30/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(10)<終>
アルフォーリアは、その動く肉塊を見たのは初めてではない。
廻廊を潜り、最奥へ到達したときに《堕天》がいないときに限って現われる怪物だ。他の探求者がそれに襲われることもあってアルフォーリアは討伐の依頼を請けたことがある。
それは《堕天》ではなく原形の無い《堕天》の死体が動いていたとはアルフォーリアもここで初めて知ることになるのだが。
確か……名前は――
「リフレイン」
そう呼ばれていた気がする。
それが生きていようが死んでいようが人類を殺す怪物ならばそれは《堕天》だ。だからその動く肉塊はそう呼ばれている。しかしこれまでのモノとは遥かに巨体。
死体の元が《第7終止符》だからか、その質量に圧倒されそうになる。しかしアルフォーリアを襲う触手は剣の間合いに入った途端、切断されていく。
「聖女様っ!!」
アルフォーリアが叫ぶ。
リフレインが放つ触手は千差万別に鞭の如く攻撃を続ける。前方からの攻撃はアルフォーリアが切り離していくが、左右から伸ばした触手がイズクとルリリルを狙っている。
「触るな……吐き気がする」
イズクが汚物を見下すような目で今にも触れそうな触手を両肘から突出した刃で両断していく。ルリリルは耳を動かし、飛んでくる触手に指を差す。
「聖女さま、下です!!」
地中を掘りながら、死角から触手が突出する。だがイズクに触れる前に触手はルリリルの短剣で斬り払われていた。
「ありがとうルリリル。少し下がって」
「はい」
イズクの言葉に素直にルリリルは引き下がる。両肘から瘴気が漏れている。力を使うということは周囲を巻き込む。
「アルフォーリア」
イズクの意志を前にアルフォーリアは無言のまま頷きすかさず後方へと下がる。《聖女》を護る為に存在する聖女騎士であるが、その《第六位》の命は絶対である。
イズクは自分の両手を握ったまま、その手に唇が触れていた。そしてゆっくりと息を吐いたまま瞳を閉じている。
憶えている。
地獄のような連続を――悪夢のような惨劇を。
腐れた竜の死骸の上に棄てられて、ひたすらにその瘴気に殺され続けた。何度救いを求めても、その無間からは抜け出せない。
四肢を失い、五感も失い、それでも魂だけが囚われ、永劫殺されていた。そして永遠のような時間の中で、半ば考えることすら止めてしまったのに――全てを奪った者たちの顔が浮かぶたびに、諦めることを諦めさせてくれない。
家族も、妹も――未来も、何もかも一方的に奪われて、気が付けば《魔女》にされ、《聖女》で無くなった。
《奇跡》こそあれど、イズク・フォーリンゲインはもはや人の形をした別だ。《七虹》の一翼である《赫黒》の遺体で出来た違うモノ。
復讐だけで動く泥人形。そのくせルリリルやアルフォーリアに出会ってまだ人の真似事をしている。心があるフリをしている。
「――集束え」
手のひらの中で、黒い光が生成されている。
それはとても小さな光。息を吹きかければ消えてしまいそうな小さな炎。
「腐敗の吐息」
《七虹》は竜の形をしていたのだから、口から火を噴くこともあるのだろう。しかし、それはただの小さな光。呼吸というには些か表現は間違っている。
だが確かに手のひらにイズクは息を吹きかけていた。
そして象られた光は邪悪な程に黒く染まっている。
放たれた黒き光はゆっくりとリフレインの肉塊に触れた。しかし光が消えた瞬間、まるで何も起きずそのまま何事も無く触手を振り回すのだが、
「――!!???」
内部から無数の棘が噴き出し、リフレインの身体を内側から破壊していく。どうせ死んでいる肉が動いているだけだ。これが《堕天》とは到底呼べない。《第四位》が《奇跡》を使って動かしているだけの傀儡。そんなものに時間を掛けている場合ではない。
そしてそのまま内部で瘴気の無数の棘に縛り付けられたリフレインは何も出来ずただ崩壊していくだけだった。何も出来ず、ゆっくりと終わりへ向かう。
「聖女さま」
「大丈夫だよ。ここはもういいね」
近付くルリリルの頭を撫でてイズクは飄々とした面持ちで完全に破壊した《堕天》の絞り粕には目もくれず、アルフォーリアを見る。
「行きますか?」
「ああ、向かう先は一つだ」
クロウディアは言っていた。《第四聖女都市》へ来いと――自らそんなことを言うのだ。何かしら企ててはいるだろうが、そんなことはどうでもよかった。獲物が自ら死に場所を作って待ってくれているのだ。
三人は静謐な廻廊を後にする。
わざとここで待ち伏せしている割に、何もせずただ顔だけ見て消えた悪趣味な《第四位》に憎悪しか湧かない。
だがそれでも最も接触の回数が多い《一桁位》だ。このまま逃がすわけにはいかない。そして何もかも明らかにしたあと殺してやると――イズクはそう誓うのであった。
「聖女さま……」
ルリリルはイズクに声を掛けるが、イズクの耳にルリリルの声は届いていなかった。
イズクの瞳の中に、もう一つ、また一つと瞳が揺れ動いているのがわかる。それはイズクの中にある《七虹》だった何かの残滓。
(これで何かに変わってしまっても……必ず、私は――)
特に何か変化があるわけではない。
不調も無くこれまで通り、ただ《一桁位》を殺す為に動いているだけだと。
だが、イズクはここへ来るまでに独りではなくなってしまった。独りでいれば、ただ復讐を果たす為だけに動けたはずなのに。
信者が、騎士が、今はイズクを信じて一緒に歩いてくれている。
――大丈夫だ、と……イズクはそう呟く。
私が、全てを守って――全てを壊せばいい。
あの時できなかったこと全て。
今はもう戦う術がある。死なないだけの《奇跡》しかない役立たずではない。
「行こう」
だから迷いはない。
向かうは《第四聖女都市》――だが、今は《堕天》によって廃墟と化してしまった死んだ都市だ。
そんなところに本当に《第四位》がいるのか……しかし行くしかなかった。
今度は自分が奪う側だと。
そしてイズクたちは廻廊を後にし《第四位》が待つ廃墟と化す《第四聖女都市》へ向かうのであった。




