48/最果:《第六位》だけが知っている(2)
『どうしたの? 追いかけて来ないなら……このまま都市に行ってめちゃくちゃにするけど?』
そんな巨大な質量が町で暴れればどうなるか――その被害は想像もしたくない。
だがイズクはふと思う。
これを止める必要はあるのか?
なんて、恐ろしいことを考えてしまうイズクもいる。止めたところでイズクは《魔女》として人類に忘れ去られている。救いは意味をなさない。
復讐すべき相手は――《聖女》ではなかった。ならばもうここで諦めるか? いや、まだ果たされていない。姿形などイズクにとってはもはやどうでもよかった。
なんであれイズクをここまで連れて来たのは眼前にいる敵だ。全ての元凶は目の前にいる。ならば、ここで終わらせるべきだ。イズクの旅はまだ終わっていない。
「ルリリル……」
イズクの腕の中で眠るように瞳を閉じるルリリルを前に、イズクはこれまでの自分の行いが後悔の連続だったと悟る。
それでも心だけは腐らず、前を向いて歩けたのはルリリルの言葉のおかげだったはずだ。誰もが《魔女》と呼ぶイズクに対してルリリルだけは《聖女》だと言ってくれた。
その優しさが、きっと、イズクを救ってくれたのだろう。
《極光》の声が、イズクの耳に届くはずがない。
イズクは知らない。彼女は誰かの為に身を捧げられる心の持ち主なのだから。そんな者が、世界を滅ぼす者の声を聞き入れられるわけがない。
人より優れた《奇跡》を持ち、傷を癒し、敵を倒すことが《聖女》だと言うのなら――他の誰かの為に自らを差し出し、死なずと分かっていても身を呈することもまた《聖女》の行いといって間違いはない。
イズク・フォーリンゲインは知らない。
知らない《第六位》に教えてくれた信者。
そう彼女は、《本当》の《聖女》であることを。
それを教えてくれた信者は、もう眠ってしまったけれど。
だけどイズクは空を見上げるのを止める。
何の為に、ここまで来たのだろう。
そんな、悔恨に圧し潰されそうになったときだ。
「聖女様ッ!」
傷だらけになったアルフォーリアが姿を現す。
アルフォーリアの姿は変わっていた。失ったはずの右腕が鱗のようなものに覆われて再生し、銀色の羽根が生えていた。
しかもその横には同じく傷を負った《第三位》であるゴルディル・デルリランと共にいるのは驚いたが。
「……《第六位》」
ゴルディルはイズクを前に、どう声を上げるべきか悩んでいるようにも見えた。操られていたとはいえ、《一桁位》としてイズクを《魔女》とし傷つけたことに変わりはない。
だが暴走する《赫黒》によって家族を殺されていることは事実だ。しかしその怒りの矛を向ける先を間違ってしまった。
だから、
「お前はどちらだ」
釈明など意味をなさない。
本来ならば殺し合うはずだった。
復讐の一人だった。
言葉などいらない。アルフォーリアと戦い敗れ、結果が出ている以上……しかしここまで来たのならば戦う意味を聞くだけだった。
「ワタシは《聖女》だ……人類を、救う為にいる」
「なら、それだけをしろ」
イズクはそれ以上何も言わなかった。
「アルフォーリア」
イズクの呼びかけにアルフォーリアはすぐ駆け寄る。
「ルリリルを、頼む……」
ただ静かに眠るように動かないルリリルをアルフォーリアへ。ルリリルの状態を前にアルフォーリアは何も言えなかった。
そしてイズクは空を見上げ、浮遊する《堕天》の竜を見つめている。
「行かれるので?」
「ああ」
アルフォーリアの問い掛けにイズクは顔に手を当てたままずっと空を見上げている。復讐すべき敵が上空にいる。このままでは届かない。そのために必要な力を望む。
赤く黒い瘴気がイズクの身体から滲んでいる。イズクの額にヒビが入っていた。これまではただ瘴気を外へ飛ばすだけだった。しかしイズクの身体に溢れる瘴気が形を成していく。
これまでで最も狂暴で、凶悪な殺意を作り上げる。右の眉の上から竜の角が一本突き出している。
そして背中には影のような巨大な翼を出現させ、両手の五指は刃物のように鋭利に変質させ、もはや人の形をした竜の姿となっていた。
アルフォーリアですらそこまで形を変えてはいない。元に戻れるかわからないからだ。今のイズクの姿は半身がほぼ竜そのものだ。
中身が人でなくとも、まだ外見は人間であったイズクがほぼ人の形を捨てている。それでも止まることはない。
「聖女様、一つだけ言いたいことが」
「……聞こう」
「勝つのは聖女様です」
「……知ってる」
そして、イズクは地に踏み締め――大きく飛び立つ。
アルフォーリアは勝つと信じている。
本当は言いたいことがあった。
だが、今はイズクを信じてアルフォーリアは見守ることしか出来なかった。
《第六位》の決着に邪魔をするわけにはいかないから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一瞬、黒い光が通り過ぎた。
「………………へ?」
何が起きたか理解したころにはもう決まっていた。
《リ・オニペ》の上半身と下半身を両断し、イズクは更に上空で《極光》の様子を観察していた。
こんなもので終わってくれるなよ――と、確かめるように。
するとニヤリと嗤う《極光》だった。
時間を巻き戻したかのように《リ・オニペ》の上半身と下半身が繋がり元に戻っていく。イズクの《奇跡》のように終わらずに状態は正常へと返る。
その様子を見て、イズクは大きく息を吸う。それはまさしく竜が火を吐く動作と同じ。
そして正真正銘の《腐敗の吐息》が赤黒く眩しい光を放ちながら《極光》を呑み込んでいく。
既に腐っている《リ・オニペ》の身体を更なら腐敗で覆い尽くし活動を停止させようと破壊していく。
しかしそれ以上に《リ・オニペ》の再生が早い。腐っている身体でありながら、どれだけ破壊してもその身体に戻ろうと反転する。
それはまるでイズクの《終わら不》に似ていた。
「酷い姿だな。もう人間には見えない」
そんな腐った竜の姿をしている《極光》には決して言われたくはないが、確かに誰が見ても今のイズクの姿は人と呼ぶには遠すぎる。
しかし半身が赤黒く染まった竜となったイズクは無言のまま、
「まだ、眠っているのか?」
イズクは目の前の敵に言葉を掛けるのではなく、内に問い掛ける。それはずっと眠ったままイズクの中に巣くう《赫黒》へ向けてだった。
『そこまで、終わって――いったい、どうするつもりだ』
イズクの中で《赫黒》が落胆する。
酷く変わり果てたイズクの姿を《赫黒》は嘆いていた。自身の力を人の身一つで受けることなどあり得ない。
一身で《赫黒》の瘴気を受け止めていること自体がそもそも奇跡なのだ。《奇跡》の力とは言え死ぬことを永遠繰り返しているのと同じ。
イズクの《奇跡》がそれを赦していたとしても、もうそれは完全に別の生き物だ。それでも命以外は全て捧げる覚悟を以てイズクはここにいる。
「世界の続きはどうせ《聖女》がやってくれる……でも、こいつは、こいつだけは――」
クロウディアの姿をした別の存在であろうが、それでもここまでイズクを連れて来た復讐だけは自分自身の手で滅ぼすために。
「だから、一度でいい……お前の、本当の力を貸せ」
これまではイズクが想像で作り出した《赫黒》の力でしかなかった。だがそれではこの怪物を倒すことは叶わない。
復讐を果たすべく、まずは《極光》を包む《堕天》の肉を消し去る必要がある。
「そして、私の願いを叶えろ」
《赫黒》の了承など置き去りにして、イズクは右手を大きく回した。無意識の内に身体は勝手に動いている。竜の身体に変貌した半身は《赫黒》の意志が宿っているような気がした。
『倒すというのか? あの、怪物を――』
「地に《極光》を引き摺り下ろしてくれるだけでいい……あとは何をしようが、殺す」
イズクは《極光》と化した《第四位》を唯一滅び去る方法を見つけている。
しかしその前にまずは贋作の竜となっている腐れた死体の《堕天》を消し飛ばす必要がある。
『よかろう……どうせ、全てを果たすまで止まらぬのだろう?』
「ああ、だから私は終わらない」
そして右腕を前へ突き立て、手のひらに光が集う。だがそれは黒く、黒く、これまでの瘴気よりも遥かに密集し、赤い色が滲んでいる。
イズクはここから何が起こるのか予想ができない。これは《七虹》である《赫黒》が星が始まる前に《極光》に向けて撃ち放つ災厄の《極光》。
「――黒き腐敗よ」
しかし言葉が浮かび、イズクは詠う。
『ただ全て溶かし給え』
そしてイズクの声を伝うように《赫黒》が唱える。
これまで放った瘴気の霧状に撃ち放つわけでも、光のように包みこむわけでもなく――ただ瘴気を圧縮し、黒い刃に振り放たれた。
如何なる存在も腐らせ終わらせる。
死なぬ、無限の再生を繰り返す《堕天》であろうともその《赫黒》が創造した刀身が両腕と両脚を斬り落としていく。
絶叫する《極光》の声はそんな瘴気の刃と共に掻き消されながら、そして斬り落とされた断面は一切の再生を赦さない。
『……後悔のないようにな』
言われるまでも無い――イズクは言葉を返すことはせず、右腕から伸びた刃で両翼さえも残さない。
「《第六位》ィイイイイイイイイィッ!!!」
一方的な虐殺を前に成す術もなく、そのまま重力に逆らうことなく地上へと墜落する。
イズクはそのまま墜ちていく《極光》を追いかけていく。
準備は、整った。
あとは、一手――復讐は果たされる。




