34/別離:第四聖女都市・廃墟《第四位》(3)
平然と自分の聖女騎士であろうとも駒のように使う。
そして《堕天》の死体すら活用し、挙句には亜人の子供たちの未来すら弄ぶ。
イズクだけでなく、他の誰かの先まで奪う。
《聖女》でありながら、どうしてそこまで墜落た――《第四位》と、イズクは心の中でそう思っている。だが、もはや言葉は要らなかった。
《堕天》の原形を失った肉塊が動き出し人々を襲うことでそれも誰かが新たな《堕天》として名を付けられた。真実は《第四位》が作り出した虚像の《堕天》――リフレイン。
《第四位》は実験で作り出した怪物だが、人類の不安がその虚像を本物に変えてしまった。誰もが真実を知らぬ以上それはいつまでも《第四位》が生み出したという真実に辿りはつけない。だが、別にイズクにとってはどうでもよかった。ここでどうせ殺すのだから。
エルディオが祈り、《奇跡》を使おうとしているがそれを阻止しようにも壁となって遮る三体の肉塊のせいで遮られる。
ルリリルの耳はその三体の中に亜人の子が取り込まれているのが聞こえる。しかし片言のように「たすけて」と呟いているが、
「聖女さま……もう、あの子たちは……」
イズクはルリリルの言葉を聞き、襲い掛かるリフレインを両断していく。しかし切り裂いたところで既に死んでいる《堕天》を殺すことはできない。
そしてもう取り込まれた亜人の子を助けることもできない。ならばイズクに出来ることは一つしかない。早く楽にしてあげるしかなかった。
「もうちょい躊躇して、迷ってくれたらよかったのになぁ」
迷いを生じることなくイズクは肘から生える骨の刃を振り切っていた。刃には瘴気を纏わせ、再生させることなく朽ち果てていく。
動きを鈍らせることなく攻撃を繰り返すイズクを前にエルディオの口から滲み出る《第四位》の残念そうに嘆く声。
「私が何の為にここまで来たか知っているだろう」
だからイズクははっきりと答える。
「お前を殺す為だ」
亜人の子供の声を使い、救いを懇願し、迷いを生じさせる。それが《第四位》の狙いならば残念ながらイズクは止まらない。
「私もどうせ地獄に落ちる。これ以上は何も言うまい」
「ああ、わかったよ。もういいよ」
そのままエルディオの身体を介して喋るクロウディアはつまらなさそうに祈るのを止めて、そのまま奥へと消えてしまう。逃がすわけにはいかない。
しかしイズクが追いかけると同時に三体の肉塊がその先へと進行を妨げるように襲い掛かる。触手を伸ばし、イズクの右肩を貫くがそれと同時に触手はイズクの内に篭る瘴気に触れて溶けて消える。
だがそのまま残り二体のリフレインは質量を利用してイズクに圧し掛かる。常人ならば間違いなく圧死であろう質量で圧し潰されているというのにそのままリフレインの一体が潰したイズクの全身から噴き出した瘴気で溶けている。
「酷い、話だ」
そしてその腕には眠るように動かない亜人の子供の抱きかかえている。既に死んでいたとしても、せめて亡骸だけは五体満足で回収してやりたかった。
だがイズクの瘴気は効果そのものを切ることは出来ても、対象は選べない。反撃に使ってしまえば範囲内にいる全てを破滅させる。そして息絶えた亜人の子は腕の中で消滅していく。
イズクがやったわけではない。そうしたのは別にいる。だが、イズクがここに来たせいで殺したものではないか――そう思うと居たたまれない。そっと両目を閉じる。
だが傷心する隙間さえ与えずもう一体リフレインが先端を鋭く尖らせて触手をイズクの顔面に叩き込む。イズクの首から上が吹き飛ぶものの、そのまま身体は倒れることなく両手の手のひらを合わせていた。
ルリリルがイズクの惨たらしい状態と化しているが声は出さない。「聖女さまなら大丈夫だ」と、祈ったところで何も起きないけれどそうせずにはいられない。
だがルリリルの祈りは通じている。瞬く間にイズクの首から上の無かった筈の顔が元に戻っている。そして両手には漆黒に染まった光が包まれている。
「お願いだから、もう……大人しくしていてくれ」
そのまま両手を前方に掲げればそれは沼地の廻廊で使用した《腐敗の吐息》を使用していた。吐息と名を冠しているが口からではなく手から放出されているが、そのまま闇黒の光がリフレインを跡形も無く崩壊させていた。
「行こう」
敵の消滅を確認し、そのままイズクは最奥であるクロウディアの待つ場所へと進む。ルリリルがチラリと檻の中で横たわる亜人の子たちを見ていたが、もう誰一人として動くことなく何も言わない。
「助けたいよね」
「え……」
何も言わなかったルリリルに対してイズクが小声でそう言っていた。ルリリルの耳は確かにイズクの言葉を拾っていたが、
「聖女さま……もう、あの子たちは……」
わかっている。
何かしらの《薬》で、イズクたちには到底理解のできないおぞましい実験に使われたことでもう自我は崩壊している。
だが、
「まだ、生きている子もいるかもしれない――《奇跡》は担い手を殺せば効果も消える……なら……」
《第四位》を殺害し、復讐を果たし、《薬》の効能を消し去る。いや、そんなことをしてももう死んでいるなら意味はない。
きっともう手遅れかもしれない。それでも何かしらの希望をルリルには抱かせてあげたかった。イズクが出来ることはこのまま先へ進んで《第四位》を倒すことだけだ。
そして最奥まで、一切の脅威が訪れることもなくイズクとルリリルは奥の部屋に到着した。
しかしそこに《第四位》の姿はなかった。
「本当に、永遠に苛立たせてくれる……」
そこには誰もおらず、いるのはエルディオただ一人。他の《第四聖女騎士隊》の騎士すらいない。《第四位》の姿は見えない。
「ごめんよぉ、キミと殺し合うならもっとふさわしい場所があると思ってさぁ……だからボクはここにいないんだよね」
エルディオの身体を通して《第四位》は内心明らかに悪いつもりなどないであろうに頭を下げさせている。
「君と遊ぶにはもうちょっと準備が必要でさ」
「……準備?」
すると背後から足音が聞こえた。
しかし振り向いた頃にはもう遅かった。
「動くな」
ルリリルが黄金の仮面を被る……《第三位》――ゴルディル・デルリランに片腕で首を絞められ、そして黄金の剣がルリリルの心臓に向けられている。
ルリリルはまだその仮面の正体が《第三位》だと気づいていない。しかしそれよりもルリリルが人質にされていることで困惑している。
「アルフォーリアは……どうした……」
アルフォーリアの姿は無く現われたのは敵だけだった。そして一瞬だけ剣を床に刺し、投げられたのは――右腕だった。
「あの……不遜な男なら――そうなった」
そう言って、すぐに剣を持ち直しルリリルに刃を向けている。アルフォーリアは《第三位》によって敗れたということだ。しかし未だにイズクはその黄金の仮面の正体を知らぬままだが。
「……アルフォーリア――――」
信じた仲間が敗れ、そしてルリリルもまた拘束されている。イズクと違い、ルリリルに不死性はない。小さな傷は常人よりは早く治るかもしれないが《終わら不》の《奇跡》とは違いイズクのようにはならない。さすがに脳や心臓を破壊されれば確実に死ぬ。
「せいじょさま……」
リルリの血を以てしても、抵抗する間もなく動きを封じられ、そしてイズクもまたアルフォーリアの敗北と、ルリリルが人質にされたせいで完全に動きを封じられてしまった。
「はい、おしまい」
そして明確な隙を晒したイズクはクロウディアが操るエルディオの《奇跡》を発動していた。
何が起こったのか解らず、ただ成すがままにイズクの身体は床の上に縫い付けられていた。起き上がろうにも、凄まじい見えない重さに押し込まれイズクは身動きが取れずにいた。
「ボクんとこの隊長やってるだけあるからさ、やっぱ優秀な《奇跡》を使えるよね」
エルディオの《重しき力》の《奇跡》はまさのその名に順ずるかの如く重力を使用する。《聖女》の使う《奇跡》と違い、それ以外の《奇跡》の名称は決まって単純なものが多い。
だが《第四聖女騎士隊》隊長であるエルディオの《奇跡》である《重しき力》はやはり聖女騎士隊長に相応しき能力である。あのイズクもその場で見えない引力によって地に引っ張られ身動きを封じられる。
「さてぇ……ここまでちょっと順調すぎて笑っちゃうね」
そしてエルディオの表情の向こうから、ケタケタと嗤うクロウディアの表情が嫌でも想像できてしまった。
「《第六位》ってやっぱいつまでも変わらず空っぽだね」
知能も、経験も――と、付け足しては愚弄して《第四位》は抱腹していた。




