26/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(6)
「《第四聖女騎士隊》ね……しつこい、ほんと」
今にも唾棄しそうな程に顔を顰めてイズクはそう言った。
聖女都市へ入っても特に追手を差し向けられることもなく、町の住民もイズクを見ても《色無し》であることに侮蔑的な視線こそ見せたがそれでも《魔女》と騒ぎ立てる者はいなかった。
イズクの存在は人類からは抹消されている。
しかし《一桁位》の息が掛かった者だけが《第六位》を知っている。ウルリエ村での一件は本当にたまたまだったが――あれはあれで亜人を攫っているから最悪であるが。
「なぜお前がここにいる」
しかし最初の奇襲が通らなかったことで相手も隠れるつもりもないのか真っ直ぐこちらへ近づいて来る。
「泳がせてやったというのにそれと行動を共にするなら話は別だぞ……アルフォーリア・エンドスケッジ」
しかし現われた巨体の大男は、イズクやルリリルではなくアルフォーリアに対して敵意を向けている。
「《第四聖女騎士》隊長エルディオ・オルベニア様ではないですか……いやはやどうして、こんな砂漠のど真ん中に?」
だがエルディオという男の敵意を前に軽口を叩いてアルフォーリアは剣を構えている。
「それはこちらの台詞だ……元聖女騎士。ただ静かに独りで探求者ごっこを続けていれば良かったものの」
アルフォーリアとエルディオは互いに面識があるのだろうがイズクとルリリルにはこの二人の関係はまるで見当がつかない。
「あの光の矢――俺ではなく確実に《色無し》を狙ったな……何故だ」
「お前も聖女騎士だったのなら……解るであろう? そこにいる女を庇うことは許されない」
全てが繋がっていく。
聖女騎士ですら秘匿されている《魔女》に関しての情報は隊長格であるエルディオは知っている。
アルフォーリアはイズクに視線を移す。イズクは何も言わない。だがその沈黙は答えだった。
「……まさか、本当に?」
「そのまさかだ。今はまだ情報は隠匿されているが、そこにいる《色無し》――それは《第六位》だ。この意味がわかるな?」
エルディオが片手を小さく上げると、遠くから光が見えた。こちらを狙っていると言わんばかりにわざとらしく矛先を見せている。
「……そう、なのか?」
アルフォーリアは震えている。
ルリリルがイズクを庇う時に《聖女》と言っていた。そう呼ばせているだけだと――思いたかった。いや既にイズクは自身を《魔女》と告白していた。《魔女》は《第六位》だとそう人類の間で決まっている。
それでも容姿も変わっているしずっと背は高く、髪も伸び、金色だった瞳は黒くなり、だかこそ別人だと思いたかった。
しかし、
「言ったろうに……私は《魔女》だと。だからこそ私は――《第六位》だ」
もうこれ以上隠す意味などない。
イズクははっきりと真っ直ぐにアルフォーリアを見つめたまま自身の正体を告げる。聖女騎士であった過去があるのなら《第六位》の行末が隠匿されたとしても何をしたのかは理解しているはずだ。
「ああ――――…………」
だがアルフォーリアの瞳には怒りも悲しみも感じられい。歴史上では人類を滅ぼそうとした《魔女》がこうしてまだ生存し、眼前に立っているというのにアルフォーリアはその手に持つ長剣の刃をイズクに向けることはしなかった。
「そこを退けアルフォーリア。用があるのは《魔女》とそこの亜人だけだ。お前の実力はこのオレも認めている。これからも探求者として独りで《堕天》を殺していればいい」
そしてエルディオは再び片手を上げれば、人影も見えない遠くから一つまた一つと光が四方八方と点灯していく。
「撃て」
視界に入らない位置からも射出される光の矢がイズク目掛けて射出されていた。文字通りの光の矢を放つ《奇跡》だった。それを複数人の聖女騎士が所持している。
だがそれよりも《奇跡》は人類を救済するために与えられた力だ。それを《堕天》ではない者に向けて行使するなどあってはならない。
「――どういうつもりだ?」
エルディオはアルフォーリアの行いに不服な顔をしてそう言った。だがアルフォーリアは何も言わず、長剣をエルディオに向けていた。
「騎士は、人々を守り――故に《聖女》を護るためにある」
風が薙いだ。
イズクとルリリルはその場でただ静かにアルフォーリアの剣舞を静かに見ていた。飛び交う光の矢はアルフォーリアの眼前で斬り払われていく。一本とてイズクの身を貫く矢は存在しない。
《堕天》から人々を守る為に《聖女》は戦う。そんな《聖女》を護る為に《聖女騎士》が戦う。だからこそ《聖女》に脅威が及ぶのならば騎士は護らねばならない。
「《魔女》を、庇うか」
「《魔女》……? どれがだ??」
エルディオは再び手を上げるが、アルフォーリアはイズクとルリリルに視線を向けている。
「《聖女騎士隊》に入隊していたお前ならわかるはずだ。《魔女》が何をしたか……《第四聖女騎士隊》にいたにも関わらずそんなことも解らぬか」
怒号するエルディオを他所にアルフォーリアは鼻で笑う。
「俺は《第四聖女騎士隊》に身を置いたつもりはない」
「何?」
そして剣をエルディオに突き立てたまま、
「真実を知る為に……聖女騎士隊に入っただけだ。情報が手に入るなら別にどこでもよかった。たまたまアンタのとこに入っただけだ」
イズクはどうしてこの男がそこまでして《第六位》の情報を知ろうとするのかわからずにいた。イズクは何も思い出せない。アルフォーリアはイズクを知っている?
「あの《第六位》はな……俺の夢だった――だが、俺の夢は一緒に殺された」
「…………夢?」
やはりイズクは思い出せない。
何か言葉を交わしたのか? アルフォーリアだけが知る《第六位》を、イズクは知っているのだろうか。
「聖女様を、本当に殺したのは……《一桁位》なんだろう?」
その言葉で、イズクは強く反応する。
人類史の裏で完全に消された真実。イズクは知らぬ間にっ世界の反逆者として《一桁位》に謀られ、知らぬ間に世界の為に壊された。
《第六位》に関した情報を知ろうとする者などいない。誰もイズク・フォーリンゲインを知ろうとはしない。真実はまさに腐れた竜の死骸と共に棄てられ、イズクはただ一方的に追放された。
「そこまで深く知っているとなれば……やはり、ここで消すしかないか」
エルディオが巨体に似つかわぬ祈りの構えを始める。それは何を意味しているのかきっと誰もが解るだろう。
「《魔女》の前にお前を殺す必要ができた」
そしてエルディオの身体が強く発光を始める。
「《第四聖女騎士隊》――隊長……エルディオ・オルベニア。アルフォーリア・エンドスケッジの抹殺及び《魔女》の破壊――亜人の回収」
しかしその言葉にイズクも反応する。
「おい」
イズクが一歩前へ。
「ルリリルに……何を、するつもりだ?」
ここで初めて、いや遅すぎただろう。光の矢が飛んで来たときはイズク目掛けて放たれていたものだから一切の興味すらなかったがルリリルに脅威を向けた瞬間、それはイズクの地雷を踏んだと同義だ。
「《第四位》に仕えてる時点で聞く耳は持たない。お前は私の信者に危害を加えようものなら瞬だ。手を出す前に殺す」
右眼は痙攣し震えている。そして左眼が、左眼が、眼が、眼が、増えている。中に何かいる――エルディオは戦慄した。
(……《第四位》が言っていたことは正しい――これは、危険だ……)
《第六位》は死なないだけの《奇跡》しか持っていないはずだ。しかし今のイズクは情報でしか知らないがエルディオにとってはこれ以上の接触は危険だと判断する。
そもそも先日の村では十人近い聖女騎士を殺されている。やはり正面切って戦うのは隊長格であるエルディオですら迷いが生じる。
しかしアルフォーリアが明らかに《第六位》に関しての真実を知っているのは確か。《一桁位》の《聖女》らの行いを知ってどう動くか――
「アルフォーリア……お前は、真実を知ってどうするつもりだ」
「どうせ一個人の人間のことなんて誰も信じないだろ……俺は俺が知りたかったから動いただけだ」
未だイズクは解らぬままだが、アルフォーリアは確かにイズクのことを知っている。そしてこれまでの過程を、《魔女》と呼ばれる経緯も。イズクが知らない情報があるのなら、それはイズク本人も知りたいことだ。
「そろそろ捨て置けよ。俺も別に隊長と殺し合うつもりはない」
「ほう……だがそれだと勝てるような物言いだが?」
「ああ」
アルフォーリアは長剣を砂上に突き立て、
「《堕天》を殺し過ぎて、人間は割とどうでも……だな」
その白い瞳はただ冷たくエルディオを見通している。そこに感情は無く、彼が一人でここまで生きてきた証ですらあった。
騎士となり、しかし騎士を抜けてからは探求者として《堕天》を狩り、聖女ではなくましてや奇跡と呼ぶには弱すぎるはずの力しか持たないアルフォーリアは単身でS級探求者と呼ばれるほどの実力を持っている。
その名は聖女騎士たちに届くほどのものだった。ただ単独で《堕天》を殺し続けている。《聖女》の《奇跡》で無ければ脅威度の高い《堕天》を倒すことは叶わないと言われている。
にも、関わらず――アルフォーリアはS級探求者をも超える探求者であろう。《聖女》ではなく探求者でありながら誰にも知られぬところで世界を救っている。
だからこそエルディオはアルフォーリアがその強さを持ってして何故に《第六位》に固執するのか。そして――
(あの亜人も……こちらが隙を見せれば首を掻き切ってきそうな気迫だ)
エルディオは片手を上げたままゆっくりと後方へ下がっていく。
「ここは退いてくれるのか?」
「ああ、欲を張るのは危険だ。ここは……下がらせてもらう」
エルディオは決してアルフォーリアたちから視線を外すことはせずに背を向けず、周囲の聖女騎士へ少しでもアルフォーリアたちがエルディオを攻撃しようものならすぐに撃てと言わんばかりに合図を送っている。
「これから何処へ行く」
敵に対して行き先を伝える理由などないはずだ。
「俺らは廻廊へ向かうんだ……これ以上邪魔をするな」
しかしアルフォーリアは誤魔化すこともせずに正直に向かう先を伝えたのである。するとその言葉を聞いてエルディオの口元が小さく歪んだ。
そのまま力強く足元を踏み締めるとエルディオはそのまま夜の闇へと消えていくのだった。
「正直に言って良かったの?」
聖女騎士の刺客が消えたと同時にルリリルはアルフォーリアに向かって不満そうに呟く。
「それで何かしてきたら十中八九、《一桁位》が絡んでいるだろ?」
そう返すとルリリルも何も言えなかった。
「それじゃあ……邪魔もいなくなったことだし」
アルフォーリアがイズクに向き合い、
「話を、しようじゃないか」
その提案にイズクもただ静かに頷くのであった。




