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28/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(8)

「そんなこと……」


 覚えているだろうか。


 イズクの記憶の中でただひたすらに身を呈することしか出来なかった聖女としての過去はただ傷つくことと、謝ることの連続だった。


 どこかで誰かの盾になるしかイズクには出来なかった。アルフォーリアの子供の頃にイズクは確かに助けたのかもしれない。


 しかしそれは度重なる自己犠牲の内の一つだ。


 この身が傷ついていくと同時に摩耗する精神と、磨り潰されていく記憶の連続にイズクは誰かを救済しても、相手の顔が黒く塗り潰されていった。


 (イズク)は役立たずだ。


 最後は私ではなく、他の《聖女》が救うのだから。 


 リルリの民だけ唯一憶えていられたのは――真っ直ぐに民がイズクに感謝してくれたからだろう。


 なら、それなら――――


「大きくなったら……貴女の《聖女騎士》になると約束しただろう――忘れたのか」


 それは、忘れてはいけない約束だろう。


 子どもの言うことだと――歳月が過ぎれば風化する夢に違いない。


 誰が、いちばん役立たずの《聖女》の騎士などなるものか、と。


 突き放したのはイズク自身だ。


 勝手にアルフォーリアの誓いを、放棄した。


 しかしそれでもイズクの救済によって少なくともアルフォーリアの脳は焼かれている。夢はイズクが《魔女》として処刑されたことで執念に近い呪いへと変貌していた。


 ――必ず騎士になる。


 そしてアルフォーリアは聖女騎士になった。


 守りたい《聖女》は、もういないのに――だから守れなかった《聖女》のために真実を知りたい。その一心でアルフォーリアは行動を続けていたのであった。


 何故、《第六位》は《魔女》と呼ばれたのか。


 本当に《第六位》は《魔女》なのか?


 ――貴女がいなくても……俺は、騎士になって《第六位(あなた)》が守ろうしたこの世界で戦ってやろうと。


「……ごめんなさい。本当に、本当に、私の《聖女騎士》になろうだなんて――そんな人、一人だって現われなかったから」


 当時から《聖女》を守護する騎士はいた。しかしイズクには存在しなかった。《()わら()》は死なない奇跡。


 決して何をしてもされても終わることのない《第六位》を守護する必要はないと――そう言われていた。


 それはイズク自身も納得していた。どうせ死なないのだからそれで自分を守ろうとして騎士が傷ついたりする様を見たくなかったから。


 だから、イズクに聖女騎士は一人として存在しない。


「《第六聖女騎士隊》――最初の騎士だ。名乗ってもいいだろう?」


 騎士も隊もイズクには無かった。


 だが、ここに《第六位》最初の聖女騎士が誕生した。


「何があっても、俺は貴女を守るよ」


 そしてアルフォーリアはルリリルにも目を配り、


「もちろん信者(きみ)もね。聖女様の大事なものは全部守るのが俺の仕事だ」

「わたしはべつに、あなたに守ってもらうつもりなんてないから」


 相変わらずルリリルはアルフォーリアに対しては棘のある物言いをする。どうしてかルリリルはアルフォーリアに対してはイズクと接するときとは完全に真逆であった。


 しかしアルフォーリアの過去を知って、その道程は違えど《第六位》のために動いていることは嘘ではない。それは解っている。


 だから最初に抱いていた不信感だけは消えている。そこを否定してしまうほどルリリルも愚かではないから。


「ええ、よろしく……アルフォーリア」


 これ以上、腹の探り合いをするのも無意味だ。イズクは手を差し出す。


 ――握手。


 それは誓い。


 これまで一人として現われることのなかった《第六位》を守護する為の聖女騎士。信者であるルリリルと、信者として剣を振るう騎士が《聖女》の頃は孤独だったイズクにとってあまりにも心強い。


「アルフォーリア、とりあえずもう隠し事はしない。だからここで一端休息を取って……次の行動で一気に廻廊まで向かいたい。いい?」


 二日はかかる道のりのまだ三分の一ほどしか廻廊までの道は進めていない。だがイズクはルリリルとアルフォーリアの前では人の真似事もするつもりはない。


「聖女様の願いを叶えるのは騎士の務め。仰せのままに」


 そう言ってわざとらしく身を屈めると、アルフォーリアはそのまま転がっていた荷物を拾い上げる。そのままそそくさと野営の準備をしていた。


「ルリリル……ゆっくり休んで。明日は廻廊へ向かうよ」

「はい、聖女さまの行くところならどこへでも」


 まだ廻廊までは距離にすれば一日以上は掛かるであろうがイズクは人間と同じ方法で向かうつもりはなかった。イズクは人の形をしているが《奇跡》こそあれど中身は《七虹》と同様である。


 睡眠も食事もルリリルには隠しているが必要はない。だがルリリルは心臓こそ作り変えられているがそれ以外はヒトと変わらない。睡眠や食事は必要だし、アルフォーリアも先程の戦闘で少なくとも消耗しているはずだ。


 そして目的地へと万全の状態で向かうためここは休息を選んだ。


 きっとイズクが独りならば、何も考えずにそのまま廻廊へと向かってしまっていたかもしれない。


 それでも大切な信者たちのために――そこだけは堪えた。人は独りでも生きていける。イズクは独りで生きてこれた。


 しかし、一度でも二人以上で生きてしまえば――もう、その温かさを知ってしまえば、失うほうが余程恐ろしい。


 だからイズクは今はただここで休息することとした。


  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「寝ないの?」


 空は無数の星が瞬いている。


 だがルリリルは未だテントの外で静かに座り込んだままのアルフォーリアにテントの入口から顔だけ出して、そう言った。


「聖女様は?」

「眠ってる……よ。寝息は、その……聞こえないけど――」


 ルリリルに背を向けるように横になっているイズク。寝息どころか心音すら聞こえないとまでは言えなかった。だが今はとりあえず眠っているということにした。


 ルリリルも内心は理解している。


 村でもそうだった――イズクは眠る必要のない身体になっているのではないか。自分(ルリリル)を優先するために、歩みを止めているのでは、と。


「お優しい方だよ。俺のことも考えてのことだろう……」


 そしてアルフォーリアもルリリルの言葉を聞いてイズクの状態を把握してしまう。完全に二人のことを優先して、復讐を中断している。


 二人を置いて先に行ける手段もあるのだろう。それでもそれを敢えて選ばず、三人で廻廊へ向かうという選択を取ってくれた。


「聖女さまのこと……守ってね」

「ああ、その為に――俺は剣と執ったからな」


 アルフォーリアは腰の長剣に手を添えて、


「お前は、聖女様のことを支えてあげろ」

「わかってるし……あと、お前ってやめて」

「だがお前は俺のこと嫌いそうだが」

「名前……ルリリル――呼んでいいから」


 そう言ってそのまま顔だけ出していたルリリルはテントの中へ消えていく。アルフォーリアはそんなルリリルの小動物みたいな行動にクスリと笑い、


「まぁ少しは信頼してもらえてるってことでいいか」


 人族は亜人族に対して侮蔑的な言動を繰り返している。そしてその差別は人族と亜人族の間に大きな隔たりを生み出してしまった。


 アルフォーリアは《第六位》であるイズクの行いに感化され騎士となり《堕天》と戦う道を選んだときイズクと同じように全てを救うという考えの元に剣を執っている。


 亜人であろうがその手に持つ剣で救って来た。しかし亜人は人族であるアルフォーリアに対して信頼も信用もせず、怒りや憎しみの眼で見てきた。


 だがアルフォーリアはそれに対して嘆くことはせずひたすらに《堕天》を殺していた。何と言われようとも、思われようとも――《第六位》は、同じ道を進んでいると信じていたからだ。


 だから最初ルリリルに襲い掛かって来られたときでさえ人族がして来たことを考えれば矛先が自身に向くのも当然だと納得さえしていた。


 しかしこうして共に行動することでルリリルは少なくともアルフォーリアに対して嫌悪こそあっても憎悪はもう感じられなかった。だからもう十分だと。それだけであまりにも大きすぎる前進だと歓喜するほどだ。


「夢が叶った……あとは、何があっても俺は――《第六位(あのひと)》を護る」


 幼き頃、力も知も持たない子どもだったアルフォーリアは遅すぎた。騎士の夢を抱いたと同時に《魔女》として処刑されてしまったことで《第六位》の聖女騎士になる夢は潰えてしまった。


 何も知らず、解らず、ただ何故にイズクは殺されなければならなかったのかと――夢の終わりと同時に、このまま何もかも諦めることもできずアルフォーリアは他の《聖女騎士》の隊員になることで少しでもこの一件に関しての情報を知るために自分の夢を曲げてまで他者の《聖女》の騎士となった。


 そして知ってしまった。


 あのおとぎ話と言われる――《七虹(セブンスヘブン)》の存在は本当であり、世界を滅ぼそうとしたとされる腐れた竜はその一翼であると。


 そして――――


(聖女様……俺は知ってるんですよね)


 長剣をジッと見つめたまま、


(……《七虹》は聖女様の中だけじゃなく――()()()()()()()()()()


 アルフォーリアは心の奥底で、誰にも知られないようにそう声にする。


 星が流れていた。


 願いを呟くにはあまりにも早く落ちていく流星。


 アルフォーリアはそのままただ小さく揺らぐ焚火の炎を静かにじっと見つめていた。

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