39/死闘:始まりの渓谷《エルディメ》ルリリル奪還戦(1)
復讐は意味を為さない。
そんなことはイズクも重々理解している。
《一桁位》の《聖女》を殺せば、より強大で凶悪な《堕天》を倒せる者がいなくなってしまう。イズクが行うことは間接的に人類を死にさらすことに変わりない。
死んだ者は還って来ない。信頼も信用も戻っては来ない。イズクの手から零れ落ちた全てが覆水と同じく二度とその手の中に返って来ることは無い。
だが、それでも――これまでずっと耐えながら、《聖女》として《第六位》という名を背負い《終わら不》の《奇跡》によって死なないだけのイズクは人類の為に死を繰り返して来た。
しかし裏切られた。
だからやり返すだけだ。
「今度は、逃がさない」
北の最果てにあるエルディメ山の渓谷へと向かう。そこがイズクの終わりと始まりの場所。
《聖女》としての終わり――《魔女》としての始まりの舞台。
世界は要らない。欲しいのは《第四位》の命。
イズクの未来を最も冒涜した存在――だから最初に殺すべき相手を選ぶ。
「ははっ、本当に来たぞ。腕も足も元に戻っているとは……相も変わらず気味の悪い《奇跡》だな」
だが待ち構えていたのは《第四位》ではなく、
「……ゴルディル・デルリラン」
《一桁位》の《第三位》である《聖女》ゴルディル・デルリランが黄金の剣を握り締めたまま、
「クロウディアならお前を《蓋》にした渓谷のにいる」
だがゴルディルは剣を構え、
「だが、ここで殺すがな」
漏れ出る殺意を止めることなくゴルディルの黄金の剣が輝いている。しかしそんな狂気の煌めきにイズクは臆すことなく前進しようとする。
しかし、
「聖女様……悪い、《第六位》の復讐の邪魔をすることになるとしても――」
アルフォーリアは左手で銀の長剣を鞘から抜く。
「構わない。私はルリリルを助ける――《第四位》を殺す」
そして、
「私の聖女騎士が勝てば、それでいい」
孤独のままならば、このまま戦っていたことだろう。
しかし今はルリリルを助けに来た。優先すべきはそれだ。その果てで《第四位》を殺す。イズクだけでは成就できない。だからアルフォーリアに再び託す。
それに第四聖女都市の廃墟にて右腕を奪った相手だ。アルフォーリアもまた再戦したい気持ちが強いのだろう。
「ゴルディル……お前は他の《聖女》の中でもいちばん騎士のように力強く、気高い《聖女》だった」
《一桁位》の《聖女》パーティでいた頃、イズクはゴルディルに感心していた。騎士のような立ち振る舞いに、率先して前線に赴き、《堕天》を刈り取るその姿に。
だがイズクが《魔女》になり果てたあの日、イズクの喉を潰し、反論することすら阻止された。
「私を……救済の為に《蓋》にした――どうして私を《魔女》にした。私を殺そうとした?」
「腐れた竜を放ったせいで、ワタシの家族が殺されたからだ」
ゴルディルの刀身がイズクの首を刎ねようと薙いだ。しかしすかさずアルフォーリアがそれを阻止する。片腕だというのにゴルディルの剣技を受け止めていた。
「……忌々しい」
片腕だというのに尚も戦意を失うことなく立ち向かうアルフォーリアの姿を前に、ゴルディルはわざとらしく舌打ちをしたまま一歩後ろへ下がる。
「オマエは復讐のためにここに来たと言ったな? ならワタシもまた復讐のためにここにいる」
「それは私じゃない」
腐れた竜を放ったことも、瘴気を撒いたことも、世界を終わらせようとしたこともどれもこれもがイズクがしたことではない。なのに誰もがイズクが諸悪の根源と現を抜かす。
「……ゴルディル、お前――受け入れられないだけだな」
だから小馬鹿にするように、イズクと同じように大切な者を喪っているのなら現実を見ろと。間違った認識で、敵に仕立て上げるな。
「八つ当たりで、私を殺すな迷惑だ」
怒りを向ける相手を間違っている。何故なら今でこそイズクは確かに《赫黒》をその身に宿らせ、腐敗の力を使うことが出来る。
しかし竜そのものを世に解き放ったのはイズクではない。草木を腐らせ、湖を干し、町を壊し、人を殺したのも誰かがそうするように画を描いた。
そして悪役にされイズクは《魔女》にされた。ゴルディルの家族が竜に殺されたとき、ゴルディルにとっての憎むべき敵がイズクになった。
憤怒を向ける相手がいないのなら、作るしかない。
「骨も残らずワタシの家族を焼いたのは愉しかったか」
「アルフォーリア」
イズクはゴルディルに意識を向けることを止めた。
本当の敵を見つけることもせず、ただ一貫してイズクを《魔女》として殺意を向け続けているゴルディルにこれ以上何を話しても無駄だと分かったからだ。
《一桁位》として、なぜか最も復讐から遠のいている。
《魔女》に仕立て上げられたとき喉を潰された。何か叫んでいたのはこれのことか?、と。
お前は私を《魔女》にしたのではなく、《魔女》だと思って剣を執っているのか?
「どうでもよくなった……貴方に任せる」
ゴルディルに対してはもはや《第三位》であろうとも何の想いも浮かばない。イズクから《聖女》の名を奪った者に対して復讐を果たす物語にただ一方的に曲解したまま敵として立ち塞がれても邪魔なだけでしかない。
イズクの進むべき道をただ塞ぐだけの障害物ならば退かすだけだ。今はこれの相手をしている場合ではない。
もはや《第三位》のことなど路傍の石と変わりがなかった。それほどまでに《第四位》のこれまでの行い全てに比べて薄い。
「待て――――」
「――待たない」
ゴルディルに一切の関心を失ったイズクはそのまま渓谷へと進もうとした。だがそれを阻止しようとゴルディルは剣を振るが、アルフォーリアがそれを止める。
「邪魔だ、騎士に用は無い」
「俺にはある。《第六位》は俺に託してくれた。《一桁位》である《第三位》を倒せと命じた」
イズクが渓谷へ消えていく。その姿は小さくなる。イズクを止めようとゴルディルが追いかけようとしても、それは全てアルフォーリアが止めて来る。
「追い付きたければ俺を殺してからだ」
「ああ、そうだな……では、そうしよう」
イズクに向けられていた殺意がアルフォーリアに移り、そして瞬間でアルフォーリアとの距離を詰める。
一撃。
下か上へと振り上げれる一閃に対し、アルフォーリアは自身の剣で受け止めることはせず後ろへ下がることで回避する。
明確な殺意を持って振り放たれるゴルディルの攻撃を受け止めるのは危険だった。現にアルフォーリアは右腕を失ったのだから。
何かしらの技術……いやそれはあり得ない。アルフォーリアの眼にはしっかりとゴルディルの攻撃は一撃のみ。一振りで二撃重ねて放たれては捌き切れない。
「間違いなく……《奇跡》――」
《一桁位》が《聖女》としての最高位と呼ばれるその所以は祈る必要がないからだ。
アルフォーリアやルリリルのような五感が強くなる程度の《奇跡》もまた祈らず念じるだけで使えるのも意外と便利ではあるが、《一桁位》は命を奪えるほどの脅威を誇る。
思い出せ――と、アルフォーリアは初めてゴルディルと対峙したときのことを思い出す。
振り放たれる剣撃を捌こうとしたとき、まるでするりと躱された。通り抜けるような――そんな感覚。
そして何もない空間を切先で傷つければ、そこがひびが入り何かが覗いていた。
(見極めろ)
名も無き《奇跡》はただアルフォーリアの視力を強化するだけだ。だから見えるはずだ。見つけることが出来るはずだ。
「死ね」
横に薙ぐゴルディルの黄金の刃を寸前で屈み回避する。それと同時にアルフォーリアはその刃を振るうゴルディルの背後から伸びる巨木のような腕を垣間見る。
「見えた」
思わず声が出た。右腕一本で《第三位》の《奇跡》の正体を見破れたのだ存外高まっている。しかし片腕のアルフォーリアではその巨大な腕から伸びた槍を弾くことは出来ず吹き飛ばされる。
背中から岩の壁に衝突し、アルフォーリアの視界は上下左右が逆さまになる。
「目が良いのは……厄介だな」
「はは……それだけが取り柄なもんでね」
そのまま吐血し、額から血を流し、剣を杖に崩れそうな身体を支えている。
「あんたの《奇跡》は本当に単純で、きっといちばん強い」
「《一桁位》では最も《堕天》の討伐数が多かったからな」
そしてヒビ割れた空間から伸びた腕が元へ戻ったと思えば、そのままもう一本の腕が飛び出し、割れた空間の穴が徐々に広がり鬼のような巨大な顔が現れる。
「《第六位》は何も知らない。ワタシの《奇跡》のことを知らぬから、お前に何一つ助言できなかった。だから腕を失った。可哀そうだな」
ここへ来る途中にアルフォーリアは《第三位》の《奇跡》について訊いていた。しかしイズクも詳しい情報は持ち合わせていなかった。何せイズクといたときは他の《聖女》もいたことでゴルディルの《奇跡》の全容を見たことがなかったからだ。
しかし何も無い空間に刃を入れる度にゴルディルは一振りで二撃以上の斬撃を与えることだけは共有していた。初めて出会ったときは仮面を被っていたせいでイズクも《第三位》だと気が付かなかったせいでその情報を知ることが出来なかった。
結局はアルフォーリアの腕を失くした原因はイズクにあるのかもしれない。
「いや、可哀そうなのはお前の方だよ……」
しかしアルフォーリアは決してイズクに対して恨みを呟くことはしなかった。寧ろゴルディルに対して同情しているようにも見えた。その視線がゴルディルを不快にさせていた。
「もう負けられない。《第六位》にお前を倒せと言われた――」
どれだけ剣の才があったとしも《奇跡》の前では全てが虚無だ。圧倒的なまでの暴力を前にアルフォーリアに成す術はない。それでもその目に光は灯ったまま。
「いや、死ぬのはそちらだ。ワタシの《王たる仁》》を前に次は首と胴体を終わらせてやろう」
《第三位》であるゴルディルの《奇跡》がついに顕現する。ゴルディルの背後に、別次元から姿を現す巨大な二本の腕と顔。黄金に輝く像のように、しかしその表情はただ全てを恨み憎んでいるようなおぞましい形相だった。
しかし、そんな破壊の化身のような《奇跡》を見せられて尚もアルフォーリアは決して絶望しない。
「本当に、それだけの力を持ってどうしてあんたほどの《聖女》が……《第六位》にあんな酷い仕打ちをと思うと、泣けてくるよ」
「ワタシを愚弄するな。全てを奪った《魔女》が生きているなどあり得ない。だからこそここで貴様は殺し、その後に《第六位》を殺す」
アルフォーリアも理解する。
イズクがこれ以上何も言わず、背を向け、復讐の一人であった《一桁位》に対して感情を捨ててしまったのか。
「そうか、じゃあもういいよ……俺も、これ以上大人しくするのはやめだ」
そしてアルフォーリアは杖にしていたはずの剣を刺さっていた地面から抜く。
「なら、死ぬがいい」
「いや、もう終わりだ。俺が終わらせる」
「どういう、ことだ?」
そしてアルフォーリアは天に向かって高々と剣を向けた。
「《第六位》の言葉を借りるなら、お前は復讐するに値しない――と、いうことだ」
そしてアルフォーリアは持っていた銀の長剣を敵に向けず、自身に突き刺していた。




