49/最果:《第六位》だけが知っている(3)
終わりが、すぐそこまで来ている。
圧倒的すぎるイズクの《赫黒》の力によって《極光》は地上で仰向けになったまま動けずにいた、取り込んでいた《リ・オニペ》は腐りながら再生することなく消えていく。
だが倒れる《極光》に目もくれず、イズクはアルフォーリアの元へ歩いていく。
「お見事です」
「ありがとう」
そしてアルフォーリアが抱えるルリリルに、そっと触れる。本当に今にも目を醒ましてくれそうなぐらい静かに眠っているようなその姿にイズクは悲しくも微笑む。
これで、終わりだ。
そして振り向き、仰向けのまま倒れる《極光》を見下ろしたまま、
「お前がなんであれ、その《第四位》をしているなら……私は最後までやるべきことは変わらない」
そして一歩、また一歩と近づいて、
「散々やってきたやり方だ……最期は、同じように終わってしまえ」
そして取り出したのは、注射器だった。
「な、なんだそれは……なにを……」
それは《鎧の廻廊》でクロウディアが他人の《聖女》に使わせた同じ形の注射器だった。空になって捨てられていたのをイズクが回収していたのだ。
だがその中に詰まっているのは赫黒い液体だった。《極光》はそれを見て中身が何かを、理解する。
イズクは《薬》を作れない。それはクロウディアが作ったモノではない。
「ねぇ……《第六位》……ぼ、ボクは、《極光》の声に騙されただけなんだ。も、もう……いまは、いまはさ――」
正気に戻ったとか、なら別に関係ない。ここまで世界を巻き込んでまで狂ったことを続けたのはそれが喩え操られていたとしても、選んだのは《第四位》だ。
「しかしお前はそれを望んだ。だから《極光》の声を聞き入れた」
それが、お前の罪だよ――と、
「な、なん……だ、これ、は?」
イズクは《極光》の首筋に注射器の針を突き刺していた。そして中に入っている赤黒く濁った液体が《極光》の身体の中へと注入されている。
「お前が《第四位》でも《極光》であっても……望むことが同じなら、そのために私を《魔女》にして、そして私だけじゃない他の全ての人たちの未来まで踏み躙ろうとするのなら……」
そして注射器を乱暴に放り棄てて、
「クロウディアも、私のように……《蓋》になるといい……」
そしてイズクによって打ち込まれた何かが、クロウディアに投与されたと同時、全身から血管が浮き上がり、双眸から血が滴っていた。
「いだい……いだぁ……いやぁ……な、なにをしたぁっ!?」
じわり、じわりと――クロウディアの全身に針を刺すような痛みが広がり始める。
「私の経験した全部を、経験してもらおうと思ってね……《赫黒》の血を体内に打ち込んだ。安心して欲しい。すぐ死ねぬようにちゃんと調整するから」
瘴気を体内に入れれば本来ならば即死する。しかし、その腐敗の力は《赫黒》を宿すイズクの意思によって苦痛の大小を決めることができる。
すぐには殺さない――《蓋》とされたイズクは即死を億回と繰り返されてきたが、同じ痛みを与えては復讐は瞬時に終わってしまう。
そんなことはさせない。全てを奪い、他者の全ても奪ってきた者の末路をそんな呆気の無いものにするつもりはない。
「がぁああああ、いや、いやだぁあ……」
「お前はどっちだ? クロウディアか? 《極光》か? どちらでもいいんだがね、どうせ――同じ目に遭わせる」
命乞いをする瞬間はクロウディアの意識が垣間見えている。月の横から見ているだけの《極光》には何の痛みもない。やるべきことは変わらない。
羽根を毟られた虫のようにその場にのたうち回り、身体の内を食い破るようにクロウディアは全身の痛みに耐えきれず転がっている。
「極光はどうした? 何もしてくれないのか?? お前も結局奪われただけだったな」
しかしイズクの表情は眉一つ動くこそなく、死にかけた羽虫を見下ろしているだけだった。
「いだ、い、いだい、いだぁ……」
イズクは痛覚は感じられない。しかし死ぬことは赦されず、永遠を苦しめられた瘴気に精神的に苦しめられた。
「どうだ? 痛いか?? 私も痛かったよ」
《聖女》として《一桁位》と共にいたあの時からずっと死と同じ痛みを受け続けて来た。しかし《終わら不》の《奇跡》を持つイズクは死ぬことはなかった。
そして痛みを感じることはなかった――しかしこれまで彼女は誰からも認められることなく、ついには《魔女》として罵られ、歴史から消され、心に痛みを与えられてきた。
しかしルリリルや、アルフォーリアとの出会いによって救われた。
「これ以上は何もしない。私はお前が苦しむ姿を見るだけだ」
ただ殺すのでは意味がない。
復讐は、同じ痛みを与えてこそ意味がある。その価値を決めるのはイズク自身だ。復讐を遂げたところで、死んだ者は帰って来ない。何もかもが塵になって消えて無くなった。
「イズクぅッ……ゥゥゥウゥッ……」
クロウディアから獣のような唸り声が漏れていた。しかしイズクは何もしない。ただクロウディアが苦しむ姿をジっと見つめている。
そしてクロウディアは苦しみながらのたうち回りながら、一本の注射器を取り出していた。
「どうぞ」
だがイズクは阻止することなく手で前に出している。挑発にも似たその行為が苦痛で歪むクロウディアを苛立たせた。すかさず首筋に注射針を刺しこみ《薬》を投与する。
痛みを消し、イズクの流した瘴気を消し去る効果で作られた《薬》――クロウディアの想像で、創造され、精製された《薬》はたちまち苦痛を消し去っていく。
「はぁ、はぁ、……はぁ、ころす、ころして……やる」
そして余裕が生まれたクロウディアはイズクを見上げたままその表情は憤怒に染まっていた。
「それだ」
しかし憎悪を前にイズクはクロウディアの行為を待ち望んでいたように今まで一切変わることのなかった口元が緩んでいた。
「結局、お前は私と違って……痛みから逃げるんだな」
そして頭を鷲掴みにしたまま、地面に叩き付ける。
「こんなもので殺すわけがないだろう……」
「しにたくない、しに、死、しにた……く」
そして血に染まるクロウディアにイズクは鼻先に触れるほどの距離で顔を近づける。
「死にたくないなら、死にたくない身体にでもなればいい」
《第六位》のように。だがそれは叶わない。
「《極光》ぇぇっ!! こいつを殺せるようなぁ力ぉぉぉっ!!!」
恐怖に錯乱するクロウディアはついにとんでもないことを口にする。《極光》の声に耳を傾け、ただ《極光》に好きに操られていた者がなんと滑稽なことを口にしているのだろうか。
「《聖女》がそれに願うなよ」
そして手を開き、イズクは念じる。
口が、開いた。
クロウディアの肩に手を触れ、強く握り締める。
まるで手のひらの中心に口が付いているようにクロウディアの肩口を喰い潰す。
「――――――――――ギイイイイイ」
なんと醜い悲鳴だろうか。
瘴気をクロウディアに触れた部分に集中し、そこだけを溶かした。
「さぁ、死にたくないなら……続けろ」
クロウディアは注射器を取り出し、自身の身体に刺そうとした。傷を治すことはできる。失った部分も治せる。だが、いくら完治させたところでイズクは同じことをするだろう。
無限にクロウディアを苦しめ続ける。
死を望むまで、何度も、何度も、イズクはクロウディアを苦しめるだろう。
「言っただろう……? 《蓋》にしてやろうと――」
そしてイズクは腹部を捲り上げ、口が開いた。もはや人の形をしていない。半身は《赫黒》の如く竜の形になっている。
「私の中で……私が受け続けた苦しみを味わえ」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
だが、そのときクロウディアは絶叫と同意に全身が醜悪な怪物の姿に変化する。完全に《堕天》と成り果ててる。
「ああ、そうさ。それがお前の本性だったな。《聖女》でありながら人類を滅ぼそうとした。だから《極光》の声などに耳を貸した――私は確かに死なないだけのちっぽけな存在だったのかもしれない」
けれど、これまでの旅路に――イズクを信じてくれる者がいるという事実が彼女をまだ人であると赦してくれる。
「さようなら、《第四位》――私の望みを、叶えておくれ」
そしてイズクは名すら無い《堕天》と化してもクロウディアの人としての部分が残ってる部位にそっと触れる。
バクン、と――口が生え、《堕天》ごとクロウディアを喰らい続ける。一切の抵抗もなく、ただ何も出来ぬまま一片の肉すら残ることなくイズクの体内に喰い潰されて行く。
だがイズクの中でクロウディアの身体は形を取り戻す。クロウディアの意識とは無関係に《薬》による《奇跡》が、怪物と化したクロウディアを元に戻そうとする。
疑似的にもイズクの《奇跡》のように――死にたくないという恐怖が、クロウディアを完全に精神を崩壊させた。
そして《堕天》となった瞬間にその感情だけで動き続けるクロウディアはその身をイズクの内に篭る瘴気に触れて溶けるごどに《薬》で再生しようと脊髄反射で行ってしまう。
ただひたすらに無限に死の間際に放置されている。
だからイズクはそれを繰り返すだけだ。
殺しはしない。
死にたくないというクロウディアの意志がある限り、そして《聖女》を止めたことで、死を選択できなくなったクロウディアは生き続けようともがき苦しむことで、イズクの中で永遠に今際を彷徨う。
「お前の存在が消えるまで――私の中で、死に続けるがいい」
そして今、この時――《第四位》が眼前より消えたことを確認し、イズクは復讐を成し遂げる。
《第四位》によって殆どの《一桁位》は壊されたようなものだ。最後までクロウディアのせいで完璧な復讐を果たせないのは歯がゆさがあるが、それを全て含め、イズクの体内で永劫苦しめ続けることで帳消しとする。
呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ、呪われろ――
イズクは、救済の言葉を祈りながら……その場を後にした。
しかし、その身体は――以前、人の形を半分已めたままであった




