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《第六位》だけが知っている 〜《一桁位》の《聖女》たちに裏切られた私は死ねない《奇跡》と腐敗の竜の力で復讐します。※あと信者の子たちと仲良く生きるんで邪魔しないで〜  作者: 待雪 妥当
第五章/《第六位》だけが知っている

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45/死闘:始まりの渓谷《エルディメ》ルリリル奪還戦(7)

 きっと《奇跡》なんて無ければ、こんなことにはならなかった。


 世界に《堕天》がいなければ、人間は《奇跡》を与えられることもなかった。もしかしたら別の人生があったかもしれない。


 声が、流れて来る。


 死ぬはずの無いイズクは、現実を受け入れられず動けずにいた。それはもはや死んでいるのと同じだった。


 けれど、その声が――イズクの終わりを踏み止まらせる。


 ――わたしのせいで、聖女さまを傷つけたくないんです。


 ルリリルの声は、悲しく震えていた。


 ――わたしは、本当ならあの日、終わったはずなんです。


 それはきっと偶然で、イズクがあの時、廻廊(ダンジョン)でルリリルと出会っていなければそこでルリリルは死んでいたはずだった。


 ――幸せでした。聖女さまと、喩え短い時間でも……いっしょにいられたことは、かけがえのない幸せです。


 本当ならそこで終わっていたはずだった。それでもイズクと出逢えたことでルリリルの未来は大きく変わった。大切なことを思い出せた。


 ――ずっといっしょに、いたかったです。


 だけど、それは叶わぬ願い。


 ――でも、わたしは……このせかいも無くなってほしくないんです。


 イズクにとってはどうでもいい人類史(せかい)だ。


 けれどイズクが身を捧げ、世界を繋いだからこそルリリルはイズクに出会た。


 ――聖女さまが守ってくれたこの世界が消えちゃうなんていやです。


 だから、これ以上、この思い出を穢されぬように。


 ――おねがいです。聖女さま。


 言わないで。


 ――殺して、ください。


 ああ、そんな、こと……。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……そう、だね」


 歪んで壊れた両腕が元に戻り、一回転していたはずの首も何もなかったように戻し、イズクは立ち上がった。


「クロウディア」


 イズクは《第三位》の名を呼ぶ。感情など篭らないただ冷たいままに、イズクはクロウディアを見つめている。


 これまでと明らかに様子の違うイズクを前に無意識にクロウディアは怖気づいていた。だが、明らかに戦意を喪失しているイズクにすぐにクロウディアはいつもの調子で高らかに嗤う。


「ルリリルを、返してくれ」


 信じられないことにイズクは、頭を下げていた。その余りにも無様な姿にクロウディアはこれまでで最も大きな声を上げてしまった。


「無理。今から聖女都市までこいつを飛ばして人類全部殺す。何もかもボクらに押し付けた人類を皆殺しにするんだ。お前はそこで嘆いてなよ」

「ルリリルを……返しては、くれない……んだな」

「しつこいよ。だったらキミがどうにかしなよ」

「そう……させてもらう」

「え?」


 返ってきた意外な言葉に、クロウディアはあまりにも間抜けな声を出していた。


「……返してくれれば、それでいい。他に、何もいらない」


 イズクはそこんでずっと留めていた瘴気を全身から滲ませている。如何なるものを腐らせる《七虹(セブンスヘブン)》が一翼――《赫黒(あかくろ)》が力。


 《極光(エンデ)》すらも腐敗させた万物を殺す力。そんなものを一点に集中させて使えば、死なずの《堕天》であろうとも殺し切れるのではないのか?


「私のように死なないのだろう? なら、試させてくれ」


 一呼吸、イズクの口から(あか)く、黒く滲んだ瘴気が漏れている。これまでの瘴気よりも遥かに濃く、クロウディアはそれに触れたくないと後退する。


「お前は、何度目まで耐えられる……」 


 触れるもの全てを腐らせる瘴気。


 イズクはこの瘴気で億回殺された。それでもイズクの《奇跡》は消えることなく生かし続けた。なら《堕天》はどうか。イズクのように生き残れるか。


「《()わら()》には、いられるか?」


 イズクはただ一歩、前へ進んだだけだ。


 口から瘴気を漏らしながら歩いているだけで、それ以外は特に変わったところはない。何か変化したようにも思えない。それなのにクロウディアは、明らかに様子の違うイズクに怯えた。


「いいのか? いいのかぁ!? お、お前のぉ……大事な――――」


 だからこそクロウディアは《リ・オニペ》の胸部を再び捲り上げさせ、取り込まれたルリリルの姿を目視させる。一度目はイズクがその場で屈みこむ程に効果があった。それなのに、


「……ああ、だから、だからさ」


 もう、イズクの表情に翳りなどなかった。


「ああ、そうだな……」


 情けなくて、どうしようもなくて、それでも他の選択肢を選べない。これしかなかった。


「私は《聖女》なんかじゃなかった」


 《第六位》だけが、知っている――この、愚かな選択の意味を。


 イズクは、手を伸ばしゆっくりと、ゆっくりと虚空を握り締める。


「――――ぁ」


 苦悶に満ちたルリリルの表情が、優しく微笑んだように思えた。そしてルリリルは静かに事切れた。


 何を、した――と、クロウディアは焦燥した。


 簡単なことだ。


 ルルリルはイズクが生かしているのだ。


 ならば、その逆をしたまでのこと。


「ルリリルを先に殺したのはお前だ、知ってるだろう?」


 鎧の廻廊で自分の手を血に染めることなく、クロウディアは他者を操りルリリルを殺した。


 だが、イズクはそんなルリリルの心臓を《赫黒》の血肉を与えて再び生を与えた。


 イズクを《聖女》と呼んでくれた。


 《贋者》ではない《本物》の《聖女》だと言ってくれた。


 《第六位》だけが、本当の聖女様なのだと――ルリリルはそう誓ってくれた。


 復讐の頼道(よりみち)をしたのは解っている。


 こんなことをしなければきっとイズクはもっと早く目的を遂げていた。人ではなくなったくせに、人の真似事をしているのは重々理解している。


 しかしこの旅の途中でイズクは自分が得られなかったもの全てを手にしてしまった。


 そして自分で積み上げたものを、今ここで崩している。


「私が生かした。だから、私が殺す」


 その生殺与奪を全てイズクの手で担う。


 どれだけおぞましい力を持った《堕天》であろうとも、その死骸を動かすのに他の要因が必要ならば、それを潰せばいいだけのこと。


「ルリリルの心臓は私が動かしていた。だから、私が止めた――そう、願った。だから叶えた」


 イズクは自分の両手を握り締めたままずっと上目でクロウディアを睨み続けている。決して視界から逃さぬように、イズクの瞳がクロウディアを見据えている。


 《リ・オニペ》と呼ばれた《堕天》の最高位に位置していた怪物も、所詮は死体。ルリリルの身体を取り込み、それで無理やりに動かしていただけならば、ルリリルの活動が停止した時点でその存在は崩壊する。


 開いた胸部から溶けるようにルリリルの四肢は解放され、肉体を侵食していた毛先のようにか細い血管たちもするりとルリリルの身体から抜けていく。


 そしてずるりと、解放されたルリリルはそのまま頭から落ちて来るがイズクは両手で彼女の身体を抱き留めた。


 小さな身体、子猫のように軽い重さ、しかし熱はもう感じない。心臓は止まっている。止めたのだから、当然か――


 眠っているように動かないルリリルを左腕でしっかりと抱き締めたまま、クロウディアの前へ進んでいく。


「……長かったよ」


 ここに辿り着くまで、本当に酷い回り道を続けていた。


 でも、今、もう、こんなにも近くに――


「やめ……」


 クロウディアは体勢を崩し、イズクを見上げている。ただ塵を見下しながらイズクは静かに立ち尽くしている。だがクロウディアの意志はまだ折れてはいなかった。


「はは、はは……」


 クロウディアは隠し持っていた注射器を取り出し、すかさずイズクの足に打ち込んでいた。


「殺せなくとも、効果はある……これは、《第六位》であろうが意識を奪うほどに――麻痺させ――やがて――」


 効果など、イズクにとってはどうでもよかった。


 そんなものは――()()()()()()()


 第四聖女都市で投与された《薬》はイズクが死ぬほどの傷を治すのを遅延させるものだった。しかし対処する方法はもうわかっている。


「効かない。もう、それすら通らない」


 終わらぬ《奇跡》の前では、毒すら終わる。


 死すらイズクを終わらせられない。


 イズクの《奇跡》に他者の信仰は関係ない。イズクさえ意志を持てば、《()わら()》の《奇跡》はイズクという存在を決して終わらせない。


「なんで、動いて、る……」


 クロウディアには理解できない。


 目の前に立っているのが、人の形をした竜だということを。死骸の贋物の竜を操った程度では、万物を殺す程度の毒物では決して彼女の終焉に到達できない。


「ああ、本当に、長かった」


 そして先に到達したのはイズクだった。


「なぜすぐ殺せるはずなのに、私はそれをしないのだろう」


 イズクは瘴気を放つことはせず、クロウディアに語り掛ける。ただ爪先が手のひらに食い込むほどに握られた右手。


「――――――――――――――――なぁ……」


 声にならない声が、クロウディアの口から溢れたときには既に通り過ぎていた。


 振り上げられた右腕。矢のように撃たれた拳がクロウディアの左頬にめり込んだとき――彼女は奥歯を折られ、血を噴き出し地面の上を転がり、吹き飛んだ。


「立て、お前はすぐには殺さない……お前が望んだ未来のように――同じように、ただひたすら苦しめ続けてやろう」


 《第六位》だけが知っている。


 《第三位》は、ここで終わる。

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