24/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(4)
ギルドは探求者が廻廊の情報を集める場所だ。探求者の登録や階級の昇進なども行われている。近年突然と増え始め廻廊の存在。
《聖女》という存在が《一桁位》しかいなかった頃はそんなものは無かったというのに《聖女》の数が爆発的に増え、今では《三桁位》まで増え続けると同時に廻廊は姿を現した。
廻廊には決まって《堕天》が鎮座し、放置しておけばやがて自ら外へと出てくるとされる。そんな破滅が解き放たれてしまう前に廻廊の深部へと潜り、世界を破壊する前にこちらから対処するのである。
そんな廻廊の情報も各地に集められるギルドは《聖女》や探求者にとって重要な場所だ。
しかしルリリルにとっては悪い記憶しか刻まれていない場所だ。奴隷の頃は決まってここに探求者や《聖女》らに引き連れられて来た。
生きるも死ぬも人族にとって差異は無く、道具でしかない亜人にとっては忌むべき場所。
しかしアルフォーリアは探求者としての実力が周囲に知られているのかイズクとルリリルを連れてギルドの中へ入り、一つ睨みを効かせて受付まで歩けば誰も何も言わなかった。
「廻廊の……情報はあるか?」
壁にも様々な依頼は貼り付けられているが、アルフォーリアが求めているものがそこにはないと解っているのか最短で受付嬢に声を掛けている。
「あ、アルフォーリアさん……」
チラリとイズクとルリリルを一瞥するがやはり余計な詮索はしてこない。S級探求者がどの程度の実力なのかイズクもルリリルも詳しくは解っていない。何故なら二人とも実在のS級探求者を見たことがなかったからだ。
A級の探求者はルリリルも一緒に探索したことがあるが正直なところ突出した実力を持った者は見たことがない。《奇跡》の強さも《聖女》には遠く及ばない。
しかもアルフォーリアの《奇跡》は目が他者より良くなるだけだと言う。そんなものでは《堕天》は殺せない。なら一体どうやって――探求者としての最高位ランクに属しているのか。
「聖女さま……」
イズクにしか聞こえない声で、ルリリルが声を掛ける。
「東の砂漠をご存じですか」
「ええ……この聖女都市から東へ向かうと《イルディオム砂漠》が見えるね」
「そこに廻廊があるそうです……これまでのものと比べてかなり大きな」
だが廻廊の大きさで危険度は決まらない。脅威となるのはやはりその深層に潜む《堕天》であろう。
「……《聖女》がもう何人も殺されているんです」
受付嬢が憂慮した面持ちで震えながらアルフォーリアに頭を垂れていた。その廻廊は数多の《聖女》や探求者が挑み、そしてその奥底にいる《堕天》に殺されている。
ルリリルと初めて出会った鎧の廻廊にいた《第6終止符》をも超える危険な《堕天》の確認。
イズクも《聖女》として《一桁位》と共に救済の活動をしていたころ――《第7終止符》は指で数える程度しか接敵していない。
それを超える《堕天》がいるとされているが、それに限ってはイズクも未だ遭遇していない。
「じゃあ、俺はそこに向かう」
探求者は慈善事業ではない。報酬あっての探求者だ。《聖女》らが探求者らに協力を仰ぎ、その情報がギルドへ流れて来る。
条件に見合った探求者たちは報酬を受け取ることで《聖女》と共に廻廊へ向かう形になるわけだがアルフォーリアは単身で向かうと告げる。
本来ならば自殺行為である。《聖女》の《奇跡》でなければ脅威度の高い《堕天》を倒すことは叶わないとされている。しかしアルフォーリアは単身でそんな《堕天》を殺し続け、今ではS級としての探求者として名を馳せている。
「俺の目的は果たした。さぁ、君たちの行きたい場所に連れて行こう」
外に出てアルフォーリアがそう言うのだが、
「……私も、同じところへ連れて行って」
イズクはアルフォーリアにそう告げると、
「《イルディオム砂漠》にある廻廊に? ……いったいどうして??」
そう訊ねられて当然である。
「探し物を見つけに」
嘘ではない。
「……《色無し》に亜人――本当に今までどうやって生きて来たのか不思議な組み合わせだ。それに廻廊にまで潜って探し物……」
イズクも殆ど素性を隠してこんなことを言っているのだから普通ならば疑う以前にこのまま奴隷商に突き出されてもおかしくないとは思っている。もちろんそうなったときはここで何をするかは決まっているが。
「俺も正直なところ君たちに興味あるんだよ。危ない橋を渡ってまでわざわざ来てさ……目がいいから君が遠くから都市を眺めてる姿は画になっていたよ」
アルフォーリアが声を掛けた理由の一つは単純に興味本位だった。視力向上の《奇跡》で、たまたま目に入ったイズクの姿を見て近づいた。
「それに……まぁ、確かめたいこともあるし」
と、ルリリルだけしか聞き取れない小さな言葉を吐いている。ルリリルはギュっと強くイズクの手を握っていた。
「じゃあ、行こうか」
そしてアルフォーリアはそのまま長剣を担いで廻廊へと向かう。
「聖女さま……」
「ええ……」
ルリリルは今もアルフォーリアに対して不信感を募らせ、イズクはルリリルが感じ取っている不安を理解していた。目的地に到着してからのことを考えると億劫だった。
それから聖女都市を後にし、東の砂漠である《イルディオム砂漠》へと向かった。この世界は東西南北の四つに《聖女都市》が気付かれ、その中心にあるのが先程までいた《第一聖女都市》である。
北の《第二聖女都市》から順に西、東、南と都市が順番に築き上げられそして今から向かう《イルディオム砂漠》には《第四聖女都市》がある。
だがイズクもルリリルも知っている。東は《イルディオム砂漠》は本当に砂漠しかない。もう今は砂漠以外何もないのだ。
《第四聖女都市》は今はもう人の住めるような場所ではない。それほどまでに酷く荒れた土地と化している。廻廊が現れる前から頻繁に《堕天》が現れ、村や町を破壊し、気付けば砂塵で溢れていた。
そんな《堕天》に溢れた《第四聖女都市》は残念ながら唯一他の聖女都市と違い開発が頓挫した場所である。開発途中で放棄され、そのままにされている。
そんな東の《イルディオム砂漠》で廻廊が確認されたのならばまずそこまで行くのが大変かもしれない。まずは廻廊へ辿り着くまでの道のりが険しいものとなる。
「……《イルディオム砂漠》に現われた――沼地の廻廊エルルイエ」
アルフォーリアがギルドで請け負った際に貰った依頼書を読んでいる。
「砂漠なのに沼地なんてあるんですか?」
ルリリルが気になってそう言うと、
「廻廊の中は入った時点で別の次元と繋がってる感じかな……私もあまり詳しくないけど、この前入った鎧の廻廊だって迷宮みたいになってたし……私たちじゃ説明のつかない力が働いてる」
「そうだな。まぁ、いきなりあちことに現われて世界は混乱いたけど……唯一の救いと言えば《堕天》はその中で大人しくなってくれたことかな」
廻廊が現れるまでは突然変異した人間が《堕天》となりあちこちに突然と人類を世界を無差別に襲っていた。
しかし廻廊が現れてから《堕天》はまるでそこが本来の巣なのか、人類が《極光》の囁きとやらに同調することで怪物と変貌しても無闇やたらに世界を壊すことはせずまず廻廊へ帰巣するという行動が追加されたのだ。
そして廻廊の中はただ地下を掘って作ったというわけではなくまるで別の世界が広がっているかのように違う場所へと転移するような感覚である。
現に廻廊は入口のような穴がなくとも、印のようなものが刻まれている場所もありそこに触れるだけで移動できるところもある。
そしてどれだけ小さな入口であっても《堕天》もまた近づくだけで最奥へと転移できるようで、とある探求者が廻廊に近づくだけで吸い込まれるように消えたという報告もされている。
「その口ぶりだと廻廊に何度か潜ってるみたいだな」
ルリリルとイズクとの会話の中でアルフォーリアは気になった部分があったのか指摘した。
「ええ、何度も潜ってる」
「……《聖女》でも探求者でもないのに?」
「言ったでしょう……探し物をしていると」
その探し物がなんなのかイズクはまだ隠してる。正直に言ったところでそれは人類にとっては反逆行為だ。だがアルフォーリアはそれ以上は何も言わず前を向いて歩いている。
「廻廊まではどれくらいかかるの?」
ルリリルが話を逸らすようにアルフォーリアに聞くと、
「さすがに歩いて丸二日はかかる距離だな。廻廊まではまだまだ遠い……とりあえず途中で野宿することになるがいいか?」
場所さえわかればあとはもうルリリルを担いで走ってしまえばいいイズクだったが一応は世話になった手前、廻廊に到着するまではアルフォーリアと行動を共にするつもりではいた。
「話がしたいんだよな」
誰に向けて言ったのか、アルフォーリアはそんなことを言う。イズクもルリリルも何も言わない。
未だアルフォーリアの底が知れない。
わざわざ外見だけなら《色無し》と亜人の二人である。関わったところで何も上手い話しもない。捕まえて奴隷商に売り渡すのなら聖女都市に入った時点で出来たのにそれもしなかった。興味があるだのその程度で関わる意味がわからない。
そのまま三人は何も言わず、砂漠へと進んで行く。
そして進む度に日は少しずつ落ち、完全に沈んだところで進行が止まる。そのままアルフォーリアは自身の荷物を地面に乱暴に転がすと、
「じゃあ、そろそろ正体を明かしてもらおうか――」
やはりか……と、イズクは心の中でそう呟いた。
興味本位で近づいたのならどうせそうだろう、とイズクは思った。
寧ろこれまでの連中と違っていきなり暴力で訴えかけてくるような者どもと違い行動を共にしてくれただけでも余裕があって上出来だろうと。
「《魔女》――だろう?」
アルフォーリアが長剣の柄に手を添えていた。
ルリリルもまた短剣を抜いている。
そしてイズクは、寧ろここまでよく付き合ってくれたなと感心し、
「ああ、そうだ」
ここまでだ――と、本当に短い間ではあったがアルフォーリアには胸中では感謝しつつ、
「私は《魔女》だ」
何一つとして隠すことはせず、そして自らを《聖女》とは名乗らず――あるがまま、人類史上では一方的にそう仕立て上げられた仮初の真実を自らの口で告げる。
こうしてイズクはアルフォーリアの言葉を反芻するように正体を明かすのだった。




