23/祈祷:第一聖女都市《聖女騎士》(3)
アルフォーリアを追いかけるように歩きながら少しずつ正門へと近づいていく。
イズクは選んだ。もう逃げられない。
ルリリルもやはり人が増え始めるとさすがに不安そうな表情が滲み出ていたが今までと違いすぐにその表情は隠している。イズクは敢えてそれに気づいていない振りをする。
イズクが従者として選び、蘇生させたことで――イズクの精神にルリリルはきっと汚染されているのだとイズクは詫びていた。だからきっと恐怖や悲哀に対して麻痺しているのだと。
《聖女》への復讐――その怒りがイズクの全てだ。そんな怒りに照らされてルリリルは少しずつ変わってしまったのだと。
ついには命を奪う選択を取れるほどに……だからそれはリルリの民は関係ない。祖の血が彼女を変えたのではなく、個の血が何もかも変えてしまったのだと――
だから守り抜く。ルリリルが自身から危険な道に躊躇なく突き進んでしまうなら――イズクが守ってやればいいと。ルリリルに新たな生を与えた責任は必ず最後まで果たすのだと。
それにしてもだ――正門に近づくにつれてざわざわと喧騒さが増していく。いや、明らかにイズクたちを見ている。その中でもひと際、騒がれているのはイズクやルリリルではなくアルフォーリアだった。
「おい、見ろよ……」「S級探求者の……アルフォーリアだ……」「あれが……」「いつもは単独攻略だろ? どういうことだ??」「確かこの前も一人で《第6終止符》を倒したって――「でも危険度の高い《堕天》って《聖女》の《奇跡》じゃないと倒せないはずじゃ?」「だがあいつは一人で出来るらしい」「さすが」「さすがは《堕天喰らい》」「それにしてもなんだあれ?」「奴隷だ」「《色無し》も連れてるぞ?」「え……奴隷……?」「パーティすら組まないあいつが……??」「どうなってんだ???」
アルフォーリアが歩くだけでざわざわと周囲から言葉の波が打ち寄せてくる。ルリリルの耳に多くの言葉が流れてくるせいで頭がくらくらとして転んでしまいそう。だがイズクの腕にしっかりと抱きついているのでそれは問題ない。
「S級探求者だったんだ……」
だがそんな言葉の中にあった気になるワードを選び取り、アルフォーリアに向けて小さく呟く。
「廻廊を潜って《堕天》を殺しまくってたら誰でもなれるよ」
「そういうものなの??」
「そういうものさ。《奇跡》なんて使えなくても、殺し方なんていろいろあるし」
そう言うがルリリルには到底理解できない。《奇跡》があるから《堕天》に対抗できる。確かに危険度の低い《堕天》は《奇跡》を使わなくても倒すことは出来る。
しかし《聖女》の《奇跡》でなければ倒せない《堕天》が存在しており、稀に恐ろしいのは《聖女》の《奇跡》すら耐性を持った《堕天》もいるということだが。
「たとえば???」
だがかルリリルは問い掛ける。《奇跡》を使わずとも《堕天》を打倒できる方法を――ルリリルの中でそれが可能なのは《第六位》であり《七虹》の力を持つイズクしか知らない。
「それは秘密かな」
「……けち」
だが肝心の答えは隠すアルフォーリアにルリリルは不機嫌そうな顔をしていた。そんな様子を見るイズク。周囲は明らかにアルフォーリアのことを知っているからこそ、その実力は本物なのだろう。
「――《堕天喰らい》とは?」
イズクの耳にも聞こえていた。最も気になる言葉だった。しかしアルフォーリアはうんざりしたように肩を落とし、
「わからない。いつの間にか勝手にそう呼ばれてた」
パーティを組まずに単身で《堕天》を狩り続け、成果を出し、人々に知れ渡ることでアルフォーリアはまるで英雄のように讃えられていただ当の本人は興味がなさそうだった。
そしてついに正門に到着する。
門兵がアルフォーリアを見るが、やはりアルフォーリアのことは誰もが知っているのか身分や探求者としての階級を証明しろと要求すらしない。
イズクやルリリルを見ても特に言及はしてこない。しかし本当にこれまで単独で廻廊を潜っているのだろうか、
「珍しいなアンタが奴隷を連れて歩いているなんて」
だがこの言葉でイズクは安堵する。顔を見ても《第六位》や《魔女》とは言われず、瞳の色だけで判断している。
「ああ、ちょっと訳ありでね。このまま奴隷商にでも売りに行こうかなって」
アルフォーリアが恐ろしいことを言うが、それが聖女都市へ入るための詭弁なのか入った後に真意となるかイズクには解らない。ルリリルはギュっとイズクの手を握っている。
もし奴隷商に売られそうなったときは結局都市の中で暴れることになってしまいそうだ。イズクの片目がピクリと痙攣している。
「次はどこへ行くんだ?」
門兵は特にそれ以上イズクとルリリルのことに詮索することはせずアルフォーリアに訊ねていた。
「いつもと変わらないさ。準備が出来たら廻廊に潜ってまた《堕天》を殺してくる」
「すげぇなぁ……いったいどんな《奇跡》を使えば単身でそんなことができるんだ??」
「秘密」
口元に人差し指を立ててアルフォーリアはそう言う。イズクとルリリルの前では視力が他者より良くなるだけの《奇跡》と言ってはいたがそれが本当か嘘かもわからない。
そもそもそんな《奇跡》では《堕天》に対処できない。だが人類は《奇跡》以外の装備は発展しない。《奇跡》があまりにも有能なせいで探求者の持つ武器は剣や槍といったものでそれ以上進展しないのだ。どうせ最後は《奇跡》で決まるのだから。
「それじゃあ気を付けて行ってくれよ。あんたは《聖女》とはまた違った希望の象徴なんだからよ」
「上手いことを言う……まぁ、仕事はするさ」
アルフォーリアは表情を緩め、門兵の肩を叩く。そしてそそくさとアルフォーリアを追うようにイズクとルリリルが歩く。アルフォーリアの探求者としての実績と信頼のおかげか結局一度としてイズクとルリリルは何も言われなかった。
正門を越えてアルフォーリアがわざとらしく息を吐いて、
「上手くいったな」
「それで今から奴隷商に売りに行くか?」
イズクが目を細めてそう言う。
「《聖女都市》に奴隷や《色無し》を堂々と入るならそれぐらい言った方が通りやすいんだよ」
「本当に奴隷商に売るなら……」
ルリリルは懐に隠している短剣を取り出す。
「しないって」
「言葉の綾だろうに」と嘆息を溢しながらアルフォーリアは振り向いて歩き出す。
「どこへ?」
ルリリルが首を傾げると、
「ついて来た方がいい。《聖女都市》に入っても《色無し》と奴隷が二人で歩いても逃げ場なんてないぞ?」
それもそうだとイズクは首を縦に振ると、ルリリルも頷いて一緒にアルフォーリアの後を歩く。
「ルリリルは何度もここに?」
「は、はい……奴隷だったころは《聖女》や《探求者》の道具で廻廊を歩かされていましたので」
見上げれば巨大な外壁に囲われた都市。人々が集い、最も栄える場所――しかし最も闇深き場所とも言えよう。
《奇跡》の有無そして種族で全ての未来が決まる世界。その中枢。ルリリルはしっかり略奪されている。そしてイズクもまた――
「別にここで暴れて皆殺しにしてもいいんだけどな……」
何も考えず、何も思わず、心を殺してこのまま内に蓄えた瘴気を撒き散らして一切合切を破滅させても構わない。だがそんな一方的な暴力ではやっていることが《一桁位》と変わらない。
《第六位》であるイズクとは違う《一桁位》の《聖女》たちを全て殺すのがイズクの誓いだ。その中でも何故イズクは裏切られたのか――裏で糸を引く者、計画した者、まずは真っ先にそいつを殺す。ただそれだけだ。
《聖女》を殺し続ければいずれ《堕天》にこの世界は滅ぼされる。人類史が死に晒されるのはそれでいい。そこまでイズクは手を出さない。
まずはただイズクから全てを奪った《一桁位》の《聖女》――《魔女》に仕立て上げる計画を立てた首謀者の殺害だけを誓って終わらず生きている。
「ごめんね、そんなことは……しないよ」
不安そうにイズクを見つめるルリリルだったがイズクもさすがにその選択は取らない。もしかしたらルリリルと出逢っていなければこれを選んでいたかもしれない。
きっとルリリルの優しさに触れたことで人ではなくなってしまったのに、人のような心の残滓が浮かんでいるのだろうか。
「俺と一緒に行動するのは嫌かもしれないが俺の目的が終わるまでは一緒にいてくれ。それが終わったら二人が行きたいところに連れて行くよ」
そんなイズクとルリリルを他所にアルフォーリアが声を掛ける。
「あなたはどこへ?」
イズクの言葉に対してアルフォーリアは、
「ギルドだよ。次の廻廊に潜るからな……危険度の高い廻廊が見つかってるなら情報を集めに」
それはイズクも欲しい情報だ。危険度の高い廻廊があるなら強力な《堕天》が存在しているはず。そしてそこには必ず《聖女》がいる。誰でもいい。
《聖女》と出逢えれば《一桁位》の情報も手に入る。何処にいるのか、何をしているのか――なんでもいい。《一桁位》に関する情報が断片的でも手に入るならばそれでいい。
「私も知りたいんだ」
「……君は、いったい何者なんだ?」
「秘密」
そこでアルフォーリアと同じ台詞でイズクは反撃する。しかしアルフォーリアはまさかの反撃に笑っていた。
「まぁ首を突っ込んだのは俺の方だしな。いいさ、連れて行ってやる」
そのままアルフォーリアが歩き始める。そしてイズクとルリリルは手を繋いだままアルフォーリアを追いかけるように歩いていく。
「……まさかな」
アルフォーリアが無意識で呟くそんな消え入る声を、ルリリルは確かに聞き取っていた。
「そんなわけ、ないか……」
その言葉は何を意味しているのかルリリルには解りかねる。だが、やはりルリリルの中でアルフォーリアに対しての不信感は拭えそうになかった。




