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29/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(9)

「こりゃすごい……」


 アルフォーリアはただ目の前の光景に感嘆していた。


 何も無いイルディオム砂漠をあともう一日は砂漠の上を歩かなければならないと思い込んでいたアルフォーリアだったが、既に廻廊に到着していた。


 しかしそれよりもここへ来るまでの道中はこれまでのアルフォーリアが経験したことのない進行の速さだった。


 イズクが砂漠に手を触れると一直線に黒く塗り固められた道が出来上がっていた。そしてその上に足を置けば氷の上を滑っているような速さで進みだす。


 イズクの背中にはルリリルが、アルフォーリアはイズクの手を掴んで砂漠の上を瘴気で固めた道を作り、裸足になったイズクの足裏がただその上を滑り続けていた。


 そしてその先に見える砂漠の果てには見上げるほどの巨大な岩。そこにくり抜かれたような穴。これは廻廊(ダンジョン)の入口だ。


 そこが沼地の廻廊(ダンジョン)エルルイエである。


 砂漠だというのに廻廊の中は沼地という不可思議。廻廊は中と外で環境どころか時間の流れすら不可解なことになっている。最奥の《堕天》を倒したところでそれでも残り続ける。ただ人類の脅威となるだけの存在。


 しかしイズクにとってはそれよりも、そんな廻廊に現われるであろう《聖女》の方が気掛かりだ。脅威度の高い廻廊にはそれだけ強い《聖女》が現れる。


 よって――もしかすれば《一桁位》にも会えれば……と。 


「とりあえず最奥を目指す。《聖女》がいてもいなくても深層の《堕天》は倒す。聖女様もそれでいいですね?」

「私は別にどっちでもいいんだがね」


 人類など知ったことではない。勝手に滅ぼされてしまえと思うほどではあるが、それでも《堕天》は見境なく命を奪う。思えば廻廊に潜ってそこで《一桁位》に出会えなくとも《堕天》は処理していた。


 どれだけ世界に貢献したところで、もうイズクが讃えられることなどないというのに――


「そもそもアルフォーリアは単身で《堕天》を狩っているんだろう? 《聖女》の《奇跡》に頼らずに一人で」


 《聖女》の《奇跡》が無ければ《堕天》は斃せない――と、いうのは《聖女》がいなければ勝てないという意味ではない。


 凶悪な《堕天》に対して、それを上回る《奇跡》が無ければ打ち勝てないというわけではない。《聖女》の《奇跡》でなくとも手段や方法を用いればいつか必ず勝てる。


 アルフォーリアは名すら付けられていない視力が優れるだけの《奇跡》――しかしそれでも《堕天》を倒し、今ではS級の探求者と呼ばれるまでにあるが……如何せんどうやって《堕天》を倒して来たのかそれがイズクには見当つかない。


「俺も聖女様に隠し事はしませんよ」


 そう言ってイズクとルリリルよりも前へ。


「種明かしはもうしばらくお待ちを」


 そしてそのままアルフォーリアが進んで行くのでイズクとルリリルはその背を追いかける。


 沼地の廻廊(ダンジョン)である《エルルイエ》と呼ばれる場所は前回イズクとルリリルが潜ったであろう鎧の廻廊(ダンジョン)とは真逆の広大さだった。


 絵にかいたような迷宮とは裏腹にこの沼地の廻廊はとにかく大きく、森林のような空間が広がっている。


 先が見えないほどに生い茂る緑と、どこへ進んでも同じような景色である木々たちのせいで考え無しに前へ進んでしまえば間違いなく遭難する。


 しかし――問題はそれではない。


 肝心の《堕天》が現れない。


 最奥に最も強大な《堕天》が待ち構えているとはいえ、それでも途中で伏兵のように小型の《堕天》が隠れていることは当然ある。


 鎧の廻廊では生きた死体が、このような湿地帯の如き廻廊ではまた別の《堕天》が隠れているはずなのだがそれでもいくら進んでもイズクたちの眼前に姿を見せることはなく。


「なんだか……気味が、悪いですね――」


 ルリリルも自慢の両耳をぴくぴくと動かして、近づいて来る脅威の音を拾い上げようとしても何一つそんな音が近づいて来ることはなかった。


 アルフォーリアも人差し指と親指で輪を作り覗き込むようにすることで望遠鏡のようにして遠くを見ているがやはり何も映らない。


 この二人の卓越した五感ですら察知できないのであれば本当にこの《廻廊》に《堕天》はいないのかもしれない。


「明らかにおかしい……と、いうより、これは……」


 アルフォーリアは考える。そしてイズクは答えを出していた。


「明らかに私たちよりも先に誰かが潜ってる」


 アルフォーリアがコクリと頷く。


 更に奥へ奥へと進む。ところどころ木々が折れていたり、《堕天》の死体が転がっている。犬のような形のものや、蛇のような形の《堕天》がバラバラにの八つ裂きだった。


「……最奥を目指そう」


 これは不安ではない。


 期待だ。


 イズクは願う。


 ()()()()()()()()、と。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 三人はただひたすらに直進していた。


 結局、一度として《堕天》と遭遇することはなかった。


 拍子抜けにも程があるぐらいに沼地の廻廊だと言われているというのに、沼地を進むこともなく……ただ真っ直ぐと森林地帯を抜けただけだった。


 そして、最奥へと到着する。


 そこだけは草木は円形に刈り取られ、すっきりとした場所だった。その中央にもはや何か判断できぬほどに切り刻まれた巨大な肉塊が転がっていた。


「待ちくたびれたよ」


 その中心で白衣を着飾り頭にはフードを被った女性の声がする。そしてそんな女性を取り囲むように甲冑を身に纏う騎士たちの姿が見える。


「お前は……」


 イズクは下唇を噛み締める。


 フードの奥底から少し見える紫の髪と――子供のように無邪気な笑み。


「来てくれると思ってたからさ、待ってたんだよ」


 そしてフードを外す。イズクを《魔女》と仕立て上げ、あれから十数年と歳月が過ぎているはずなのに当時の容姿と変わらない。


「クロウディア……やっと会えたな」

「そうだね、やっと会えたね」


 《一桁位》である《聖女》の《第四位》――クロウディア・アルカナ・ルンセントがまさしくイズクの前に立っている。


 息が荒くなっているのが解る。今すぐ殺す、すぐ殺すと明確な殺意を放出させながら、しかしゆっくりと息を吐いて、


「逃がさない。今度は、必ず……」

「何の役にも立たないアンタに意味を与えてあげたのに、なんでそのままジっとしてなかったの?」


 腐れた龍の放つ瘴気が世界を終わらせる前に、イズクの身で《蓋》をさせることでこの世界を延命させた。


「聖女さま……このヒト……」


 ルリリルもまた自分の両目に映る《第四位》が――イズクの追いかける復讐の対象を目の前にして顔面を蒼白させていた。


 自身とそう変わらない背丈。玩具を前にケタケタと笑っているように、しかし転がる肉塊を足蹴にしたまま声を上げるクロウディアに嘔吐感が込み上げる。


 これが《聖女》なのかと。


 イズクに酷いことをしたというのに悪びれることなく、笑っているのがただただ恐ろしい。


「ああ、キミが……《第六位》の初めての信者ちゃん?」


 目が合う。


 クロウディアの顔は確かに笑っている。だがその目は恐ろしく冷たくルリリルを見ていた。


「ふぅん……亜人ちゃんも等しく助けちゃうからね。よかったね」


 そしてそのままクロウディアはルリリルから視線を外して、地に転がったままの肉塊を見つめていた。


「これ? 《堕天》だよ。《第7終止符(セブン・ピリオド)》らしいね。なんか《聖女》何人か殺しててもう《一桁位》じゃないとどうにもなんないとか騒ぐからさぁ……まぁ、ワタシも《聖女》だし、頼られたら頑張るしかないじゃん?」


 誰も何も聞いていないのにクロウディアは一人で勝手に喋り出す。


「まぁ、これはボクの敵じゃないかなって。だって弱いもんそれ」


 そしてクロウディアは殺意を放ち続けるイズクに対して臆することなく、


「ああ、そうそう」


 そしてクルリと回りながら、


()()()()……の、だね」


 クロウディアの意地悪を含んだ笑みがイズクの視界に入ったとき、


「ほう……止めるか」


 知らぬ間にイズクの真横に黄金の仮面を装着した何者かがいた。体格はイズクと同じ。声は女性。その手に持たれているのは黄金の剣だった。


 イズクの首を的確に狙うように鋭く撃ち放たれた黄金の輝きがあった。しかしその一閃はアルフォーリアがすかさず自身の持つ銀色の長剣で受け止めていた。


「眼は良いもので」


 そしてそのまま斬り払うと黄金の仮面は後方へと飛び、クロウディアの横に立っていた。


「アルフォーリアあなたまさかワタシじゃなくて《第六位(そっち)》の聖女騎士に鞍替えとか面白いことするね」

「悪いな俺の夢だ。やっとこの手で守れる――」


 アルフォーリアは元は《第四聖女騎士隊》に入隊していた過去がある。だがそれは隠匿されていた《第六位》や《魔女》の情報を得るために潜り込んだだけに過ぎない。


 必要な情報が手に入ったときには早々に隊を抜け、探求者として行動していた。そのときはまだイズクはもう死んでいると思っていたから――夢は一生叶うことがないと諦めていた。それなら仇を討つとさえ思っていたほどだった。


 しかし結局のところアルフォーリアはどうすればいいか解らず、葛藤を続け、探求者となって《堕天》を狩ることしかしなかった。


 そんなある日、こうして再び再会を果たし、《第六位》の聖女騎士として夢を叶えることができた。


 この夢をもう二度と終わらせるわけにはいかない。だからここでイズクを護るとアルフォーリアは剣を握り締める。イズクの力は知っている。あの《七虹》の一翼をその身に宿していることも知った。


 自分では役不足かもしれない。それでも構わない――共に戦えるなら、もうそれでいい。


「ああ、良かったね。それはとても良かったね」


 だが心底クロウディアにはどうでもいいような、そんな冷え切った反応だった。そして飽きたようにクロウディアはそんなイズクたちに背を向ける。


「じゃあ、今日は帰るよ」

「は? 逃がすか――殺すぞ」


 イズクは堪え切れずクロウディアに詰め寄ろうとした。しかしクロウディアは首を横に振って、


「いや、帰るよ――今日は直で顔が見たかっただけだし」


 そして懐から注射器を出している。


「必死に果たせもしない復讐(ねがい)とやらに頑張ってる顔が見れて良かった」


 イズクを挑発するように、


「ボクは《第四聖女都市》にいるよ。そこがどうなってるかは……まぁ、知ってるだろうけどいつでもおいでよ――そのとき、キミの全部を台無しにしてあげる」


 そして持っていた注射器の針が転がる肉塊に刺せばそれは突然と動き出す。原形すら留めていないそれは元はどんな《堕天》だったのかはわからない。


 しかし完全に息絶えていたはずの《堕天》が唐突にイズクたちに触手のようなものを伸ばし襲い掛かる。


「じゃあまたね《第六位》」

「次は殺す……必ず、殺す」

「ああ、楽しみにしてるよ」


 そして興味を失ったようにクロウディアはそのまま動き出す《堕天》だったものを壁にして、ゆっくりと消えていく。


 黄金の仮面をつけていた正体不明の存在も姿はなかった。あれが《聖女》なのか《聖女騎士》だったのかもわからない。


 しかし、次の行先は確定した。


 そこで全てを終わらせる。

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