く《赫黒》の言葉に納得させられてしまった。
「そう、そうか……そう、だよ、ね……」
半身は竜と化したイズクが全身でルリリルを抱き締めることは出来なかった。だから、まだ人としての形を失っていたいない片腕でそっと、そっとルリリルを抱き締めて、
「痛いところはない……だいじょうぶ? ごめん、ごめんささい……あなたを、ひどい、目に――――」
ここまで連れてきたのはイズクだった。
ここで恐ろしい目に遭わせてしまったのもイズクだった。
自分の弱さが、選択の間違いが招いたことだ。
だけどルリリルは力いっぱい首を左右に振って、
「帰りましょう……」
ルリリルの言葉に、イズクの心は温かくなる。
だけど、イズクは選んだ。
全ての決着をつけるためにここまで来た。
だから、イズクはゆっくりとルリリルの身体から離れていく。
「クロウディアはまだ私の中で苦しみながら生き続けてる」
竜の半身は戻らない。
人の形に戻れない。
それは、もう決まっていたことだ。
アルフォーリアは《白銀》の力を使っても、剣を離せば人の姿に戻れる。
「私はもうこのまま、ここで……静かに眠ろうと思う」
だけど、イズクは――もう、戻ることは出来ない。
「どうして、そんなこと……言うんですか」
突然のイズクの残酷な言葉にルリリルは目を見開いたまま嘆いた。
「私の復讐は……まだ終わっていないんだ」
イズクは《第四位》を喰らい、そしてそのクロウディアは《堕天》と化し、死ぬ手前で再生を繰り返している。それが終わるまでは、イズクはこの姿のまま――
「《堕天》と化した《聖女》なんて……この世界に解き放ってはダメだ。だから、私がここで、私の中で殺す」
《極光》の声を受け入れた者は《堕天》と化す。しかし《聖女》がそうなった事例はいまだ無い。このまま解き放ち、力を取り戻せば世界がどうなるか。
人類のことなど、どうでもよかった。
復讐を、果たせばそれでよかった。
もっと別の殺し方を選べばよかった。
だけど、それでも――
「ルリリル、私はね……本当に全てを救いたかったんだ。《聖女》として選ばれて、使える《奇跡》は死ねないだけの出来損ないだ。皆の力を借りなければ誰も助けられない。だけどね、本当なんだよ」
《魔女》と呼ばれる前から、それだけは変わらない。
最初は家族のために、この身を捧げただけだった。
貴族でもない平民の私が、家族のために《聖女》となって盾になれれば――そう、思っていただけだった。
しかし死ねないだけの《奇跡》しか持たないイズクが、世界を見たとき《奇跡》すら持たない者が差別され、奴隷にされているおぞましい光景を見せつけられた。
「全てを救いたかった――だけど《聖女》は人だけを救っている。なら、亜人はどうする……私は、どうして……」
たかが一人、海に小石を投げるように何の意味も為さないことは解っている。それでも動かずにはいられなかった。
「私を誰の役にも立てなかったかもしれない……だけど私は自分の行動に後悔はない。それが《第六位》としての聖女の本心だ」
《第四位》をただ普通に殺しても、彼女がただ静かに黙って死ぬはずがない。何かしらの奸計を用いて来るならばそんな危険な存在は自分の中で消し去ったほうがいい。
案の定、《堕天》と化したクロウディアは自身の《奇跡》によって精製した《薬》と《堕天》の力によってイズクのような終わらぬ身体となっている。
イズクの中で暴れている。
竜の姿のままなのは、このままイズクの身を食い破り、世界に解き放つことを阻止するためだ。瘴気を浴びせ続け腐らせることで弱体化させている。
イズクの瞳から黒い涙が流れている。
「ルリリル、おねがい……私、ほんとうに酷いことばかりしてる……でも、でもね……待ってて、ほしい」
人類史など死にさらせ――そう、思っていた。
だけど、今は違う。
涙の痕が黒く滲んだまま、イズクは一歩、ルリリルから離れていく。
「……私は、必ず信者の元に帰るよ」
世界よりも、大事なものを護るために今だけは暫しの別れを。
「私を信じて……くれる?」
優しく微笑むイズクを前に、それを拒絶することなどルリリルにはできなかった。
「アルフォーリア」
そして今までずっと静かに見守っていたアルフォーリアにイズクはそっと声を掛けて、
「ありがとう。聖女騎士が繋いでくれた結末だ」
「では……必ず、帰って来てください」
それがいつかは、わからない。
だけど、イズクは力強く頷く。
「俺は……聖女騎士だから――守るべき貴女がいない世界で剣を振るのは、もう嫌だ」
夢を抱いた頃、それはすぐに打ち砕かれた。
《魔女》と呼ばれ、この世界から消失したと思っていた。それでも諦めきれずアルフォーリアは戦い続けた。
だからこうして再びイズクと出逢うことができた。
しかしまた別れてしまうことが心苦しい。けれど選んだのは《第六位》だ。アルフォーリアもまたイズクを止めることは出来ない。
「聖女さま」
だからお別れは、言わない。
「待って、ます……」
涙は止まっていた。
「聖女さまが、守ってくれた――リルリの村で」
イズクは振り返り、ルリリルの顔をじっと見つめて、
「でも、それは……」
確かにルリリルがこの世に生まれることが出来たのは《聖女》だった頃のイズクが身を呈したことで両親を護ることができたからだ。
だけど、イズクが《魔女》と呼ばれ《蓋》にされたあの日、瘴気を一身で受け動けぬあの空白の合間に再び起きた《堕天》の襲撃によって滅ぼされてしまった。
ルリリルはリルリの最後の民。
そして村はもう、存在しない。
「約束、します……わたしが、聖女さまの……帰る場所を、必ず――用意しておきます」
だから涙を流すことはせず、ルリリルは誓う。
イズクが帰って来れる場所を作ると。
もう家族も、帰る場所もないイズクの居場所を信者が作ると言っている。
帰る、場所がある。
「私が……」
もう人でもない。《聖女》でもない。復讐が終わればこの力は過ぎた力となる。
「私が、帰るところ……」
どんな姿になっても、額から角を生やし、半身は人から遠い存在に変貌してなおそれをイズク・フォーリンゲインだと認めてくれる者がまだここにいる。
「帰っても、いい……の?」
ルリリルは駆け寄り、
「わたしには、聖女さまが必要ですから」
イズクは、そんな満面の笑みを見せるルリリルに救われた。
「聖女様、それまで村は俺が護りますから」
アルフォーリアが剣を突き立て、
「ああ、……約束、するよ」
そしてまた一歩、後ろへ下がり――
「《第三位》……」
そしてイズクとゴルディルが目を合わせる。
「ワタシを、殺さなくていいのか」
「《第四位》にしてやられたのだろう……ならば、今度は間違うな」
正義の名の下に《奇跡》を振るうのならば、正しい使い方をしろと――イズクはそれ以上の問答はしなかった。
そして再びイズクは《魔女》と呼ばれた場所へ進んで行く。
決して振り返らない。
振り返れない。
鈍るから。
このままみんなと一緒に帰ればいい。
だけど、それだけは出来ない。
イズクの中で未だ生き続けようともがくクロウディアが消えるまでは、この世界の外にこの災厄を撒くわけにはいかない。
「いってきます」
だからイズクは、帰る場所があるというその優しさだけを頼りに《終わら不》の《奇跡》に願い、みんなを置いて進んで行く。
「いってらっしゃいませ……聖女さま……」
小さくなるイズクの姿をただ見守り、そしていつの日か帰って来るその日を夢見てルリリルは小さく祈るのだった。
そのとき、ルリリルの耳が――声を、捉えた。
『負けたよ』と、月の横で瞳だけの魔物が、そう、呟いたような――――




