36/別離:第四聖女都市・廃墟《第四位》(5)(終)
それは完全な敗北だった。
しかし第四聖女都市の廃墟からなんとか逃げ果せ、追手が来ることもなくアルフォーリアは一先ず安堵し抱えていたイズクを下した。
だが未だにイズクの片腕と片脚は切断されたまま、そして胴体は貫通し――ついには喉まで潰されている。これでまだ生きているのが不思議である。
イズクの《奇跡》の効果が弱まり、そのせいで全ての傷が元に戻らない。《終わら不》の《奇跡》の所有者であるイズクはこれまでだって何度も何度も死んで当然の致命を浴び続けて来たがそれでも何事もなく生き永らえていた。
しかし今はその《奇跡》の効果が《薬》によって弱まったことで命すらも戻らずに消えてしまいそうだった。だがイズクは死というものが解らない。どちらかと言えば眠りに近い。
酷く眠い。
このまま目を閉じてしまえば、永遠の眠りにつける――そんな気がした。
ふざけるな。
何を腑抜けたことを言っている――今のお前は酷く惨めだ。あまりにも愚かだ。信者を置き去りにし、何も出来ず、騎士の助けがなければこの物語はここで終わっていたことだろう。
アルフォーリアを責めることもできない。そのような権利はイズクに持ち合わせていない。片腕を失ってまで助けに来た騎士に対して一体どんな言葉を投げ掛ければいいのだ。
だからイズクは自身を叱咤し、強く願う。念じる。失った部位も、塞がらない傷もこれまでは考えることなくただ終わらず、元に戻っていた。
だが《第三位》に投与された《薬》のせいで治りが極端に遅くなっている。しかし時が止まることはない。完全にイズクの《奇跡》が使えなくされてしまえば既にイズクの命は終わっているはずだ。
ただ《奇跡》の効果を低下させているだけならまだどうにかなる。イズクは残っている腕を傷口へ伸ばし、手のひらで覆いながら、
(治れ、早く……治れ)
ただ願う。言葉にして、イズクの《終わら不》の発動を促す。喉も潰されているせいで声に出すことは出来ないが、それでもその胸中はイズクの終わりを否定し続けている。
「……ガ、ああ、ガ」
抉られたはずの喉が少しずつ再生している。《薬》の効力が失われつつある。腕も足も段々と形を作り出している。風穴の空いた胴体の傷を塞がり始めた。
「ああ……、――ふぅ、ありがとう、アルフォーリア……助かった」
そして完全にイズクの喉の再生が終わり、イズクはアルフォーリアに感謝を告げる。
「いえ、俺は…………」
アルフォーリアは思いもよらぬイズクの言葉に動揺を隠せないでいた。二者択一の場面、イズクもルリリル両者を助けることが出来ないあの瞬間で即座にイズクを選択したことを非難されるとばかり思っていた。
アルフォーリアは《第三位》の驚異的な強さに片腕を失ってしまったが、なんとか命を繋ぎ止めイズクを逃がすことは出来たがルリリルは連れ去られてしまった。
だからアルフォーリアはてっきりイズクに容赦ない言葉を叩きつけられるとばかり思っていただけに、感謝されたことが信じられなかった。
「いや、でも……」
「生きてる」
イズクはそう言い切る。
「私の感情で生き返らせたあの子は……まだ生きてる。うまく、言葉にはできないけど――」
初めてルリリルと出会い、殺され別れるはずだったルリリルをイズクは独りになりたくないという理由だけで生き返らせた。
自身の血肉を与え、《七虹》である《赫黒》の一部で傷ついた心臓を再び動かした。瞳の色も、未来も奪い――それでも共に生きようと誓った。
そんなルリリルは《第四位》に連れ去られ、そのまま殺されてしまってもおかしくはないとそう思ったが、イズクは両目を閉じ、ルリリルの身を案じればそれはただの楽観的な憶測だと言われてもおかしくはないが今はまだ生きていると感じる。
心臓の動いている音が聞こえる。
聞こえる。
ルリリルは生きている。
そしてイズクの身体は完全に回復し、終わらず健在だった。
「アルフォーリア……そんな身体になってまで助けに来てくれてありがとう――でも、まだ、もう少しだけ……動いてくれる?」
片腕を失い、剣も無くし、それでもアルフォーリアの心は折れてはいない。《第六位》の願いを叶える為に、まだ戦える。
「俺は《第六位》の聖女騎士だ。何処へだって共に行くさ」
そして片腕を伸ばし、手を広げる。
すると突然、広げた手の中に銀色の光が集まり無くしたはずの銀色の長剣が姿を見せる。
「……え?」
イズクも目をパチパチとさせて、何も無い空間から召喚された剣と前に言葉を失っていた。
「これは《奇跡》ではなく、その……聖女様と同じさ」
その言葉にイズクは納得してしまう。
戦う術を持たない《奇跡》の所有者が如何にしてここまで来れたのか。イズクは《七虹》の一翼である腐れた竜の瘴気を使い、ならばアルフォーリアは――
「……俺も、持ってるんですよね」
「だから、ここまで来れたんだね。そっか……アルフォーリアも、そう、なんだ……」
アルフォーリアの身にもまた《七虹》が宿っている。その力を何処で手に入れたのかイズクが知る由もないが、だがその力は今日までの人類史を繋いできた力。
「それでも《第三位》は強かった……何も、出来なかった」
それほどまでの力を保有していながらアルフォーリアは《第三位》であるゴルディルに敗れてしまった。失った右腕がその証明だ。
「次が、勝つさ……」
それはイズクも同じだ。
イズクもまた《第四位》に敗れた。
しかし敗北したとしても、その現実を受け入れ、こうして立ち上がっている。
だからイズクは諦めない。アルフォーリアも再び剣を執る。
向かうべき舞台はわかっている。
「往こう……私が《魔女》と呼ばれた場所へ――」
――次を、最後にするために。




