25/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(5)
「二つ、先に教えておく」
しかしアルフォーリアはイズクの正体を知った真実を前に、指を二本立てて提示する。
「一つ……砂漠に廻廊があるのは本当だが、そこには向かっていない」
そして、
「二つ……俺は確かめたいことがあって君たちに近づいた」
そのアルフォーリアの確かめたいことはイズクの口から聞くことではっきりと知り得たのだが。
「それで? 近づいてどうだった??」
答えは出たか?と聞くまでもないことをイズクは問う。アルフォーリアの表情は酷く険しいものに変わる。
「なぜ死んだ《魔女》の真似事をする」
だが予想できなかったアルフォーリアの言葉にイズクは呆気に取られていた。
(そうか……もう死んでることになってるんだな――)
そこでイズクは自分の考えの浅さを恥じた。人類史上、《第六位》は《魔女》とされ《一桁位》によって処刑された。本来ならばこの世にいない。
よってその時点でもうこの世界に生きているわけがないのだ。だからこそアルフォーリアの目に映っているのは既に死人である《魔女》の物真似をする別人ということだ。
今こうしてアルフォーリアの前に立っているのはイズク・フォーリンゲインの偽物ということになるだろう。だが、それがどうした……と、イズクは思っている。
「見た目は多少違えども……俺は誤魔化せん。《第六位》は確かに死んだ――瘴気を塞き止めるための《蓋》になったことも知っている」
だがそれは《第六位》の顛末であり、《聖女》らが人手を使って人類にそう知らしめた。腐れた竜の死骸となっても撒き散らす瘴気を《第六位》に浴びせ続け、それが浄化されるまで延々と《蓋》とした。
そうして世界から瘴気が消え去り、人類は《堕天》の脅威だけに怯えるだけで良くなった。《第六位》の消失と共に大地は浄化された。
だが誰もその後の行く末を知らない。誰もイズクの死体を見ていないからだ。その本人はこうして砂漠の真ん中にいるのだが。
「だがらお前は何者なんだ……何故《第六位》の真似事をして《魔女》の振りをしている」
「ならばどうする? 殺すか??」
白い瞳は氷のように冷たくイズクに突き刺さる。だがそんな冷徹な視線を前にイズクは嗤っていた。
「ああ、当然だ――贋者ならばここで殺す」
しかし返って来たアルフォーリアの殺意に対してイズクは違和感を抱いていた。
(どういうことだ……? その言い方だとまるで本物なら殺さないことになるが??)
だからイズクは困惑していた。
「聖女さま」
ルリリルはアルフォーリアから放たれる明確な殺意を前に動じることなく短剣を構えてイズクより一歩前に進みだしている。
イズクには解る。ルリリルは今すぐにでもアルフォーリアに襲い掛かりそうだった。鼻息を荒げて、獣のようにアルフォーリアに刃先を向けていた。
「ルリリルは下がっていて」
しかしイズクはルリリルに落ち着くように促し、アルフォーリアの前へと進む。ルリリルはイズクの行動に慄くがイズクの命は絶対だった。言われた通りにイズクの後ろに移動している。
「亜人を連れて歩くということは……亜人に対しても慈悲を持っているということ。そこまで真似るのは大したものだが……」
「待って、それ以上聖女さまのことを貶めるならわたしがあなたを殺す」
だがイズクの後ろで半分だけ顔を出して、瞬きもせずにアルフォーリアを睨みつけている。
「余程信用されているんだな」
「信頼してもらえて私は幸せさ」
全てを知って尚、ルリリルはイズクの信者であり続けてくれている。イズクのために怒り、戦おうとしてくれる。
これ以上望むことはない。復讐の道を歩んでさえいなければこのまま静かにルリリルと生きることもあったかもしれない。
「あの人が何をしたか知ってるのか?」
「知ってるよ。世界を滅ぼそうとした。だから殺された。もうみんなも覚えていない――誰もが彼女のことなんて忘れている」
そうイズクは思っている。
どうせ《魔女》に関しての真実を知っているのは《聖女》たちだけだ。イズクを嵌めたのも、《蓋》にしたのも。
しかし人類はもうイズクの存在を忘れている。もはや人類のために死んだ愚かな魔女として、そのまま消えてなくなった。
「だから忘れちゃあ……ダメなんだろうが」
しかしアルフォーリアは苦痛に耐えるような辛そうな表情を浮かべたまま、イズクにはその胸中を理解することは出来ない。
「あの人は、みんなを救っていただけだ――」
アルフォーリアの表情が曇り、しかしイズクは応えない。
そして訂正したかった。みんなを救うなどと大層なことをしていたわけではない。
ただがむしゃらに動いていただけだ。
他の《聖女》と違ってイズクは身を捧げることしかできなかった。癒すことも、戦うこともできない――そんな無力な《聖女》では出来ることはたかがしれていた。
みんなを救いたいなんて思い上がりをしているわけではない。私のような無力な《奇跡》を持つ者は誰かを救うことに選ぶなどと驕れるわけがなかっただけだと、そう心の中でイズクは叫んだ。
「《魔女》だと思うなら何故に非難しない。アレがしでかした事の大きさは……知っているのだろう?」
腐れた竜を招いたのも、瘴気で世界を腐らせたのも、大勢の町も村も、山も、森も、湖も、朽ち果てて、世界を終わらせようとした破滅の使者だ。そういう者だ。
イズクはそんなことを望んでいない。腐れた竜を呼び寄せてもいない。それなのに誰もが《第六位》が起こした災厄だと《一桁位》のよって情報は操作され、悪として処理された。
《魔女》などという存在しない敵として作り上げられ、人類史から見るイズク・フォーリンゲイルは《聖女》ではない裏切り者だ。
「あの人を《魔女》だと思っては、いない」
これまでの翳りを帯びた表情はどこへ行ったのかアルフォーリアはその全てを否定するかの如く真っ直ぐな瞳でイズクを見ていた。
「俺は真実が知りたい。だから旅をしている……そんなとき君を見た。《第六位》と背丈も目の色も違う――」
アルフォーリアは鞘から長剣を抜き、刀身が完全に姿を現す。
「君は、何者なんだ」
剣先は今にもイズクを貫きそうで、ルリリルはずっとイズクの腰元にしがみついている。イズクが手を離せば真っ先にアルフォーリアの喉笛に噛みつきそうなほどに血走った眼で睨み続けている。
「私は――」
真実を告げてどうするのだと、イズクは答えを言うべきか悩んでいた。アルフォーリアのことは何も知らない。彼がどれだけ《第六位》のことを知っていたとしても、イズクは過去に彼に出会った記憶が思い出せずにいた。
剣先はイズクに向けられている。だが背後でルリリルの両耳がピクリと大きく震える。そしてアルフォーリアの瞳孔も大きく膨らんでいた。
「聖女さま!!」
そんな大きくその名を呼んでは――と、ルリリルを叱ってしまいそうになるがそれでもルリリルはイズクの身を案じてギュっと抱き着くとそのまましゃがむよう促していた。
そんなことしなくても大丈夫なのに、なんて言いたかった。どうせどこに当たってもイズクは死なない。しかし自身を顧みず献身的にイズクに対して接してくれるルリリルの優しさは嬉しく思えた。
しかしそれよりも驚いたのは――
「……《奇跡》――光の矢、のような……」
イズクが見たのは矢だった。
イズクの目では見えない位置から、イズクの耳では聞こえない位置から射出された光輝く矢がイズクの頭蓋を狙っていた。
しかしルリリルにしゃがむよう促され、そしてアルフォーリアが薙いだ一太刀によって光の矢は両断され、砂の上に落ちた矢は輝きを失うとそのまま霧散していた。
「これ、あなたの仕業?」
ルリリルが咎めるような視線でアルフォーリアを見ているが、アルフォーリアは視線を合わすことなく剣を構えている。そしてイズクとルリリルを庇う様にすることで声には出していないが否定を証明している。
「話は後だ――」
もう完全に日は沈み、夜の砂漠は酷く寒い。そして視界は最悪という状況の中でイズクの五感ではもう何も把握できない。
しかしルリリルの耳と、アルフォーリアの眼は《奇跡》によって見えざる敵を認識できる。
そしてアルフォーリアの眼にはしっかりと見えている。
当然現われた敵の正体は《堕天》ではなく人間だということを。そしてそれは鎧を身に纏い、鎧には紫の花の紋章が刻まれていた。
「《第四聖女騎士隊》か……何でこんなところに――」
そんなアルフォーリアの言葉にイズクとルリリルはピクリと反応していた。




