32/別離:第四聖女都市・廃墟《第四位》(1)
聖女都市は五つ存在している――はずだった。
その中で知らぬ間に《堕天》に陥落されてしまった都市が《第四聖女都市》だ。
陥落……と、いっても元より栄えていたわけではなく、都市を開発していた途中で破壊されてしまったという方が正しい。イズクがまだ《聖女》であった頃に《第一聖女都市》に《第一》という言葉はなかった。
だが《聖女》たちの拠点を増やすという点でも都市を増やす計画があった。そのときに中央の聖女都市を《第一聖女都市》とし、そこから《第五聖女都市》まで作っていたわけだが……《第二》と《第三》はなんとか完成したが《第四》は開発途中で破壊され、《第五》の開発計画は凍結となった。
そして壊滅した《第四聖女都市》はもはや《堕天》の巣窟と化しており近づく者は誰もいない――という話だったのだが、それもイズクがいなくなった後の《一桁位》の活躍によって《堕天》自体は全て処理されている。
しかし復興することは叶わずそのまま瓦礫と化し、既に廃墟として放置されてしまった悲しき都市である。
「……、ま?」
イズクは立ち尽くしたまま、
「……聖女さま?」
いくら声を掛けても反応のないイズクを心配して、ルリリルは何度も何度も声を掛けていた。
「あ、ああ……ごめん、ルリリル……ちょっと、考え事を――」
ようやくルリリルの声がイズクの耳に届き我に返るのだった。だが考え事をしているというのは些か無理がある言い訳だったろう。
滅んだ《聖女都市》を前にして、イズクはふと《聖女》であった頃の記憶を思い出してしまったのだ。
思えば《聖女》として行動をしていたあの時、誰一人としてイズクのことを《聖女》として迎え入れてはくれなかった。しかし自身の行いが間違っていなかったことはルリリルとアルフォーリアの存在が証明してくれる。
だから、もう構わない。
過去は要らない――必要なのは《一桁位》の死だけである。
しかし《第四聖女都市》はもはや都市とは呼べぬほどに更地と化しており、そこら中に瓦礫と廃墟。作りかけのまま放置され朽ち果てた建物だらけで完全に終わりを迎えた都市と成り果てている。
「《第四位》……本当に、いるのか?」
ここにクロウディアがいる保証などどこにもないというのに、イズクはすぐにこの《第四聖女都市》の廃墟へと足を運んでいた。
「聖女様、気を付けてくださいよ。何も無いのが逆に怪しすぎますから」
アルフォーリアの《奇跡》により遠くを見据える眼をもってしても敵影すら映らない。そしてルリリルも横で耳を立てて遠くの音を拾い集めているが同様に首を横に振る。
「とにかくあの……塔のような、あそこまで行こう。何も無ければ帰ればいい……しかし――」
わざわざ来いと言い、挑発するような真似までする《聖女》だ。何もしてこないわけがないと、心の奥底でイズクは警戒していた。
《聖女》として共に行動していたときから何を考えているのかわからない《聖女》だった。子どものような容姿でありながら、その《奇跡》によって精製する《薬》は《堕天》を毒殺し、人々の傷や怪我を癒し、まさに万能そのものであった。
しかし《堕天》を前にしても、人類を前にしても、ケタケタと屈託なく笑い、何がおもしろいのか――
しかし時折目の前の命が生きていようが死んでいようが酷く醒めたような、感情の無い光を失った瞳で見下ろしていたのを知っている。その眼で、イズクも何度も見られているから知っている。
そしてイズクたちは廃墟と化した都市の中心部まで進んでいく。今ではもう何の為に作られていたのかわからない半分に折れた塔のような場所へと向かっていく。
その間もアルフォーリアもルリリルも周囲に意識を向けているが敵対している聖女騎士も《堕天》も現れることなく、そのまま中央まで到着してしまうのだった。
「どういうことだ?」
だがその塔の手前に大きな穴が開いていた。まるで廻廊のように口を開き、瓦礫や他の壊れた建物とは違う白く塗られた異質な入口。
「廻廊……か?」
アルフォーリアも見たことのない異様な光景に戸惑っていた。
しかしその入口に近づいたイズクに対して、ルリリルとイズクは反応した。
「良き従者を連れてるな」
イズクの背後を斬り付けるはずだった刃はアルフォーリアが受け止め、そしてその刃の主にルリリルが反撃していた。しかしルリリルの短剣はそれに届かない。宙を舞い、そのまま着地すると埃を払い黄金に光る剣を鞘へ戻している。
入口を塞ぐように現れたのは《第四位》と共にいた黄金の仮面を被る謎の存在。
「誰だ、お前は」
イズクは仮面に向かって問う。
「……私はお前を知っているぞ」
「私は知らん。顔を隠しているヤツのことなど」
黄金の仮面の奥底から厭な視線を感じる。イズクは目を細めたままそれを見ている。だが、アルフォーリアがそんな二人の間に割って入る。
「行くんでしょう。ここは俺が」
「ああ、任せた」
イズクはアルフォーリアに仮面の相手を任せる。そして未だ正体不明の廻廊かすらもわからない建造物へと進む。
「行かせると?」
「行かせるさ」
仮面が剣を抜く、しかしそれをアルフォーリアが防ぐ。イズクはそのまま謎の施設へと進んで行く。何かわからない以上、イズク一人で入りたかった。しかしルリリルは無言のまま訴えかけるようにイズクを見ている。
「行こう……」
イズクはそのままルリリルと共に内部へと進んでいく。
「何故にあれに与する」
「俺の全てだから」
仮面の表情は見えないが、アルフォーリアの迷いない即答に小馬鹿にするように笑う。
「なら、揃って死ぬべきだ」
「そんなこと決めるなよ」
名前も、何者かも解らぬ者に行末を決められるなど看過できない。アルフォーリアは剣を抜く。
「そもそも名前ぐらい教えてくれよ」
相手だけがこちらを知っているのは不公平だ、と――アルフォーリアは剣を構えたままそう言った。
「……《第三位》」
そして仮面はやけにあっさりと舌を滑らせる。だがそれを聞いた瞬間、そこでアルフォーリアの身体が強張る。
「ただそう呼べばいい」
顔はわからない。本当なのかもわからない。しかし仮面を被り《第三位》と名乗る者が剣を振り上げる。アルフォーリアとの距離は十分離れている。アルフォーリアの全神経が《第三位》に向けられている。
何も解らなかった。
どうしてそうしたのかも解らない。
しかしアルフォーリアは後方へ飛んでいた。
アルフォーリアの眼は《奇跡》を籠め、ただ何かが通り過ぎるのだけを把握した。だが過ぎ去った頃にはアルフォーリアの右肩から左脇にかけて裂傷していた。
まだ浅い。血は出ているが軽傷だった。
「あれはこの世の悪だ。《第六位》などではなく《魔女》だ。それと共に行動している時点で同罪だ」
そうか、お前もか――と、アルフォーリアは自身の傷を庇うことなく剣を構えたまま不可視の斬撃に対応しようと両目に力を籠める。
「私は貴様のことも知っている」
「そりゃ光栄だな」
「元とはいえ聖女騎士ならば、人類の為に剣を執るがいい」
「生憎と俺は《第六位》の聖女騎士だ」
だから引き下がるわけにはいかない。
相手があの《一桁位》ならばそれは《第六位》の敵である。本来ならば《第六位》本人の目標である。従者であるアルフォーリアが相手をするは間違いだろうが今のイズクは《第四位》の元へ向かっている。
「お前の経歴は本当におかしなところが多すぎる」
しかし本格的な戦いはまだ始まらない。
今の《第三位》はアルフォーリアに関心が向いている。
元は第四聖女騎士。自主的に脱退し探求者に。だがいちばんおかしな点は――
「《聖女》ではない男の探求者が単独で《堕天》を殺しているのが気になる」
黄金の剣を地面に突き立てたまま《第三位》は首を傾げている。だがそれはご尤もな謎だ。《聖女》のような強大な《奇跡》を持たず、ましてやたった独りで廻廊へ潜り《堕天》を殺している。
そしてその成果を重ねることでアルフォーリアは英雄のような扱いを受けている。しかし彼が持つ《奇跡》は視力が良くなるだけのもの。それ以上の効果もない。
「《一桁位》相手に、隠し事は……無理、だよなぁ……」
そしてアルフォーリアは頭を掻き毟りながら、剣を握る。銀色に染まる剣が発光する。
その光の先を見た《第三位》は、地に突き立てていた剣を引き抜いていた。
「ああ、そういうことか」
そして一人でに納得したまま、黄金の剣から光を放っている。
「《一桁位》が《第三位》――ゴルディル・デルリラン」
《第三位》が名乗りを上げる。
「貴様は危険だ。ここで殺す」
そして黄金と銀光がぶつかる。
音はもうイズクの耳に届かない。




