40/死闘:始まりの渓谷《エルディメ》ルリリル奪還戦(2)
夢を叶える前、叶わぬと分かったまま生きることに絶望していた頃のアルフォーリア・エンドスケッジはただ剣を振るっていた。
《第六位》との初めての邂逅は彼の人生を大きく変えるには十分すぎた。アルフォーリアはイズク・フォーリンゲインの聖女騎士になることを夢見ていた。
彼女の自虐的な笑み、一人としてイズクの聖女騎士は存在しなかった。よって隊もなかった。だからこそアルフォーリアはイズクの最初の聖女騎士になることを誓った。
その夢も誓いも一瞬で打ち砕かれる。
《第六位》は世界を終焉に導こうとした《魔女》として《一桁位》によって断罪されたと。
大々的に知らされた。至る所に《第六位》は《聖女》ではなく《魔女》であったと――そんなわけがあるか、と。アルフォーリアは信じなかった。
だが《第六位》に味方する者は誰一人として現れなかった。他の《聖女》と違い《第六位》は信仰されなかったからだ。
他者の傷を癒すことも、病を治すことも、《堕天》を倒す力も持たない《聖女》は元より敬われることすらなかった。
それでもアルフォーリアは彼女に救われた。
イズクに助けてもらわなければ、この世にいない。
だから、アルフォーリアは動く。
《第六位》が死んだのならば、せめて何故殺されることになったのか真実を知るために。
その為に夢を捨てて、《第六位》の聖女騎士になることを諦めて別の《聖女騎士》になってまで《一桁位》の隠している真実を探し求めた。
《第四位》が、何かした――と、いうところまでは辿り着いた。真相を究明することは叶わなかった。それでもはっきりとわかったことがあった。
やはり《第六位》は《魔女》ではなかったと。
腐れた竜は北の渓谷で眠っていた。その眠りを妨げた者が別にいる。裏で糸を引いている者――そこまでは、辿り着けたのに。
アルフォーリアには仲間がいなかった。
一人では真実に辿り着けなかった。そして仮に辿り着いたとしても死んだ者の無念を晴らしたところで生き返るわけでもない。
尊敬していた。
調べれば調べるほどに《第六位》は選ぶことなく誰かの盾になっていたことを。リルリの民のことを知ったのもそのときだ。
きっと数少ない《第六位》を信仰してくれるであろう素晴らしき民になるに違いなかった。
それすらもイズクが《魔女》として処られた後に《堕天》に襲われ種は潰えた。
ここで自分も死ねば――いつしかアルフォーリアもまた自刃する覚悟すらあった。だが、きっと《第六位》のことを覚えているのは自分しかいない。
自分がここで死ねば、もう《第六位》のことを――知る者は誰もいなくなる。
知っている者を捜そう。
本当に追い詰められたアルフォーリアが最後に辿り着いた道がここだった。
探求者になり色んな場所へ行けば、もしかしたらしたら《第六位》を《魔女》と揶揄する者でなく、《聖女》と信じてくれる人を見つけられるかも――
だから、きっと、どこかで会えると信じてアルフォーリアは旅に出たのだろう。
しかしどれだけ違う場所へ足を運んでも《第六位》を知る者には出会えなかった。廻廊に単身で潜る自殺行為までした。それでも誰も彼女を知らなかった。
アルフォーリアの《奇跡》は脆弱だった。
アルフォーリアの《奇跡》はただ他者より視力が良いだけの《奇跡》だった。
遠くが見える程度で、集中すれば速く動くものをゆっくりと捉えることは出来るがそれでも速すぎれば意味を為さない。まさに落胆と言わざるを得ない《奇跡》であった。
しかしその眼の《奇跡》には続きがあった。
見えないものが見えるのだ。
光の、ような――
あのときもそうだった。
《第一聖女都市》の近くにある《廻廊》へ向かう途中だった。剣の才だけで死地に赴くアルフォーリアを誰もが狂人と恐れていた。しかしアルフォーリアにとっては《第六位》のいない世界に無意識に絶望しているが故に死を恐れていなかった。
《奇跡》が使えずとも別に《堕天》は不死身ではない。人と同じ形をするモノ。獣と同じ形をするモノ。異形であろうが命がある。剣を振るった。一手間違えれば即死するであろう環境で彼は剣と目だけで《堕天》を殺していた。
首があるなら刎ねればいい。心臓があるなら貫けばいい。どれだけ怪物の形をしていてもそれは生きている。ならば死ぬまで傷をつければいいだけだ。
それだけだ――と、アルフォーリアは弱い《奇跡》の所持者でありながらも《堕天》を殺して回った。
しかし《第六位》を知る者はいない。廻廊で出会う探求者も《聖女》も、その名を出せば「知らない」か「聞きたくない」の二つだけだ。
踏破した廻廊は十から先は数えなかった。何の意味もない、誇りにもならない数字だからだ。
そんなある日――彼は東にある《第三聖女都市》の近辺にある廻廊で死ぬことになるはずだった。
剣が通らない《堕天》だったからだ。
スライムのような形状の、恐ろしく柔らかい身体。切り離したところで再生する。そんな《堕天》の前にアルフォーリアの剣は通じない。逃げるしかなかった。
挙句に武器は溶かされ、抵抗する術も失った。そんな状態で廻廊を彷徨えば待っているのは死そのものだった。
「ここで終わりか……まぁ、頑張った方か」
抗い続けた。
夢を叶えることなく、しかし諦めきれず、《第六位》に少しでも貢献したいが為に自刃することなく動き続けた。しかし何一つ取り戻すことはできぬまま、誰にも知られぬまま終わって逝くのだろうと。
廻廊の隅に横たわり、これまでのことも思い返しながら瞼を閉じる。
《第六位》に救われたこの命を、少しでも彼女のために貢献できただろうか。夢を叶える前に《第六位》から棄てられて、真実を知るために夢を捨ててまで別の聖女騎士になった。
何も出来ずに、今こうして終わりを迎えようとしている。それなのに両目を閉じて眠るように死のうとしているアルフォーリアの閉じた瞼の向こうが眩しいのは何の皮肉か。
「眠らせてくれよ……」
酷く眩しい光に苛立つようにアルフォーリアは双眸を開けば、
「なんだよ、これ」
壁の一面だけがふざけたように発光している。アルフォーリアの瞳がその光を吸い込んでいる。あまりにも眩くて、今にも瞳を閉じてしまいそうなのに、
「なら愉しませてくれよ」
その先に何が待っているのかわからない。だけど散々に絶望ばかり押し付けてくるのだからせめてそれを一縷の望みとして、イズクは光の中へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『どうして、ここに?』
聞こえたのは声だった。
「いや、光が視えたもんだから……」
アルフォーリアの瞳が捉える光をただ追いかけただけだ。目が良いだけの《奇跡》がその光を掴まえた。
小さな部屋。
台座も無く、ただ無造作に床に突き刺さった剣。
そしてアルフォーリアの頭の中で言葉が過る。
今まさに死を受け入れていたアルフォーリアの眼前で現実から遠く離れたことに直面して、その声に対して言葉を返してしまった。
『そう……我を見つけたのね……』
その声はか細く、そして何処か諦めたように。
『これで我も……終わりね』
「それは奇遇だな。実は俺もなんだ」
剣に向かって喋るアルフォーリアは自嘲して、その剣に背を向けたまま座り込む。
「もう、疲れた」
何と無駄な人生を過ごしたことだろうと。
守るべき者の為に夢を叶えようとすえば始まる前から終わっていて、真実に近づけば独りではどうすることもできない無力さに突き放されて、これ以上何も出来ない結末に身を裂かれそうだった。
『でしたら……我の願いを、叶えてくれるなら――力を、お貸しします』
剣の突然の要望に、背を向けて座っていたはずのアルフォーリアが振り向く。
「……願い?」
『ええ……旧友を、救いたいのです』
救えなかった者がアルフォーリアにはある。まだこの時はイズクが生きていることなど知る由も無かった。だから死ぬまで絶望に蝕まれながら生きていくことになると思っていた。
だから、剣の願いを叶えてやるぐらいは――自分にそれが出来るから、もう棄て去るつもりだった命を役立てることができるなら、
「救う……か。俺には出来なかったことだ――」
そしてアルフォーリアは剣を握り、
「名前はあるのか?」
『――《白銀》……そう、呼ばれていました』
これがアルフォーリア・エンドスケッジと《七虹》が一翼――《白銀》との出会いであった。
「俺で良ければ好きに使え」
『疑わないのですか……我が何なのかを……』
「もう世界を疑うのに疲れた。それならもうここで終わってくれた方が助かる」
たった独りで見えない敵と戦い続けるのに飽きた。
どうしてこうして生きていることを選んでいるのかもわからない。そんなわけがない、知っているくせに。
アルフォーリア――お前は……《第六位》に救われた命を自分で散らすことが出来ない臆病者だ。誰かに殺された方が幾分マシだ、と。
「《七虹》なんだろう……だったら上手いこと使ってくれよ。なんでそんな剣の形になってんのかも、俺が生きてたら教えてくれ」
そしてアルフォーリアは銀の長剣を抜き、《白銀》に力を貸すのだった。




