41/死闘:始まりの渓谷《エルディメ》ルリリル奪還戦(3)
それは、ただの自殺だった。
アルフォーリアは自ら持つ銀の長剣で腹部を貫いた。気でも狂ったのかとゴルディルは訝しげに自刃するアルフォーリアを見ていた。
しかしアルフォーリアは自害したかのように見えたが、血を噴き出すこともなく長剣は確実にアルフォーリアの身体を貫いている。
「《一桁位》と名乗る割に……随分と視野が狭いことに驚いたよ」
アルフォーリアはゴルディルを罵り、そしてゆっくりとその剣が彼の身体へ消えていく。
黄金の鬼像を召喚するゴルディルとは相反しアルフォーリアの身体が銀色に光を放ち。ゴルディルはその光に目が眩んだ。
しかし光はすぐに収まり、その中からアルフォーリアが姿を現す。だがその姿は異様なものへと変貌を遂げている。
切断されたはずの右腕が、硬い鱗で覆われたような――人外の腕へと再生していた。そう、それは、まるで――……
「竜……だと?」
白い銀の鱗に鉤のような爪が生え、背中からは翼まで生えている。もうそれは人間と呼ぶには遠い存在となっている。
「俺が《第三位》と同等に戦えるとすれば、これしかない」
《七虹》が一翼である《白銀》に力を貸すというのは、身体を貸すということ。イズクが内包に《赫黒》を宿しているのとは違い、持っている長剣を自身に突き立てることで解放する。
しかし《白銀》はアルフォーリアの身体を奪うこともせず、支配することもない。ただ力を貸しているだけだ。
「おとぎ話の竜の方が……《一桁位》よりよっぽど優しいよ」
力を貸すと誓ったあの日からアルフォーリアは《白銀》の力を手にした。そこで《白銀》の思考が流れて来た。
人類史が生まれる前、まだ星が生まれたばかりに始まりごと終わらせようとした《極光》を討ち倒した《七虹》という名の七体の竜。
四体の竜は死に、その内の一体である《赫黒》は生きことすれど最も傷つき、瘴気を漏らした状態で星へ降りた。
その時になんとか軽傷で済んだ《白銀》と《群青》が北の果てで《赫黒》を封印し、眠りについた。
その眠りを、妨げたのが――
「まさか《白銀》と契約してこんなことを知るとは思わなかったよ。腐れた竜の正体は……《赫黒》って竜だったなんてな」
世界を滅ぼそうとした竜は《堕天》ではなく《七虹》が一翼。しかし意思を持つ竜が、突然に眠りから醒めた先に破滅を呼ぶのはあまりにもおかしい。
『何を、した――』
アルフォーリアの言葉を介して《白銀》が問う。だがゴルディルは瞬きすらせず真っ直ぐな目でアルフォーリアを見ている。
「お前も、それの仲間だったか。《魔女》の眷属らしい化物めが……」
だがゴルディルはアルフォーリアを会話をするつもりなどないのか、そのまま手を翳すと背後に聳える巨大な鬼像が動き出す。
巨大な腕に持たれた槍がアルフォーリアを射貫く。しかし槍の先端を右腕で殴り飛ばし、一気にゴルディルとの距離を詰める。
剣。ゴルディルは接近するアルフォーリアを迎撃する。
しかしその身は《白銀》の力だけではなく、瞳に《奇跡》が宿っている。ゴルディルの振り放つ刃を薄皮一枚触れる寸前で回避している。
そして何も持たれていなかった左手にはいつの間にか銀の長剣を逆手で掴んでいる。
「……お返し」
そして今度は脇から肩に掛けてゴルディルの身体を斬り裂いた。鮮血が舞い、《第三位》はその場で膝を突く。
「おかしいなって、思ったんだよ……竜に家族を殺された。だから許せないのもわかる。それでどうして《第六位》を憎む。あの人がやったと、本当にそう……思っているのか?」
封印されていた《赫黒》を解放したのは《一桁位》であり《第六位》ではない。そして世界を終わらせようと仕向けたのが《一桁位》ならば、何故にそんなおぞましいことに手を染めたのか。
しかしいちばん不自然なのは《第三位》も同じ場所にいたというのに支離滅裂が過ぎる。会話が成立しない。まるで傀儡のように、ただ攻撃してくるだけの人形のような――
「……ああ――――」
アルフォーリアは納得してしまった。
「そりゃ、聖女様が……《第四位》をぶっ殺したくなる理由もわかりますよ」
ゴルディルの目元に血管が浮き上がっている。ケタケタと嗤いだすその様子は、《第三位》そのものだ。
なんて恐ろしい《奇跡》だ。
きっとこの世界で最も優秀で、凶悪で、醜悪が過ぎる《奇跡》だ。たったひとりの《聖女》の暴走の果てに、人類史は脱線してしまっている。
世界を救済する為に与えられた《奇跡》が、世界を終わらせようとしている。しかし《奇跡》は誰一人未だ素顔すら見たことのない《女神》とやらが与えるとされている。
こんな間違った使い方をしているというのにどうして持ち主を罰しない。この《奇跡》の使い方は誰も救わない。
「ゴルディル……アンタ、いつからそうなってるんだよ」
『いや? ずっと幻覚を見せてるだけだよ』
そこでゴルディル越しに流れる薄気味悪い声が聞こえる。声は確かにゴルディルそのものだというのに、絶対に中身が違うとわかるほどに。
「ま~だキミの大事な大事な《第六位》さまが来ないから、ちょっと話相手になってよ」
しかし身体を乗っ取って話が出来るということは、もうその《薬》を投与された者の末路は――
「俺もすぐにそっちに行く。絶対に逃がさない……必ず聖女様の復讐を果たさせる」
『逃げないって。もうボクのやりたいことぜ~んぶ、出来てるからさ。だから逆に早く来てよ。特等席で楽しませるよ?』
そしてゴルディルは剣を構えた立ち上がる。
《薬》を投与されているゴルディルの《奇跡》は更に強化され、《一桁位》の《奇跡》が脅威が増していく。《王たる仁》》と呼ばれる《第三位》の《奇跡》が更に一回り巨大になり、二本だった腕が四本に増えている。
『でも、やっぱ……ボクの《聖女騎士隊》でいたくせに黙って抜け出したり、《第六位》の聖女騎士だとかムカつくこというし殺しとこっかなぁ』
ゴルディルが剣を振れば、《王たる仁》》が四本の腕に持たれた槍の先から光を放つ。黄金に煌めく光の線がアルフォーリアに向かって飛び交う。
『アルフォーリア、あれが……《聖女》と呼べるのですか』
二本の光を跳躍して回避し、残りの二本を竜の右腕と、左手に持たれた長剣で掻き消す。
《白銀》は目の前の狂気を前に竜の身でありながら、人の姿をした異常に震えているのがわかる。
『我も元は竜の形をしていたんですよ……ですが……地下で眠っていた我に突然襲い掛かってきたのもこの《聖女》たちでした』
元より竜の姿をしていたはずの《白銀》はアルフォーリアと出逢ったことは剣の形に変わっていたのは、逃げる為にその姿に変えて逃げるための生存行動だった。
《極光》を倒した七体の竜の一翼が、人間に殺されそうになった。竜は人間に攻撃できないのだ。
竜は生物ではなく装置なのだ。星を護るために突如生み出された装置でしかない。よって生きた装置は、守るべき人類を攻撃できない。
しかし《一桁位》は生き残った《七翼》を捜していた。そして見つけたと同時に、命を奪おうとした。
「じゃあ……《赫黒》は――」
『《極光》との戦いで瀕死だったのです……ですが瘴気を使うあの竜は、星に降りても翔べぬほどに傷ついていた』
そして共に宙へ還りたかった。だが瘴気は善も悪も区別なく全を終わらせる力だった。だから生き残った《七翼》が出来ることは《赫黒》を封印することだけだった。
『しかし《赫黒》の封印を解き、操り、世に放ったのは……《一桁位》です』




