44/死闘:始まりの渓谷《エルディメ》ルリリル奪還戦(6)
「今までも何度も何度も動かそうとしたんだけど、みーんなすぐ死ぬからさ……どうにもならなかったんだけど、《第六位》はさぁ……ホント最高の素材を提供してくれたよ」
そしてコンコンと《リ・オニペ》と名を冠する《堕天》の死骸はクロウディアの思うがままに動き出す。
「だって死なないんだもん。すぐ死ねないようにしてるでしょ? この亜人??」
刹那、イズクの全身はただクロウディアを殺す為だけに肘の骨を伸ばしていた。だがイズクは寸前で攻撃を止めた。
「あれぇ? そんなことしたらぁ……大事な信者ちゃんがぁ~死んじゃうけどぉ??」
クロウディアを護るように《リ・オニペ》が立ちはだかり、そのまま攻撃を続けていればルリリルの額が貫通していたことだろう。イズクはすぐに攻撃を止めて、突出していた骨刃を収納する。
「はは、復讐するなら……余計なものを連れて来るんじゃあなかったね。殺す為の強度下げてどうすんのさ」
ご尤もである。それに関してはイズクは何一つクロウディアの言葉に反論する余地もなかった。
あの子は、私の信者だと言ってくれた。
その言葉に救われた。しかし一度、あの鎧の廻廊で心臓を突かれて死んでしまったとき――イズクは自身の血肉を与え《赫黒》の一部を用いて自身の感情だけでルリリルの未来を奪った。
やっていることは結局のところクロウディアと同じだ。自分の想い一つで、ルリリルを巻き込んだ。そしてご覧の有様というわけだった。いまルリリルは《堕天》の死骸と一つになっている。イズクと同じく《蓋》のように醜く象られている。
復讐するために再びこの地に降りたというのに――その道程でイズクは自らの弱さから、ルリリルを自身のモノにした。
外見は確かにルリリルだろう。
中身はどうだ?
この旅の途中で、彼女の心も作り変えたのではないか?
「だからお前は、独りでここまで来ればよかったのさ」
そしてとどめを刺すように、クロウディアは嗤う。
感情など棄てて、ひたすらに復讐を突き詰めればこんな物語はもっとあっさりと、完結していたことだろう。
しかしイズクは選んでしまった。
復讐以外の択を用意してしまった。
結局、お前は《聖女》の頃から変えられなかった孤独を変えたかった。欲を張ったことで分岐してしまった。
「ほら、ちゃんと見てあげないとぉ」
前を向けと促すようにクロウディアがそう言う。イズクの瞼は痙攣している。目を逸らしたい。自分が招いたこの最悪から逃れたい。
「……あ、ぅ………………さ、ぁ」
ぐったりとしたまま生気を失った蒼白したルリリルが苦悶の声を上げている。
「…………ぅ、……………………ぃ」
耳を塞ぎたくなった。
イズクの耳に、声にならない声でルリリルを蝕む畏怖を伝えてくる。
痛い。
なんて、恐ろしい。
ダメだ。
ダメだ。ダメだ。これは、いちばん、おぞましい。
幾度となく痛みを受けてきたつもりだ。
これまでの――《聖女》として、《魔女》とされ、しかして死に等しい痛みを億回刻まれて来たことだろう。
だが、しかして、その程度。
それは復讐に到る痛みでしかない。
それすら凌駕する――窮極が、イズクの身を解体しようとしている。
クロウディアは何もしていない。
ただ、イズクの目の前に現実を突きつけているだけだ。
しかしその威力は絶大だった。イズクはそのまま態勢を崩し、両膝を地に付けたまま呆然と肉に呑まれるルリリルを見つめていた。
四肢は《リ・ペニオ》の肉壁に呑まれ、細かく生える血管が首や胸といった至る所に寄生するようにルリリルの身体を侵食している。完全に同化している。
ルリリルの胸の中心、心臓の辺りに更に太い血管のようなものが張り付いている。それがゆっくりと脈動しているのが気になった。そして何かを、吸い上げるように蠕動している。
「いや、キミのおかげだよ。どうやったのかはわかんないけど……この子をキミみたいにすぐ死ねない身体にしてくれてるおかげでこの亜人の命をずっと吸い続けられるんだよね。他の亜人にそんなことしたらすぐ死んじゃうのにさぁ」
死ねなくしたのは、誰だ。
死んだはずの、あの子を生かしたのは?
そうだ。
そうだったな。
あ。
ああ。
あああ。
「………………………………………………ああ」
ぐるんと、眼球が眼窩で回転したようなほどに――イズクの視界が回転したような錯覚。
そして自分の口から出た言葉にしては、耳を疑うほどにその言語は死んでいた。もはや掛ける言葉が見つからなかった。何を言えばいいのかわからずに思考が崩壊した。
何千、何億と瘴気を浴び続けて殺され続けても廃人になることなく耐えきれた精神がたったの一殺で、イズクは陸の上で溺れていた。
「……あーあ、キミのせいでこんなことになっちゃった。ほんと真っ直ぐボクを殺しに来ていれば、こんなことにはならなかったかもね」
その通りである。
復讐すると誓っておきながら、別の感情を優先した結果がこれだ。ルリリルは《第四位》に攫われ、彼女の計画を完成させるための歯車にされた。
「うわぁ……めちゃくちゃ効いてるじゃん。ここまで効果あるとは思わなかったけど――まっ、もういいかな」
そしてクロウディアがパンっと両手を叩けば、《リ・オニペ》の裂けた肉が少しずつ再生していく。そのままルリリルは肉の中へと消えていく。助けないと、助けなければ、助ける――やるべきことは解っている。それなのに、イズクの身体は動かない。
お前がそうした。
ルリリルがあんな凄惨な目に遭ってしまったのはイズクが招いたことだ。初めて出会ったあの日、手を差し伸べなければ――復讐以外に現を抜かした結果がこれだ。ルリリルの命を繋いだ先がこれだ。
それと同時に、イズクの身体に衝撃が走った。
クロウディアが命じ、《リ・オニペ》の巨腕がイズクの身体を弾き飛ばしていた。吹き飛んだイズクの身体はそのまま壁に激突し、岩は割れ、イズクの身体は拉げていた。
「こいつは本当に倒すのに苦労したんだよ」
そしてクロウディアは首が一回転して、両腕がぐにゃりと曲がってはいけない方向に歪んでいるイズクに向けて話を続ける。
「これまでの《堕天》と違って、とにかく死なない。どれだけ傷つけても壊しても、すぐ元に戻る――あれ? これってぇ……誰かさんにそっくりだよね」
攻撃手段は幻想の欠片もない腕を振り回す。踏みつぶす。そんな単純すぎる方法しかない。にも、関わらずどれだけ破壊したところで終わらない。
そう、まるで――《第六位》の《奇跡》のように死ぬことだけは決してない。
「だからさ《第一位》も《第二位》も殺されちゃった」
この竜の死骸にイズクの復讐すべき対象の二人は殺されていた。どれだけ《奇跡》を行使しても殺せない敵を前に、質量だけで殺し返されるというあまりにも悲嘆すぎる結末。
「なんで殺せないのか……でも、僕の《薬》は効いたみたいでさ」
クロウディアの《薬》による毒殺だけは有効だった。しかしクロウディア自身はただの人間の身体能力しか持っていない。その注射針を刺さなければ効果を発揮できない。
「キミが《蓋》の役目をやっている間に、肝心の殺す相手がいなくなってキミの目的すら果たせないのは本当に笑うしかないよね」
イズク以外の《一桁位》はもう《第四位》だけしか存在しなくなっていた。《第六位》から先の《聖女》はどうでもよかった。勝手に世界を救済していてくれと、他人事だった。
「そしてここでボクに負けるから、キミの物語は終わりってわけさ」
仰向けのまま倒れるイズクを巨体が踏み潰し、イズクはそのまま動かない。この程度で死ぬわけがないのに、今はもう身体を起き上がらせることが出来ない。糸が切れたように動かない。
もう、ここで終わり。
『聖女さま』
声が、聞こえた気がした。
《堕天》に取り込まれたルリリルの声が、きっとそれはイズクが創造った妄想だ。
『聖女さま』
その、声は――確かに、ルリリルの声だった。
「……る、ルリ……リル……」
手を伸ばしても、届かないのに――
『聖女さま』
声は、何度でも聞こえてくる。
そして、
『どうか、殺してください』
イズクの、意識が途絶えた。




