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33/別離:第四聖女都市・廃墟《第四位》(2)

 ルリリルだけは、まだこの謎の施設の外で激しく響く音を聞き取っていた。


 アルフォーリアが戦っているのが解る。黄金の仮面を付けていた者の正体まではさすがに聞き取れてはいない。だが施設内が揺れ動く度に、外では激しい戦闘が行わているのをルリリルの耳が確かに感じている。


「ルリリル」

「は、はい」

「私たちは前へ進もう」


 任せると言った――だからイズクはそれ以上は何も言わない。だからアルフォーリアを信じてイズクはただ前へ進むだけだった。


 ルリリルは何も言わなかった。イズクが前へ進むと言ったのなら歩を止めるわけにはいかない。


「しかしここはなんだ……《廻廊(ダンジョン)》にしては、人工的というか……」


 廻廊のように人智では説明できない空間ではなく、人の手によって作られたような場所。ただ一面白く広がる無機質な構造。

 

 歩いている床も硬く、一歩一歩と進む度に部屋中に足音が響く。なんとも気味の悪い。ルリリルは両手で両肩を押さえている。


「せ、せいじょさま……ここ、なんだか、こわいです」

「うん……そうだね……」


 今まで見たことの無い廻廊とは違った異様さにルリリルは怯え、イズクもまた嫌悪を浮かべている。


 その時だ――通路の向こうから音がする。


 遠くから聞こえるせいでイズクには音にしか聞こえなかった。しかし、ルリリルは確実にその音の正体が何なのかわかっていた。

 

 この身震いも、不安も、何もかもがその先から聞こえてしまった。「たすけて」と、ルリリルの耳が震える。


「こどもの……こえです」


 イズクはルリリルの震えた声で全てを察した。その歩は足早に前へと進んでいく。


「たすけて、たすけて」


 助けを呼ぶ声は確かにしている。その声はイズクの耳にも届いている。


「……なんだ、これは」


 そして果てしない白い空間の先、辿り着いたそこは白とは裏腹に黒と赤に染まった異界だった。


 檻の中に動かない亜人の子供。檻の外に肉塊が転がっている。それは沼地の廻廊で見た動く《堕天》の死体によく似ていた。


「あ、ああ……え? うそ……」


 ルリリルは唇を震わせたまま、頭を抱えている。


「ルリリル、どうしたの?」

「こ、こえ……たすけて、って声が――」


 解っている。


「あ、あの死体の、中から……」


 姿も顔も見えないのに《堕天》だった者の肉塊から確かに救いを請う声がする。そしてルリリルは手を伸ばしている。


「言われた通り、ここまで来たということか」


 そしてゆっくりと姿を現したのは《第四聖女騎士》隊長エルディオ・オルベニアだった。現世とは思えない煉獄のような光景を前に、イズクとルリリルを見てほくそ笑んでいるのが極めて不快だった。


「ここで、何をしている」


 イズクは静かな怒りを胸にエルディオに問い質す。今すぐにでも殺してしまいそうだったが、せめてこの地獄の説明をさせておきたい。


「《第四位》様の救済(ユメ)のためだ。そして我々の夢でもある」

「知らん。お前たちの酔狂に突き合わせるな。酔い潰れて死ね」


 そしてイズクは両手を重ね、


「《薬》が完成すれば、世界は救われるのだ」


 イズクはその言葉に動きを止める。


「そのための研究だ。《堕天》を意のままに操れればどうだろうか?」

「いいのか? そんなことを私に話して」

「《第四位》様には話せと言われている構わない。研究で忙しい。代わりに話をして来いとのことだ」

「それは親切に……ただ、まぁ、やはり反吐が出る」


 操ると言っても死んだ肉を動かしているだけだ。《堕天》を操る――なんとも素晴らしいことだ。思い通りに操縦することが出来れば、それでもう《堕天》と戦う必要はなくなる。


 いや、なんでそんなことをしている。


 イズクもルリリルも眼前に放たれる惨状を前に疑問と遺恨に苛まれている。だがルリリルはずっと震えている。沼地の廻廊で出会ったリフレインと呼んだ動く《堕天》の死体とは違う。ルリリルはただ口元を手で押さえて、


「せい、じょ……さま……」


 ルリリルの顔面は蒼白し、額には汗を搔いている。


「あ、のなかに……子どもが……」

「…………………………なんだ、と?」


 ルリリルはそのままぺたりと脱力し、座り込んでしまった。その目は涙が浮かんでいる。そしてルリリルの言葉を聞いてイズクも眩暈がするように視界がぐにゃりと歪んでいた。


「《堕天》の死体のまま《薬》を使っても動きこそしても暴れ回ってしまってね」


 「まだ完成には至らないようでね」と、付け足しエルディオは手を広げる。


「ならぁ……《堕天》と他の生物を取り込ませてから《薬》を打つとね、言うことを聞くってわかったんだよ。でもね相性というのもあるらしい。どうも亜人の子供がいちばん適応するんだよ。《堕天》も選り好みするらしい」


 と、エルディオが腹を抱えて笑っていた。初めて会ったときの印象とはまるで違う。だが、そんなことはどうでもよかった。イズクは思った。これが人類のやることなのかと。《聖女》がそんなことをするのかと。


 ウルリエ村でのことを思い出す。亜人の子供たちを攫っていた。そして攫った後はここに連れて来て実験の材料として活用する。


 化物だ。


 《第四位》は――人が行う範疇を超越した外法に手を染めている。


「……《第四位》は、《聖女》などではない」


 だからイズクは言わずにはいわれない。


「――何が《聖女》だ。私が《魔女》ならお前たちはなんだ……この《悪魔》が」


 そして檻の中には連れて行かれたであろう亜人の子供たちがいる。しかし全員が虚ろな目のまま、鎖につながれたまま呆然としている。


 そんな檻の中でぐったりと動かない亜人の子供たちはただ魂の無い抜け殻のように横たわっている。外傷は見当たらないが、何かしらの薬物なり投与されて動けなくされているとしか思えない。


「実験を重ね、成果が出ることはやはり素晴らしい……最初は人間に試して、次に《聖女》にも――」

「それで、()()()()()()()()()()()()


 イズクはすぐに違和感の正体に気付いていた。明らかに出逢ったときの印象と違っていた。そして癪に障る厭な喋り方。男の姿をしているのに、何処からか感じ取れる薄気味悪さ。


「人間だとすぐ溶けて死ぬんだけどね。まぁ、当たりを引けると行けるみたい」


 隠すつもりもなくエルディオだったモノを通して《第四位》が語り続ける。


「ああ、でもこいつに使ってる《薬》は違うよ。鎧の廻廊(ダンジョン)でぇ……なんだっけ、えーっと……あれ、だれ? 名前なんだっけ……ほら、薬打ってパワーアップしてた子だよぉ」


 鎧の廻廊(ダンジョン)《アデメルドウワン》でルリリルを奴隷として扱い、そして最期はイズクの手によって屠られた《第九十三位》ロレイメリア・リビィレリナ のことだろう。


 確かにあのときに打ち込んでいた《薬》と同じように意識を《第四位(クロウディア)》が乗っ取っているように見える。


「あれはボクが適当言って渡した《薬》だね。《第六位》も知ってるでしょ? ボクの《奇跡》のことはさ」


 イズクは廻廊を潜り続けていたのは《第四位》が《薬》を作り、それに様々な効果を付与できることを知っているからだ。《第四位》の《奇跡》それはイズクが《聖女》の頃から文字通りの奇跡の効能だった。


 傷を癒すどころか千切れた部位すら再生させる。不治の病は何であろうとも回復させる。その逆も然りで如何なる耐性を持とうが生命を毒殺することもできる。しかし当時に《第四位》はそれを使用することはなかった。


 欠点があるからだ。注射器に注入された薬液を投与するという《堕天》に接近して確実に針を入れる必要がある。


 《第四位》自体は本当に見た目通り子どもとなんら変わりなく、運動能力もただの人類と大差ない。しかしそこは他の火力を持つ《一桁位》の《聖女》らでカバーしていたわけだが。


 いつの間に《第四位》は注射器と薬液をセットにして他者に持たせている。鎧の廻廊でもそうだった。廻廊に潜れば決まって落ちている。誰かが使用している証だった。だから廻廊を潜れば手がかりがある。そう信じて潜り続けていたわけだ。


「お前は他者に自分の《奇跡》をばら撒いて、何がしたい」

「え? ああ、いやね死んだ生き物が死なない《薬》を作りたくてさぁ。さながら《第六位(きみ)》みたいになれる《薬》をね。それがね? 一度死なないとダメなんだよ。難しいね」


 イズクはわざとらしく舌を打った。どんな《薬》でも作れるというその《奇跡》の担い手が、思い描く願望があまりにも腐りきっていることに。


 だが、一つだけわかったことがある。


「違う」


 だからイズクは強く否定する。


「それは違うな……クロウディア」


 はっきりと、言い放つ。


「それは死んだモノを動かしている《薬》だ。そんなものは死なない《薬》ではない。」


 どれだけ回りくどいことをしても、死んだものを動かしているだけでそれはもう既に死んでいる。イズクのように《終わら不》を再現するには至っていない。


「お前は作れないんだよ。それだけは……命までは、どうにもできない。傷や病を治せる《薬》は作れても、それだけは決して――」


 死んだ人間を生き返らせることが出来ない時点でその《奇跡》は全能ではないという証明となっている。これまでも傷や病を治しているのは見た。失った部位すらも元に戻す万能さを見せてはいた。


 しかし、それでも既に喪われた命そのものを回帰させるようなことは出来ていない。そんな《奇跡》が不死を再現することは出来ない。


「ああ、そういうこというんだ――」


 そんなイズクの指摘に、エルディオ越しから見ているであろうクロウディアの表情は明らかに引きつっているのがわかる。


「まっ、いいよ。それな奥まで来なよ……やっぱお前さ、嫌いなんだよね」


 そしてエルディオは祈りの構えをする。《奇跡》を行使するのだろう。もちろんそれを阻止しようと、イズクは肘の骨を突出させ腕を切断しようとしたが――


「あれぇ? これが一体しかいないなんて言ってないけど??」


 壁を突き破り、二体のリフレインが強襲する。そして遮るようにエルディオの前に一体と肉壁による籠城を開始する。


「ルリリル、下がって」


 言われるがままにルリリルはイズクの後ろへ下がる。


 イズクの表情に焦りは無かった。

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