42/死闘:始まりの渓谷《エルディメ》ルリリル奪還戦(4)
《白銀》が告げた言葉は、アルフォーリアの知り得ぬ真実だった。
しかしその真実を知った時、アルフォーリアは憤怒よりも安堵が勝ってしまった。今にも大声で笑ってしまいそうだ。両腕を振り上げて飛んでしまいたいほどに歓喜だ。
「なんだよ、やっぱ……聖女様、何も悪くないじゃん」
《白銀》には本当に申し訳ないが、《第六位》は何一つその悪事に関係していないことがここで明らかになったことに感動さえ覚えている。
「もっと早く教えてくれよ」
『わ、我も……アナタのことは、し、信用してませんでしたから……』
確かに出逢ってから殆ど会話することもなかった。アルフォーリアもイズクが死んでいるものだと思っていたから生き残るために、生き続けるために力が欲しかっただけだ。
しかしイズクが生きていたことを知り、共に歩くことができ、聖女騎士になる夢を叶えることが出来たことでやっと心に余裕が出来たのだろう。だから今まさにこんな死地で互いに会話が出来るほどになれた。
『ですが、どうしてそんなことをしたのかはわかりません……こればっかりは――』
「なら、さっさと聖女様のところへ行こう。答えは……全部《第四位》が知ってるんだろ?」
そして振り向き様にゴルディルの一突きを回避し、がら空きになった胴に膝蹴りを入れる。
ゴルディルから情けない声が漏れるが、そのまま眼前に《王たる仁》》の槍がまるで鞭のように縦横無尽に打ち付けられる。
だがアルフォーリアの瞳は奇跡の如きその合間を縫いながら躱し続ける。触れる槍刃は右腕で跳ね返しながら、しかし《王たる仁》》の猛攻は更に速度を増す。
もう回避は間に合わない。ならばこのまま出るだけだ。
アルフォーリアは左腕に持たれた剣と、竜の鱗に覆われた銀の腕で《王たる仁》》の四本の槍から吹き荒れる嵐の如き刃の連撃の一切合切を斬り潰していく。
しかし嵐は過ぎ去ることなくアルフォーリアを追い詰めようと撃ち続けられていく。しかし諦めることなくアルフォーリアは全ての斬撃を跳ね返す。そして四本の槍の中からゴルディルの黄金の弾のように突撃してくる。
「白銀ッッ!!」
腕が二本しかないなら、別にこちらも同じようにすればいい――と、アルフォーリアは《白銀》の名を叫べば、背中から生える銀の羽根を羽ばたかせ弾丸のように突き進むゴルディルを受け止める。
これは羽根ではない。羽根の形をした刃だ。ゴルディルはそのまま全身が傷つき、そのまま後ろへ下がる。アルフォーリアもすかさず《王たる仁》》の間合いの外へと逃れる。
「悲しい《聖女》だ。道具みたいに使われてるなら奴隷と同じだ――《第六位》ならそんなことしない」
だから、もうこれ以上は付き合ってはいられない。
こんな不毛な戦いはもう止めだ。
左手に持っていた剣の柄に右手が添えられ、しっかりと両手で銀の長剣が掴まれている。
『両親が殺されたのは本当だよ。殺したのは《第六位》じゃないけどね』
「《第四位》はさ……本当、何がしたいんだよ」
『ふふ……《聖女》になれば解るかもね』
しかし《第四位》ははぐらかすように答えを言わない。
なら、本当の答えを聞くまでだ。
「なら俺もすぐにそちらに行く……」
そして竜の鱗に覆われた右腕と同じように、左腕また徐々に竜の形へと変化していく。
人の姿が少しずつ失われていく。それは《白銀》の力を借りることによって、アルフォーリア・エンドスケッジという存在を《七虹》の一翼へと書き換えていく。
しかしそうすることで、それを赦すころで――アルフォーリアは《白銀》の真なる力の使用する許可を得る。
「――白き、今際よ……」
心は冷たく凍っていく。今から行う選択を正当化する為にアルフォーリアは立ちはだかる存在を完全に敵として認識する。迷いも、躊躇いも、何もかもを消し去りながらこれから始める一手に。
刀身は依然変わりなく、しかしアルフォーリアの両手で持ち替えた白き銀の剣はただ水平に線を描いた。
決して《王たる仁》》の身体に触れることのない場所から、ゴルディルには届かないはずの場所から、一文字に斬り放たれただけ。
『不用意に近付くことなかれ――』
決して触れないはずの、決して届かないはずのアルフォーリアが放った一閃がゴルディルと《王たる仁》》に通り過ぎた彼方――此方から《奇跡》を超越した《七虹》が一翼である《白銀》の力が再現される。
『え、……なに?』
ゴルディルを通して見ていた《第四位》すら何が起こったのか解らず小さく声を漏らしていた。
しかし通り過ぎた銀の光はただアルフォーリアの望んだ全てを両断していた。
ゴルディルの背後にいた《王たる仁》》と呼ばれる《奇跡》によって召喚された巨大な鬼はただそれ以上の暴力を振るうことを赦されず自身が上半身と下半身を二分されたことを知ることなく絶命する。
霧散しては粒子となって消える《奇跡》と同じくして、ゴルディルもまたその場に倒れていた。しかし彼女の胴体が二分されずその場で出血したまま倒れている。
「甘いなぁ……俺も……」
《白銀》は《七虹》の中で斬り裂くことに特化した《七虹》だった。
それはただ物理的に切断するのではく、自身の願う眼前にある全てを斬る力。命を奪うことはせず、それ以外の全てを切り捨てた。
その力を再現し、アルフォーリアはその一撃でゴルディルの意識と《王たる仁》》そのものを切断したのである。
しかしこれほどの力を持っていながら《白銀》は《聖女》から逃げることしか出来なかった。そういう風に設計されているせいからだ。もしこれを人類に使えば忽ち種は滅び去るだろう。
『我は直接人類を攻撃できませんので……』
本来ならば刃を向けることすら《白銀》自身には出来ない。だからこそアルフォーリアに力を貸したのは正解だった。
しかしアルフォーリアが力を借りることで漸く無力化できた。能力を譲渡すればあとは使い手の意思で対象を殺すことは出来た。しかしアルフォーリアはそれを選ばなかった。
「……なんかこのヒトは殺せねぇよ」
イズクが興味を失ってアルフォーリアに託して先へ進んだことがその証明だ。復讐するに値しないのは、《第三位》は本当に人形のように操られていただけだ。
しかし《薬》を打たれ《第四位》に操られた対象は必ず最期は死ぬようになっている。だがゴルディルはその場でうずくまったまま動かない。溶けて消えることもない。
『この《聖女》の中に流れていた《奇跡》そのものも斬り祓いました――だから、もう大丈夫でしょう』
「俺そこまで考えてなかったけど……」
剣を振ることに躊躇が無かっただけで、生きて欲しいという意志が白き剣に乗ったのだろう。
その想いを汲み取った《白銀》が個別に能力を調整することで、最適化し、アルフォーリアの斬撃に重なった。
よって《第三位》は《薬》の副作用で死ぬことはなくそのまま意識を失い眠っているように動かないだけだ。
「まぁ、それなら……いいか」
そしてアルフォーリアは《第三位》を抱えて、
『どうするのです?』
「いや、この先どうするかは聖女様が決めることだろうけど……このまま死なれたらせっかく生かせたのに寝覚め悪いいってか――」
しかしこのまま近くの《聖女都市》まで戻るのも時間が足りない。困り果てたその時だった。
唐突に世界が揺れ、アルフォーリアの体勢が崩れる。
そして上空から、無数の……《堕天》の死骸――いや、リフレインと呼ばれる自作自演で生み出した《第四位》の殺戮の傀儡がばら撒かれる。
「やっぱ……アイツ、クソだわ――――」
両手には《第三位》を抱えたまま、しかし彼女を庇ったままこの蠢く地獄に対抗できるのか今のアルフォーリアには自信がなかった。
しかし、ここまで来たのだ。
こんなところでは終われない。
いつまでもそうやって遠くから嫌がらせばかりする《聖女》に対して唾を吐く。《魔女》はお前だと、言わんばかりに地を踏み抜くほどに強く踏み締めながら。
「聖女様……ルリリル……待っててくれ――まだ、こんなところで死んでたまるか」
アルフォーリアの瞳は絶望に染まることなく白く銀に光り続ける。




